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心の拠り所と申しましょうか、わたしの言葉の理解者と申しましょうか、どちらにせよとても貴重な存在を手に入れられたことは事実です。
そして、そんなグローバルなお考えの持ち主でも、やっぱり公爵家のご子息であることだけは変わりありませんでした。
「跡継ぎが必要なことは事実で、それが差し迫った問題になっていることは、わかってくれ」
できる限りわたしの味方でいると仰って下さったカルヴィン様も、理不尽すぎる子供産んでくれ要求だけは取り下げができないと、申し訳なさそうに眉尻を下げられました。できるだけ早く既成事実を持ちたいとも。
「ルー兄上はもう三十八だ。前例通り突然変異種との子作りに時間を要すれば、子供を持てるのは四十半ば近くなる。勿論一人の子供で十分とは言えないから、平均五年で一人を三人分で十五年、そこから一番下を教育し爵位を譲れるまでと計算すれば、最短でも三十年は必要だ。時間がないのはわかってもらえるだろう?」
「…はい」
魔人の平均寿命は、百年と少しである。前世の人間が八十そこそこだったことを考えれば、少しだけ長く生きることのできる計算だけれど、それだってあくまで平均である。病気や怪我でもっと早く死ぬことだって普通にあるのだ。
魔力は万能ではない。ごく希に治癒に力を使える魔人や竜人がいるけれど、それだって怪我の治りを早くする程度がせいぜいだ。病に冒されれば医者にかかるしかなく、治療技術は前世の時とは比較にならないくらいお粗末だった。近親婚の危険性を知らない辺りで、内情が知れるだろう。もしわたしに専門知識が豊富だったなら、医者として大成しているかも知れない。
…すぎた知識は地球が動いていると唱えた学者の末路に重なるので、決して披露したりはしないけれど。
それはともかく。
既に中年と言ってもいいほどお年を重ねてこられたルーファス様にとって、あまり時間がないことは確かである。辛うじて二十代のカルヴィン様だってとても余裕があるわけではないが、十も年上のお兄様に比べたらましだ。さし迫り具合が違う。子供ができにくいのも、彼等を焦らせる原因であろう。
「その辺は、もう覚悟してますから気にしないで下さい」
「すまないな…」
諦観の境地で微笑むと、子供のように頭を撫でられました。なんでしょう、上の二人の対応があんまりだったせいか、こう優しくされるとこそばゆいです。嬉しくなっちゃいます。これも一種の吊り橋効果だったりします?
どきどきしながらカルヴィン様を見上げると、綺麗なお顔は憂いを帯びて曇っています。
「フランクから嫁が見つかったと知らせが入ったときは、相手もてっきり了承済みなんだと思ったんだ。この間も言ったろ?子供が産める年で貴族に自分を売り込んでくる突然変異種は、こちらの足下を見る。納得ずくの報酬を受け取っているだろうから、俺たちの言うことに逆らったりはしない。だからお前が反抗的だったのには驚いたな」
ほんの数日前の初対面を思い出しているのか、僅かに口端を上げて、カルヴィン様はわたしの純白の髪を一房、掴まれました。
「だが、よく考えればわかったんだよな。過去、絶色は幼い内に力を発現させて、有力貴族に引き取られている。強すぎる魔力を自分で押さえる術のない彼等は、俺たちのように大きな力を持つ者にそれを押さえて貰って何とか生きながらえる道を模索するんだ。それでも史実に残る絶色は十人に満たない。数十年に一人産まれているのに、成人できる者が極端に少ないからこその人数だ」
それは、ぞっとしない話しだった。
もしわたしが前世の記憶を持っていなかったら。
もしわたしが両親の話を聞かなかったら。
もしわたしが与えられたチート能力を封じなかったら。
全部、過去の選択ではあるけれど、一つでも間違ったら生きてはいない。
この曖昧な記憶を大して必要のないものと考えていた昨日までとは、明らかに認識が変わった。
生き延びるために前の記憶が残されたのか、すぎる魔力を持ったために前の記憶が必要だったのか、卵と鶏論争のように正解が出せない問題ではあるけれど、少なくともまっさらな子供のまま生まれ落ちたなら、この年まで生き残れた可能性は非常に低かったことだろう。
ここ最近二度目になるが、言っておいた方が良いような気がしますね。
神様、前世の記憶をありがとう!おかげさまで生きてます!!
「なのに俺は探し続けた嫁が見つかったこと、それが絶色だったことに舞い上がって、そこに至るまでの過程を全く無視してしまった。どう考えたっていきなり子供を産める年の絶色が都合良く手に入るはずがないのにな」
生き残れた幸せをしみじみ噛みしめていたら、ようやく自分がわたしについて全く知らないことに気付いたカルヴィン様に、ここに至るまでの説明を求められてしまいました。
なので、簡潔にそしてできるだけ客観的に教えて差し上げました。また前世の記憶のおかげであることを隠さなきゃならなかったので、少々端折ったり誤魔化したりしましたが、なんとか上手くお話しできたようです。
カルヴィン様ってば、目玉が落ちるほどびっくりしてましたから。
「…自分で魔力を封印て…なんというか、良くできたな」
「そこはほら、火事場の馬鹿力とでも申しましょうか」
「火事場?」
「あー、えーっと、追い詰められると思わぬ力を出すんですよ、魔人は」
「ああ…そうだな、まして子供だったら、突飛なことをするか」
「はい、しますします」
うっかり口にした人間時代の格言に冷や汗をかきつつも、幼少期のびっくり行動を適当に誤魔化してみたのですが、なんとか納得して頂けたようです。
だからこの状態なのかとか何とか呟きながら、新たな難問にぶち当たってる風ですが、現状はともかく過去のことは自身の記憶も曖昧でうまい言い訳が見つからないんで、適当なところで追求を止めて頂けると非常に助かります。折角捕まえた味方に、不審者扱いされて逃げられたくありませんからね。
「それじゃあお前は、自分の力をつかって身を守る術はもっていないんだな?」
やれやれと一息ついていましたら、なにやら面白い事を真顔で聞かれてしまいました。
魔力で、護身術?
「はい。必要ないですから」
首を傾げながら想像していたのは、超能力でバトっちゃうゲームやアニメの世界です。この世界で力を使って戦うというのはまさにあんな感じになるわけですが、一介のメイドのその様な特殊能力を求められても、非常に困りますよ?
難しいお顔をしていらっしゃるカルヴィン様は、わたしの返答にうーんと頭を抱えてしまわれました。
あれ?もしかして、戦うメイドじゃなきゃダメでした?戦闘スキルは必須なんですか、公爵家にはっ!
無駄に焦っておりましたら、落ち着けと背中を叩かれたカルヴィン様が、低ーい声で脅すわけです。
「自分の身が守れないと、人攫いに会うぞ。絶色は危険を冒しても手に入れる価値のある物だ」
「も、物、ですか。生き物扱いしてくれないですか」
「してくれるだろう。純白の髪は死んだら、消える。食事行動を徹底管理して、大切に飼育してくれるさ」
ああ、ますますパンダ!!カルヴィン様ってば、笑顔でなんて恐ろしいこと言うんですか!
フランクさんが声を大にしてこの家の扱いは余所よりましだといった意味を、実感しました。
様々なすれ違いがあれど、こちらでわたしは檻に入れられたり展示されたりはしていません。細々とした我が儘も聞いて頂けるし、見ようによっては充分優しくして頂いています。お屋敷は動物園じゃないですもんね!
なんとしてもこの生活を維持したい、切実に願ったわたしはカルヴィン様に縋りましたとも。
「どうか、護身術を教えて下さい!」
「おう、任せとけ」
この時、大事なことを忘れていました。
三男様は脳筋だったのです。