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ちょっとフィンレイが憐れになったんで…連日投稿です。
危なかろうがなんだろうが、暴走し始めたら止まりません。
偉そうに腕を組んで、上から目線で言っちゃいました。
「バカですか、バカなんですね」
本日二度目の、人様愚弄です。
いえね、朝カルヴィン様にかました方には多少なりと友愛の情が込められてましたが、フィンレイ様にはそんなもの、小指の先ほどもありませんよ。本気です。本気で呆れ果ててそう申し上げました。
心底見下げてますが、なにか?と、視線でお伝えしましたら、さすがのフィンレイ様も絶句なさいました。
「…は?」
で、返答はこんな感じです。聞き間違いだったかな、もう一度言ってみな、系の『は?』です。お顔も怪訝そうですしね。でも、残念だけど、聞き間違いじゃないですよ。
「バカなだけじゃなく、耳までお悪いと。これで性格ねじ曲がってるんだから、救いは…ああ、顔がよかったですね。そりゃあ見事に反比例するくらい。よくいいますもんね、できすぎた人は長生きできないって。性格悪くて顔がいいなら相殺ですか。すばらしい、自然の摂理ですね」
そんな知識、セーラは持っていません。でも記憶にあるのなら、これは前世のわたしが知っていたということでしょうかね。
直球で顔しか取り柄がないといわれたフィンレイ様は、この辺に深くは突っ込まずただ不快げに眉根を寄せただけでしたから、案外この世界にも似た言い回しがあるのかもしれません。
「どれだけ失礼なんです、貴女は」
そして、なぜだかフィンレイ様の言葉が次第に少なくなってきました。態度は全く軟化してませんが、どうにも声に勢いがないというか、戸惑いが見え隠れするのです。
もちろん、そんなことで見逃してあげたりしませんけど。前世万歳で言い返せてる今がチャンスですもの。
「あら、失礼って言葉ご存じだったんですか。短い付き合いですけど、フィンレイ様からは礼を失した扱いや言動しか受けてなかったもので、てっきりそれらをご存知ないのかと思っていました」
思い起こせば初対面から、人格無視は日常茶飯事でしたね。
大事にする定義はペット並だし、問答無用で子供産めというのは性差別に人権無視、挙句にあらぬ疑いを掛けられてさも裏がない女性に生きる価値がないとまで思わせたその暴挙、絶対許しませんとも。
「身分が上のものが下の者に、わざわざ遜る必要はないでしょう」
「ありませんが、それでは円滑な関係は築けませんわね。特にわたしなど泣けるほど貧乏で学もなく、この髪がなければ皆様にお目にかかることもなかった卑しい存在ですもの、バカにされて当然ですか。考えることも、話すこともできる知的生命体なんですけど、身分はないですからね。あら?それじゃあ公爵家の転覆を図るなんて夢のまた夢ですわね。話す価値もない者の言葉を、誰が聞いてくれるというんです?わたし、平民の中にいても常に無視される存在だったんですよ?同じ貧民街の中ですら、最下層にいたんですから」
苦し紛れに身分を持ち出したのは、フィンレイ様ともあろうものが大失敗だったと言えるでしょう。それこそ、わたしが彼の方から引っ張り出したい言質だったのです。
だって、ねぇ。彼の主張は悉く、わたしには無理ゲーなことばかりでして?理性的に考えれば賢いフィンレイ様にそれがわからないはずないっていうのに、女性に対して目玉が曇っているのか、偏見持ちすぎなのか、苦しい主張ばかりするんですもの。
ここはひとつ、一度きっちり叩き潰しておかなくてはと、ストレス発散も兼ねた墓穴をね、掘っていただいたんです。あっさり穴に落ちてくれて、大変助かりました。
でも、自己防衛のためとはいえ、身分が遥か上の方に即座に始末されても仕方ない暴言を吐いたのは確かです。苦虫を盛大に噛み潰したお顔でいらっしゃるご次男様に、謝罪くらいはしないといけないですよね。いやだけど。
「過ぎた口をきいてしまって、申し訳ありません。貴族のお嬢様方と何かおありになって、わたしの事も信じていただけないことは、先日のフィンレイ様のご様子からも窺えました。それでも、とるに足らないメイド風情にも、譲れない事や尊厳くらいはあるのです。天地神明に誓ってカルヴィン様に害を生したり致しませんので、親しくお話しすることをお許しいただけないでしょうか」
自分でやっといてなんですが、十台の小娘がするには過ぎた駆け引きだなと、ぼんやり思ってました。
さんざん言いたい放題した後に、急に下手に出て謝罪して、相手の良心に訴えちゃうなんて、フィンレイ様がしつこく疑ってらした権謀術数をめぐらせているのは今だと、ツッコミを入れたいくらいです。
でも、二心はないのです。少しでもフィンレイ様に疑うことを止めていただきたくて、その為だけに発露した前世を利用しただけなんです。
これまでどんな方とどんなやり取りをしたのかは知りませんが、せめて寛大な心で放っておいてもらえないかと真摯に申し出ましたらば、難しく顰められていたフィンレイ様のお顔がふっと緩みました。
「貴女が出される書簡と届く書簡を全て検め、使う金銭を全て管理する旨を誓約書にして署名させると言っても、同じことが言えますか?」
「はい、構いませんが…?」
むしろその程度の事でいいのかと、その割にはひどいこと言われた気がするんですがと首を傾げていると、ご次男様は重々しく吐息を零された後、これまでに出会った素敵なお嬢様方について教えてくださいました。
「子供の頃に公爵家の婚約者であったのは、兄上と同じ年の伯爵令嬢でした。格下の家の娘でしたが、持てる魔力は幼いころから群を抜いているとあって、十五で我が屋敷にお預かりしたときには、誰もが彼女を敬い傅きました。勿論、我ら兄弟とて例外ではありません。小さかったカルは覚えていないでしょうが、兄上も僕も幼いながらに彼女に礼を尽くしたのですよ」
「…薄ら覚えていますよ。金切り声で喚いていたのをね」
「ああ、メイドたちにぶつける我儘もすごかったですが、一番笑えなかったのは彼女が十八の年に、僕の寝室に入り込んだことでしょうね。ビックリしましたよ、悪夢を見て飛び起きてみれば裸の女が自分の上で嬌声を上げているんですから」
うわぁ…ちょっと想像だけで絶句しちゃいました。だって、フィンレイ様ってばその時十三じゃありません?その後トラウマになっちゃう出来事ですよね、それって。
侮蔑に満ちた表情で過去の思い出を語るフィンレイ様は、そのあと全然笑えないことを付け加えてましたけど。
「いくら子供をもうけることが貴族の義務とはいえ、相手の同意なしに婚前交渉に及ぶのは異常です。ましてや彼女は半年もすれば正式に僕たちの妻となることが約束されていたのですから、なにか裏があるのだろうと調べたら…腹に子がいました」
昼メロです。どろんどろんの昼メロです。大事なので二度言っちゃいました。
いくら若いとはいえ、そのオチはないだろうと頭を抱えたくなったんですが、それでも万が一ってことがあっちゃいけいないので、不機嫌全開のフィンレイ様に確認だけはさせていただきました。
「あの…お父様はルーファス様だったとか…?」
ここまで引っ張ってそれはないだろうとは思いましけど、もしかしてってあるでしょ?…悪あがきです。わかってます。だからそんな睨まないで下さいよ。
「そしたら、泣く泣く別れた恋人とか…」
「従兄の子爵でした。僕との既成事実で赤ん坊を正式に公爵家の者であると認めさせ、ゆくゆくは家を乗っ取るのが目的だったと、一族郎党で認めましたよ」
がっつり砕かれた淡い希望は、劇薬になって返ってきました。初耳なのか、同じく衝撃を受けているカルヴィン様と思わず手を握り合っちゃいましたよ。
昼メロじゃなく、火サスでした。どろどろ二倍増しです。
「因みに、公爵家にいた間に彼女が実家に流した金品は、北方の別荘を手放さなければいけないほどの損害を与えてくれました」
それがどんな資産価値を示すのか、わたしには考えも及びません。ですが、たかが三年だと思えばびっくりする額だっていうのは十分理解できました。
先日お聞きしたカルヴィン様を騙そうとなさったお嬢様の件と合わせれば、充分女性不信になれるネタですね。
だからって、あそこまで言われるのはやっぱり納得できませんけど。
うーん…目が覚めたら裸の女の人かぁ…うーん…。
「次に婚約者となったのは」
「えっ?!続くんですか?!」
まだあるんですか、トラウマネタ!!
一人二人じゃ、トラウマには弱い。