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 びくびく怯えたわたし達が連れてこられたのは、フィンレイ様の自室でした。

 ご本人曰く『全く必要だとは思えなかったが、知り合う時間が欲しいと我儘を言われたので、なんとか仕事を終わらせて作った貴重で無駄な一日』だが『可愛くも愚かな弟を、狡賢く汚らわしい女の手』から救うのに使うならば惜しくもないそうで、仏頂面で向かいのソファーに腰を下ろしておいでです。


 わたし、ですか?そんなの、当然一緒に来てくれたカルヴィン様の腕にびったり張り付いて、顔だけでもと広い背中に隠れつつ正面の鬼を窺っているに決まってるじゃありませんか。

 元メイド風情が、名実ともに魔人の国を動かしていらっしゃるお方に、真っ向勝負できるとお思いですか?でっかい蟻ごときに食われそうになってる、か弱い乙女が!

 できるわけありません。こんな状態でも、背中に冷や汗が流れるほど怖いんです。


「カル、それから離れなさい」

「お断りします」


 地の底を這うようなお声にびくりと竦みあがると、間髪入れずにカルヴィン様が首を振ってくださる。

 いやもう、本当にこの方いい方です。涙が出そうです。バカとか脳筋とか言って、ごめんなさい。


「オレ達の子どもを産んでもらう女性と、仲良くすることが悪いのですか?セーラは公爵家の権力を悪用できる立場にはいませんし、散財しようにもその手段を知らない。なんの力もない、ただの娘じゃないですか」


 そして、意外によく考えてらっしゃるフォローをありがとうございます。

 フィンレイ様の心配はわからなくもないのですが、それって基本は貴族のお嬢様方が対象だと思うのです。彼女達は公爵さま方のご威光や権力を、実家や自分のために役立てることができますが、わたしの生家じゃそうはいきません。何しろこの街に足を踏み入れることができないんですから。


 魔人は棲み分けが、悲しいくらいにハッキリとしています。

 貴族の住む街に平民は住めませんし、その平民ですら裕福な者と貧しい者では居住区が違います。すぱっと見事に一線引かれていて、出入りするだけで行き場所と用件を記した通行証を提示しなければならないんです。その通行証でさえ、下の者が上の方にお願いして発行して貰う形ですから、どんなに貧乏人が願っても容易に貴族の街になんて入れない仕組みです。


 例外は子供が通う学校くらいでしょうかね。あれだけは貧民街にはないので、商人の街までわたし達は学生証の提示で行き来できるんです。

 それだって、お貴族様とは決して机を並べることはないんですけどね。


 そんなわけで、我が両親は公爵家の皆様がとち狂って呼びつけでもしない限り、ここに顔を見せることはありません。というか、娘が今どうしているのかさえ、知らないんですよ、彼等。

 なにしろ連絡手段は手紙だけ、メールも動画も送れないですから。わたしもわざわざ知らせないし。

 実家はそうだし、散在云々は興味もないんでどうでもいいです。今後はともかく、現在確保したいのは、ドレスより自由と安全ですよ!


 ぷりーずぎぶみーふりーだむ!

 …と、思いを込めてフィンレイ様を見られたのは、一瞬でしたけど。恐いんですよ、あの眇めた目で睨まれるの!


「そうして取り込まれた君がこの娘をどう扱うか、考えただけで背筋が寒くなりますが?ねだられるままに様々を買い与え、公爵家の名を騙るようになったら、どう責任をとるんです?」

「セーラはそんなこと、しません」

「わかりませんよ」

「わかりますとも」

「兄上がセーラの何を知っていると仰るんです」

「女など、皆一緒です」

「ばかな!」


「名を騙ると、どんないいことがあるんだか…」


 少しも弟の言うことを信じようとしないフィンレイ様にイラッとして、思わず声にしてしまった呟きを二人に聞き留められたんだと気付いたときは、後の祭り。

 まずいと言いたげなカルヴィン様のフォローも間に合わず、フィンレイ様の凶悪な毒はまき散らし始められる。


「わざわざ教えると思いますか?その様な誘導尋問には引っかかりませんよ」


 さも、口にしたが最後、わたしが悪用するとばかりに鼻で笑われて…逆上なんてしませんとも。恐いからじゃないですよ?こういったタイプは反論されると喜々としてたたきつぶしに来るので、黙って嵐が通り過ぎるのを待つのが吉なんです。そう、前世のわたしが止めるんです!

 そもそも迂闊な自分が悪いと、ここは何を言われても謝り倒すことにして頭を下げたんですが。


「へえ、殊勝な芝居で我が弟を誑し込んだのですね」


 我慢我慢。


「そういった真似は美し女性がしてこそ、効果があるのですよ」


 が・ま・ん、が・ま・ん。


「絶色であるからと、それしか存在価値がない娘が、何を勘違いしたのやら」


 がーまーんー。


「利用価値がなければ、視界に入れるのさえ腹立たしい」


 …無理。


 派手な、派手な音がしました。数日前の悪夢再び、屋根も、今度は壁も吹き飛んで、豊かな緑や遠くの建物なんかも見えちゃう大型の穴が製造できましたよ。

 悔しいことにフィンレイ様はちょっと顔を顰められただけで、無傷ですけど。

 ちっ!いっそ、彼方まで飛んでっちゃえばよかったのに。


「カルヴィン様以外になんら期待はしていませんでしたが、ここまで貶められるような真似を、フィンレイ様にした覚えはありません。それほどわたしがお嫌なら、さっさとお屋敷から追い出せば宜しいのです」


 煮えたぎる怒りを抑えて、できるだけ冷静に言ったつもりです。既に物理的に感情は爆発させてしまいましたが、この上ヒステリックにわめき立てて、フィンレイ様の思う通りの女性を演じるつもりはないんです。

 落ち着いて、ちょっとでもお利口に見えるよう、わたしは頑張るんです。


「できないから、カルに取り入る貴女を、苦々しく見るしかない苛立ちに耐えているんじゃないですか」

「取り入ってはいないです。普通に友好を深めているだけです」

「それを取り入るとは言いませんか」

「言いません。それともフィンレイ様は、全てのお友達に利用されているんですか?友情と利害関係がイコールなんですか?随分寂しい交友関係なんですね」

「男女の関係と友人関係を一緒にしないでいただきたい」

「一緒になどしておりませんとも。わたしは”友好を深めていた”とは申しましたが”愛情を育んでいた”とは申しておりません。そちらこそ友情と愛情を一緒になさらないで下さいな」

「………」


 無表情で黙り込んだフィンレイ様に、内心で小さくガッツポーズを決めてしまいました。あ、勿論、顔には出してませんよ。あくまで心の中の出来事です。表面上は真面目な顔を崩しておりません。

 …しかし、自分で自分に驚いてます。わたし、あんなにつらつらと言い返すことができたんですねぇ。なんというか、意識しないでも言葉が出てきたんですよ。もしかして、前世の恩恵だったりします?


 常識で考えて、無学な十六才が政治も動かす三十路越えの男性と対等に言い合えるなんて、あることじゃないです。何しろ知識だけでなく、語彙が足りません。天才児ではないので、頭の回転が人よりいいなんて事もないですしね。

 でも、何年生きたかは知りませんが、前世のわたしとそれらを共有したらどうなんでしょう?少なくとも対抗できるだけのものがあったり、教育を受けてるかも知れないんです。

 ふふ、こんなところでも感謝です。転生バンザイ。


「良く回る口ですね。それだけ言えるのなら、公爵家の転覆も謀れそうだ」


 あ、もしかして喜んでばかりもいられない?やっぱり、転生って危険がいっぱい?



対決。

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