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「こんな立派なお屋敷につりあうドレスを持っていないので、買っていただけませんか?」
「フランクに仕立て屋を呼ばせよう」
「…宝石も、少しは欲しい、です」
「では一緒に宝石商も」
「………っ」
「なんだ、それで終いか?」
向かいのソファーで人(?)の悪い笑み浮かべているルーファス様は、明らかに動揺するわたしを楽しんでいらっしゃるのがまるわかりです。ニヤニヤと、非常に感じが悪いです。
だがしかし!仕方ないじゃないですか。貴方の弟に言われて、このままじゃいけない、悪女にならなくてはと決意しても、わたしの貧相な発想じゃあ浪費するくらいしか思いつかないんですよ。
庶民が贅沢と言えば綺麗なドレスとか宝石が精いっぱい、後は…そう!お菓子。前世では安価で手軽に口にできた甘味が、十六年の間ほとんど摂取できなかったんです。たぶん家が貧乏だったせいだけど、他の子どもはもうちょっと食べてた気がするので。
でも、それは言ったらまた『庶民派をアピールして気を引こうとしてる』とか、『天然を装ってる』になるんでしょう。…あれ?気を引こうとするのは悪女としてオッケー?天然も装うなら、計算なんだからいいのか?んん?
「ドレスや宝石は、欲しければ好きなだけ買えばいい。だが、その様子からするに、本当に欲しいわけではないのだろう?一体フィンに何を吹き込まれたんだ」
自分の思考にさえ混乱して迷路をひたすら走っていると、やれやれとばかりにルーファス様がお声をかけてくださった。
助かりました。このままじゃ悪女じゃなく、頭の悪いだけのメイドになるところでした。すっかり自分のしたいことが行方不明になったものですから。
さりとて正直に”考えなしの行動をとると折檻をされます”と言っていいやら悪いやら。バカは計算高いよりダメなのに、ネタばらしをするのは天然?それとも計算?
「…その分だと、愚か者は嫌いだとでも言われたか。もしくはもっと考えて行動しろとでも?」
「超能力者ですか、ルーファス様」
「ちょうのうりょくしゃ?」
「ああ、いえいえ、特殊能力です、読心です」
あんまり的確に弟君のお言葉を言い当てられるものですから、思わずこの世界じゃ絶対使わない言い回しをしちゃったじゃありませんか。危ない危ない。魔力はほとんどが超能力に分類できますからね。
それでも読心は特殊な能力で、誰もが持っているものではないので、別枠です。あまり他人受けがいい能力じゃないですけどね、プライバシーの侵害になりますし。
嫌われ能力を持ってると疑われてちょっとムッとしたルーファス様でしたが、そこは年の功。すぐに気持ちを立て直して、フィンの言いそうなことくらいわかるとため息を吐かれました。
「長く公爵夫人の座が空位だったおかげで、自分の魔力に自信のある娘たちからの売り込みが年々激化してな、無邪気を装って近づき手段選ばず既成事実を作ろうとする女から、王室経由で圧力をかけてくる者、果ては子どもができたと大きな腹を抱えて押しかけてみたりと、こちらが呆れるほど女たちはなりふり構わなかった。おかげで一番それらの処理をしていたフィンが歪んだ」
あ、あの考え方、最近出来上がったんですか?…生まれつきかと思ってました。それは失礼。
「珍獣扱いなのはわかっていましたが、留守番している間に居眠りをして、計算せずにそんな行動したのなら折檻って言われたんです。それまでは何しても許してあげるって態度だったのに、びっくりしちゃって」
ならば豹変したのにも理由があったのかと、切っ掛けを語ってみたらば、一瞬考えるそぶりを見せたルーファス様はすぐに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、原因と思しき出来事について教えてくださった。
「居眠り…ああ、カルが危うく引っかかりそうになった手口だな。どう入り込んだのか王宮の執務室のソファーに半裸で転がっていた女が”自室にいたはずなのに、気づいたらこんな状態で眠らされていた”と騒ぎ立てたんだ。幸いにもそいつの言葉に整合性がなかったことと、カルが前日からずっと王子に引きずりまわされていた事が無実を証明したが」
なんですかその捨て身の戦法。リスキーすぎてドン引きです。さらにはあっさり失敗とか、考えなしすぎて泣けてきます。
「…ご無事で何よりです」
「ああ、うん」
なりふり構わないお嬢さんて、意外と怖いんですよね。
前世のアイドルファンと今世の玉の輿狙い、どちらも犯罪臭がする作戦を一部の迷いもなく実行される根性がよく似ていると、遠い目をしてしまいました。
人も魔人も、情熱をどこに傾けるかはその人次第です。
趣味に没頭されたり仕事に没頭されたりする分には有益なことが多いですが、恋や愛にそのすべてを投
入されると、当事者と周囲はたまったものじゃありません。
なにしろ恋愛には必ず相手が必要ですからね。片思いに悶えてるうちはいいですが、何が何でも手に入れてやると無駄な決意をされた日には、絶対犠牲者が出るんです。
公爵家の場合、それが兄弟全般で被る迷惑なので、規模も大きく受け流しきれなかったフィンレイ様が劇症化した女性不信に陥っている、というところでしょうか。
わたしにとって迷惑千万な事実は、ルーファス様にとっても頭の痛い問題らしい。
こめかみを揉みほぐしていた彼の方は、そういうわけだからフィンの言うことを真に受ける必要はないと、苦い笑いを零されました。
「あいつの言ったことと、君が急にドレスや宝石を強請ったことは、何か関係があるのだろう?もちろんただ欲しかったのだというのなら、いくら買ってもらっても構わないが、無理だけはしてくれるな」
「…お気遣い、痛み入ります」
殊勝に礼を述べながらも、わたしの頭を占めていたのは真反対の感情だった。
前日の覚悟を返してください…っ。別に悪女じゃなくてもいいんじゃないですか!計算高くなくても、天然でも!
…いや、天然はダメか。あんなものが許されるのは、平和で呑気な世界だけ。身分や貴賤、貧富に激しい差がある世界で、へらりと笑って世を渡っていけるの者などいるわけがない。一国の姫君ですら、嫁ぎ先でそんなが阿呆な真似をしたら、明日にはその地位を追い落とされるだろう。
でも、悪女ほど極端なものにならなくてよいのなら、生きていくのにそう大きな障害はなさそうだ。なにしろわたしの知る前世の悪女様方は、揃いも揃って頭の言い方が多いのだから。他人を手のひらの上で転がそうと思ったら、それなりの頭脳がないと無理なのだと思う。
土台、付け焼刃じゃ悪女になんかなれるわけがないのだ。
「おかげで少し、気が楽になりました。ドレスや宝石は必要ないので、わたしの言ったことは忘れてください」
訳の分からない目標を掲げ続けなくてよくなったことにホッとして頭を下げると、ルーファス様はそれは無理だと言うのです。真面目な顔で。
「君の身の回りのものは一通り揃える必要があるんだ。まさかずっと、その格好でいるわけにはいかないだろう?」
その格好とは。
メイドのお仕着せである。
残念ながら、わたしの手持ちで一番上等なのはこの制服なのです。一枚だけ持っている私服のワンピースはところどころツギの当たっている、どこに出しても恥ずかしい一品ですから、豪華絢爛な公爵家の中で着るわけには絶対にいきません。
そこで苦肉の策としてメイド服を、夜はこれまた支給品である色気の欠片もない夜着を身に着けていたのですが、やっぱりまずい、ようですね。そのお顔を拝見するに。はい。
眉根の寄っているルーファス様に、よろしくお願いしますと頭を下げてこの一件はここまでとなりました。
ので、そろそろ昨日からの疑問解消に着手してもよろしいでしょうか?
「ところで、公爵家の皆さまが突然変異種を必死に捜される原因になった『落ち子』様は、どなたなのかお伺いしてもよろしいですか?」
あ、ルーファス様の表情が厳しくなりました…わたし、踏み込んじゃいけないところに片足つっこみましたかね?