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「わたし、結婚する相手とは、恋をしたいと考えていたのです。ですから他に好きな人を作っていいとか、夫に言われる関係はいやですし、普通に生活しているだけなのに、皆さんの気を引くための計算ではないかと疑われるのもいやなんです。それでも結婚しなければならない、子供を産まなければならないのは理解しました。事務的な関係も我慢する覚悟もしましたから、カルヴィン様もせめてわたしに自由恋愛を推奨したり、下心を疑ったりしないでください」


 長男と次男に二人がかりで貴族の現実とやらを叩きつけられ、すっかりやさぐれていたワタクシ、三男様には予防線として、初めからはっきり己の意思を伝えておくことにいたしましたの。

 安全を考えるのなら、これは危険な策だって、もちろんわかっての行動ですよ。メイドがご主人様に逆らったら、殺されても文句は言えないとフランクさんに教え込まれましたもの。


 でも、あまりに意思疎通が図れなかったことと、何を言っても開放してもらえない現状に、せめて無駄にダメージを受けることを防ぎたいと思ったんです。

 知らずに踏み込んで返り討ちにあうより、こことここは譲れないからと宣言しておいたら、これ以上傷つかないかなぁと。

 なので、困惑気味に突然始まった宣言を聞いているカルヴィン様に、頭を下げました。皆様の”常識”を理解できないことを、許してほしいと。だからそれを押し付けないでほしいと。

 

「…兄上たちとお前との間の空気が重かったのは、そのせいか」


 しばしの沈黙の後、わたしにかけられた声は、意外なほどに柔らかかった。てっきり不敬だと窘められると思っていた身としては、意外すぎて目が真ん丸になってしまうほどだ。そして、話された内容にも驚いた。

 この方、脳筋だと噂されていますが、初対面の時の印象でわたしもそう思いましたが、きちんと周囲の状況を見極めていらっしゃるではありませんか。

 なにしろ、今朝朝食の席で一堂に会した折、わたしもお二人の公爵様も、きっちり”大人の対応”をしていたのです。何事もなかったかのように、笑顔すら浮かべて食事を楽しんでおりました。一見したくらいじゃ、険悪な雰囲気なんてどこにもなかったと思うのに。


「なめるなよ。百はくだらない騎士を纏めているのは、伊達じゃないんだ。団内の統制がとれなくては、戦うどころではない。常に連中の動静に目を光らせ、不穏な空気があれば仲裁に走り、騎士の和を保つことも俺の仕事だ。家の中の不和を見抜くくらい容易い」


 他人の行動に驚くというのは、思ってもみなかったから驚くのです。

 つまりこの場合は、そんなことできそうもないカルヴィン様だと思ってたのに、びっくりとなるわけで、これってかなり失礼なことだと、今更ながらに気づいた私は、慌てててもう一度頭を下げました。


「す、みません!もうしわけありません!決してそんなつもりではっ」


 あったけど、現在はきちんと見直して己の非を認めておりますっ!と、ちょっと震えながら謝ります。

 だって、肉体的に一番危険な相手はこの方だと思うのですよ。帯剣すらしていないお兄様方とは違って、腰からは幅広の両刃剣が下がってて、腹が立ったら間髪入れずに引き抜いて無礼者を手打ちにできる体勢が整っちゃってます。

 わたしごとき下っ端が、剣の露と消えるのにさしたる手間はいりません。いるのは大義名分です。それも今与えちゃったんで、命が風前の灯火なんですけど!

 前二日には感じなかった、絶対的恐怖に身を竦めていると、ふっと空気の緩む気配がしてふわりと体が宙に浮く。


「え?あ、あの?」

「まあ、落ち着け。取って食ったりはせんから、そう気を張るな」


 疲れるだけ損だぞと、目と鼻の先で凶悪な美貌に殺傷能力の高い笑みを湛えた美丈夫は、抱き上げたわたしごとソファーに沈み込む。それは必然的に子どものごとく膝に抱き上げられた体勢で、決して軽くもなく、また幼くもない身としては抵抗しか感じない、一種の拷問だった。唯一の利点と言えば、見続けるとそのうち天国に行けるんじゃないかというイヤな想像を抱かせる美貌から、堂々と顔をそむけていられることですかね。(体はカルヴィン様に対して横向きになる)でも、距離が近いんでプラマイゼロな気がしなくもないです。


「お前の主張はわかった。自由恋愛をしろといったのはルー兄上で、女に対して独自の持論をかましたのは、フィン兄上だろ?貴族と触れあったこともない娘にいきなりそんなことを言えば、険悪にもなるだろうさ。だが、二人はそれが是とされる世界で生きてきた、悪気はない。そこはわかってもらえるか」


 思わず、兄貴っ!と縋りたくなるほど、頼りがいいっぱいに見えたのはどういったマジックでしょう?いいえ、現実ですね。人間(魔人か)て知り合ってみなくちゃわからない、話してみなくちゃ分かり合えない。まさか一番会話に難儀しそうな脳筋様に、理解され同情され諭されるとは、夢にも思いませんでした。

 というより、上二人にけちょんけちょんにやられたばかりだったせいか、カルヴィン様が救世主に見えます。貴方に向かってお祈りしたいくらいです。


「わかります、貴族と庶民の隔たりは、一朝一夕に理解できるものではないと短い時間で骨身に染みましたので。でも、どうしてカルヴィン様は庶民の考え方に理解がおありなのですか?貴方だって、貴族ですのに」


 公爵家の三男が下々について一定の知識があるってだけでもびっくりなのに、双方の食い違いで軋轢が生まれることまで納得済みとは、ちょっと尋常ではない気がするのですよ。

 と、疑問に首を傾げればカルヴィン様はにやりと口端を吊り上げます。


「第七隊まである騎士団はな、四隊から下が爵位を持たない連中で構成されているんだ。元帥閣下であらせられる兄上は練兵場にもめったに顔を出さないから交流の機会はないだろうが、団長なんて連中の使いっ走りみたいなもんでな、さんざん面倒を見てやった見返りに酒をおごってもらう機会も多くて、自然、奴らの習慣や考え方も触れる機会が多い。それだけだ」


 さも当然と言わんばかりの様子に、それだけじゃないと心がほんわり暖かくなりました。

 カルヴィン様は否定なさるでしょうが、もし騎士団長がルーファス様なら、部下の面倒をそんなに親身に見ない気が、するのです。ましてや一緒にお酒を飲むなんて、以ての外。貴族と平民が慣れあうもんじゃないと、一刀両断されること間違いなしですよ、たぶん。


 彼らと垣根なく付き合えるのは、カルヴィン様のもって生まれた性質によるものが大きいです。断言します。お陰様で、この殺伐とした公爵家で、なんとか生きていける勇気が湧いてきました。


「お願いします、カルヴィン様!できるだけわたしと一緒にいてください~!特にお屋敷の中では、どこに行かれようともお供します!」


 せっかく見つけた安全地帯、心のオアシス、数少ない理解者を、逃すものかと縋りつく。

 美貌に目がつぶれそうでも怯みませんとも、わたしはあなたについていきたい!

 いきなり態度を豹変させ、抱きつかんばかりの勢いで詰め寄る女に、カルヴィン様も一瞬ひかれたご様子でしたが、すぐに人の悪い笑みを浮かべておっしゃいました。


「ああ、構わんぞ。風呂では背を流してくれよ」

「もちろんです!なんならお手洗いでも、好きなだけご奉仕させていただきますとも!」


 確か前世の記憶の中に、おトイレでもお世話されてるお姫様がいらっしゃいました。どうせメイドです。心の平安のためならば、何でも致しますとも!

 ところがこの提案、わたしのあまりの勢いを面白がったカルヴィン様が、冗談でなさったものだったのですって。

 風呂はともかく便所は勘弁してくれと、本気でお願いされてしまいました。

 …結構本気だったんですけどね、わたし。ちっ。


おトイレ介助は、高貴な皆さんに結構あったような記憶があります。日本でも、大奥とか。


やっと、まともな人を書けました。ハジメから三男だけはと、決めてたんですよ~。どこにでも異端児ってはいるんだってことで。

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