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 結果、翌朝行われた特訓は、一瞬で中止になりました。


「バカですか、バカなんですか、貴方」

「う…すまん」


 たかが珍獣に怒られて、公爵家の三男様が素直に項垂れるのには、理由があります。

 それは、わたしが脹ら脛にでっかい噛み跡をつけて、現在歩行困難だからです。お姫様抱っこで抱えて歩くカルヴィン様がこのケガの原因ですから、至近距離でねちねちいじめられたら、性根が素直な彼はしゅんとへこんで叱られた大型犬状態です。ちょっとだけ、可愛らしい。


 そもそもわたしが特訓をお願いしたのが事の起こりですから、自分に責任がないとは決して申しません。申しませんが、いきなりあの所業はないと、思うのですよ。

 お屋敷の敷地の隅っこで、猛虫もうちゅうと呼ばれる人の背丈ほどもある昆虫(今回は巨大蟻でした)を無力な元メイドに嗾けるという特訓を課した騎士団長様が、鬼軍曹の顔をしていられたのは、ほんの数秒でした。

 魔力で退けろとか、逃げるなとか、怯えるわたしに問答無用でおっしゃったカルヴィン様は、あっという間にありんこに押しつぶされ食われかけた嫁候補を見て、顔色をなくしてましたからね。


 スパルタで誰もが強くなれるなら、苦労はないって言うんですよ。


 ったく、自分に腕力以外の力が備わった自覚もないへたれ魔人に、いきなり戦闘とかできるわけないでしょうが。

 慌てて救い出したわたしを見てやっとそのことに気付いた風のカルヴィン様は、廊下を足早に進みながら、素直に苦情受付係と化しているのです。

 脳筋って噂、伊達じゃなかったんですね。あまりのいい人加減に、すっかり失念しておりました。

 一頻り怒って少々ガス抜きができてくると、今度は己を顧みて反省もしてしまうわけで、すっかりしょげているカルヴィン様に多少なりと理不尽な怒りをぶつけた自覚がわき起こったりするのです。


「でも、鍛えてくださいとお願いしたのはわたしなんですよね。力を持ってて本来なら使えて当然なんですし、一方的にカルヴィン様を責めちゃだめでした。すみません」

「いや、オレが女性の扱いに慣れていないことが問題なんだ」

「いえいえ、わたしの無知が」

「オレの無神経が…」

「何をやっているんですか、二人とも」


 某お笑いトリオのようなやり取りをしているときでした。

 廊下のあっち側から冷え切ったフィンレイ様のお声がして、びっくりしているうちに気づいたら目の前に立っていらっしゃたのです。

 ついでに声同様、お顔つきも極寒のご様子ですよ。こわっ。


「セーラに力の使い方を教えようとして、猛虫をけしかけ、ケガをさせてしまったんです」


 凶悪なご次男様の様子に怯えているうちに、簡潔に事態を説明したカルヴィン様は歯形のついたわたしの足をフィンレイ様に見せていらっしゃいました。

 この世界、女性が足首より上を世間様に晒すとふしだら扱いなので、これすごく恥ずかしいし気まずいです。前世持ちとしては、ムダ毛処理ができてないのも嫌です。なのに平気でこんな真似するもんですから、もちろん抗議させていただきました。拳で筋肉つきすぎの胸をゲシゲジ殴ったんです。


「…なんだ?」

「珍獣でも女なんです。この格好、恥ずかしいんですけど」

「あ…すまん」


 大して堪えてる風もなかったカルヴィン様ですが、小声で理由を教えて差し上げると己の失態に気づいてくださったようです。慌てて捲ったスカートのすそを直してくださいましたんで。

 片手で軽くないわたしを支えて、空いた手でそれをこなすとか、どんだけ力持ちなんだか。すごいですね。思わず拍手しちゃいました。


「褒められるほどの事じゃない」

「ううん、すごいです。さすが団長様ですね、逞しい」

「茶番はやめなさい」


 照れるカルヴィン様と、ちょっと尊敬のまなざしになっちゃったわたし、そして、心底不快だと言わんばかりの鋭さで、会話も空気もぶった切ったフィンレイ様。

 とっても対応に困ります。

 あの良すぎる頭の中でまた、珍獣が大切な弟君を誑かした構図が出来上がってるんでしょうねぇ。いやだなぁ、わけのわからない論理でいじめられるのかなぁ。


「メイドだと思っていたら、娼婦だったんですか。貴女は貴女の仕事だけこなせばいいんです。取り入ろうなどと考えられては困ります」


 うん、予想を裏切らずいじめられました。娼婦だって立派な仕事なんですよ、わたし達の住む世界では!…といっても、聞きゃしないでしょうね、この人は。だいたい、メイドは貴方がたに辞めさせられたじゃないですか。でも仕事しろって言うんだから、この場合、子供を産めってこと?気持ちいいくらい直球で人の神経逆撫でますね。

 面倒すぎると遠い目をして答えずにいると、フィンレイ様の標的はカルヴィン様にダッシュで移動です。


「カルも、何度痛い目を見れば懲りるんです?安易に女を信用するなと、何度も言って聞かせたでしょう」

「………はあ、すみません」


 お兄様の叱責にほんの僅か逡巡しましたが、結局カルヴィン様は余計なことは口にしないと決められたようです。一瞬絡んだ視線でわたしに謝ってから、素直に謝罪してそれきり、沈黙なさいましたから。

 ええ、いいです。それが正解だと思います。お兄様方の誤解や思い込み、覆らない価値観はそのまま放置が正しい対処法でしょう。さっさと匙を投げたわたしが言うんだから、間違いありません。


 素直な弟と反抗しない珍獣に満足なさったんでしょう、クソ偉そうに…失礼、鷹揚にわかれば宜しいと頷いて、フィンレイ様の”女性の扱い講座”は早々に終わりを告げました。

 やれやれこれで解放されたと、わたし達はその場を後にしようとした、のですが。


「待ちなさい」


 再び、悪夢再びです!渋い顔したフィンレイ様に呼び止められちゃいましたよ!!


「…何用でしょうか、兄上」


 わたしを抱えたままのカルヴィン様は、顔だけで背後のお兄様を振り返ると、静かに問われます。

 もうお説教は勘弁してほしんですけど、なんか怒られる要因はありましたかね?


「彼女は今日、僕と過ごす約束になっています。そのまま置いていきなさい」


 っ!!覚えてましたか!というより、忘れていてほしかった!!

 一日交替でご兄弟の間を渡り歩くというわけのわからない約束は、昨日やっと見つけた味方の前に、故意に記憶から抹消されておりました。

 つーか、ぶっちゃけちゃうと、ルーファス様もフィンレイ様もわたしのこと好きじゃないんだし、興味もなさそうだし、もう相互理解のための時間はいらないよね?…が本音です。その間カルヴィン様と親交を深める方がよっぽど今後の為ですもん。


 なので、置いてっちゃだめですと激しく首を振って、見下ろしてきたカルヴィン様にアピールしました。平凡な顔してますが、若い女子が上目づかいでお願いしたらちょっとは効果があるじゃないかと、意識しておねだり顔で見つめてもみました。

 そして、誠意は通じるものです。それが真理です。

 微笑んで頷いてくださったカルヴィン様は、もう一度振り向いてフィンレイ様に格好良く宣言してくださいました。


「セーラは今日、オレといたいと言っています。まだ子供を作るわけではないのですから、忙しいフィン兄上がわざわざ時間をつぶして彼女の面倒を見る必要はないでしょう?オレに任せてください」


 そうそう、もとはと言えば分かり合って愛が生まれたらいいなという、わたしの楽観的過ぎる希望が詰まったご兄弟方とのモラトリアムです。まさかこんな短時間で己が見切りをつけるとは思いませんでしたが、実際のところカルヴィン様以外はどうでもいいやっていうのが今の本音なので、残り三日は全部三男様につぎ込みたいです。お願いできるなら、フィンレイ様からルーファス様に、子作り当日までもう会わないと伝えていただきたいくらいです。

 わたしが拒絶したことで、彼等にはそういったこちらの諦観を知ってほしかったのですが、世の中って難しいですね。


「もう誑かされたんですか…困った弟だ。いや、それよりもやはり、女は信用なりませんね」


 空気が凍るって、こんな瞬間に使う言葉だったんですね。

 フィンレイ様のお声には、毒がたっぷりまぶされていたようで、わたし気を失いそうでした。比喩でなく、マジで。




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