表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/38

10

 さあどうぞと、招き入れられた部屋はわたしの実家がすっぽり入っちゃうんじゃないかというくらい大きかったです。

 何しろ我が家、1DKでしたからね。娘に個室はなくて、キッチン(リビング兼用)で寝泊まりしてました。住み込み可の仕事を探した理由は、せめてまともなベッドに寝たかったからなんですが(ぼろいソファーがベッド替わりだったので)、公爵家の使用人ベッドは予想以上に寝心地がよかったんで大満足だったんですよ。

 この上の贅沢なんて、望んでませんでしたが。


「…うわぁ、お姫様ベッドだぁ…」


 普通のシングルベッドの優に二つ分はある広さ、四隅に柱がついてて豪華な装飾の天井がついてて、何より閉めたら個室が作れるカーテンときたら、女の子の憧れ、絵本の常連、お姫様ベッドじゃないですか!色が茶系なのはこの部屋の持ち主が男性だから仕方ないと思いますが、これが白とかピンクなら間違いなくお姫様仕様!さすがお貴族様のいるファンタジー!!


「気に入りましたか?」

「はい!素敵です!!」


 入室するなりベッドにくぎ付けだったわたしに、フィンレイ様は笑いを含んだお声をかけていらっしゃいました。

 アホの子のように家具に見とれる女が余程珍しかったのでしょう。何しろこちらのご子息様方がこれまでお付き合いされてきたのは、華美なものに囲まれているのが当然のお嬢様方ばかり。たかだか室内に入った程度で感嘆の声を上げ、夢の世界に旅立つような貧乏人はいなかったでしょうから。


 …前世の記憶にある物語だと、こういった新鮮な反応にころりと転がる王子様やお坊ちゃまが多かった気がするんですが、まさか?


 もしそうなら、恋愛が始まったりして!…と、脱ペットの希望を込めてフィンレイ様を窺いますと、彼の方は予想を裏切るというか予想通りというか、生温かい視線でわたしをご覧になってました。そして呟きました。


「平民はこういった物に触れる機会がないんですね…そうだ、美術館など彼等にも美を身近に感じられるものを与えた方が、芸術の理解に繋がりますかね。予算は公共事業に上乗せする形で捻出して…」


 仕事か!仕事に頭が行っちゃったか!恋は始まらないわけね!!

 そりゃあ、そうでしょう。そもそも平民を自分たちと同列に見なしていないお貴族様が、新鮮な反応をした程度の女と恋に落ちるわけがない。ましてやわたし、目を見張るほどの美女でもありませんし?存在価値ともいえる希少性は、色恋とは切り離して考えられていますものね。


 漫画や小説によくあった設定は、物語的王道展開だっただけで現実ではありえないんだと実感しました。そういえばこの世界の読み物に、町娘が王子様と恋に落ちるようなものはなかったなと。皆さん、いい感じにリアリストばかりだったんですね。


「…あの、座っていいですか?」

「え?ああ、どうぞ。すみませんが私は少し外してもよろしいでしょうか?」

「御髄に」


 ありがとうございますとおざなりにほほ笑んだフィンレイ様は、直後にわたしのことなどすっかり意識から追い出して、お仕事をするために部屋を後になさいました。

 きっとどこかにある書斎に向かわれたんでしょう。お屋敷の裏で下働きに明け暮れていたメイドには、部屋の配置などわかりませんから、予想ですけどね。


 そうして一人取り残された部屋で、わたしがどうしたかと申しますと……寝ました。だってすることなかったんですもの。

 最初は立派な本棚に、山と詰め込まれた本をお借りしたんですよ?でも『経済論』やら『政治哲学』やらは娯楽として読むには難解すぎて、『緊縛術』やら『拷問指南』やらは暇つぶしにするにはディープすぎたんです。

 結果、全てから目をそらして眠ってしまうのが一番だったと。ええ、予期せぬ出来事の連続で疲労も溜まっていたのでそりゃあもう、熟睡できましたとも。


「…何なさってるんですか?」

「ん?キスです」


 そう、こんなことされても起きないくらいに。

 なんだか唇や口の中で蠢くものがあると無理やり眠りから目覚めてみれば、ピントもボケる至近距離にフィンレイ様がいらっしゃるじゃありませんか。

 勿論、反射的に押しのけようと胸に両手を突っ張りましたが、びくともしませんでした。兄弟の中で一番細身なのにこの力の差、この方に勝てなきゃ残り二人になど相手にもしてもらえませんね、きっと。


 そんな絶望的観測は今、どうだっていいんですけど。

 取り敢えずなんとか引き離した相手を思いきり睨みつけて、二日は手を出さないと約束したのはさっきじゃありませんでしたかと噛みつくと、にっこり笑ったフィンレイ様は見解の相違というものを、簡潔にご説明くださった。


「”待つ”と確かに言いましたが、手を出さないとは言っていませんよ。貴女は拡大解釈をしたようですが、口づけたり触れたりする程度で子供はできませんから、安心なさい」

「やらなきゃいいってもんじゃないと思います」


 全部わたしが悪いのかと、やさぐれモードになったのでちょっとは反抗しておきました。

 だって、大多数の人が”待つ”から連想するのは、”なにもしない”だ、と思うのです…多分。人間だけの常識じゃない!…と信じたい。

 でも、魔人は特殊ですものねぇ…いや、貴族だから上から目線の特殊志向なんですか?

 どちらにしても、身分の上下云々はともかく、わたしの扱いというより女の子の扱いについて、譲りたくない領域というのもあるわけですよ。

 言い返されたことが愉快だったのか、楽しそうな笑みを浮かべたフィンレイ様を睨みながら、意識のない相手に勝手に接触するのはダメだと言った、言ったんですよ!でも、でも!


「セーラがあまりに無警戒なのが悪いのですよ。あれこれ反抗的な割に、初めて入った僕の部屋で熟睡しているとは、頭が弱いのか計算なのか、判断がつきかねる行動だと思いませんか?誘われているのならお付き合いして差し上げなければいけないかと口づけてみたのですが、さて、身持ちの固さを振りかざして牽制してくるとは、やはり計算ですか?純情で無知を装えば、我々兄弟により一層寵愛されるだろうとお考えですか?」


 こんなこと仰るんですよ、この方!しかも笑顔のままだし。よく顔が笑っていても目が笑ってないという表現がありますが、フィンレイ様は違います。全身全霊で笑顔です。一片の曇りなく楽しみながら、結構なこと言いましたよね、今!

 感情的には怒りを通り過ぎで唖然としてしまいました。ポカーンです。顔もたぶん、そうなってたと思います。

 ほんの少し前まで、人の髪を撫でて愛玩していらした方が、わたしの抵抗をやんわり封じていた方が、裏があるんじゃないかと疑っていらっしゃる。それも楽しそうに。

 …これにどう答えろと?正しい答えが全く導き出せないんですが。


「だとしたら、どうなのですか?狡賢いとわたしを蔑みますか?」


 逃げられないならせめて、快適な生活になるよう努力しようと思っていた矢先にフィンレイ様に嫌われるのは、あまり望ましくありません。

 かといってあの様子から、そんなことはないと強く否定することが正解だとも思えない。ああなんて、面倒くさい人なんだと、ため息を押し殺して問うと、緩やかに彼の方は首を振られた。


「いいえ。強者に取り入ろうとするのは弱者の本能です。貴女の行動は当然であろうと、納得するだけですね。寧ろ何も考えずに眠り込んだと言われたら…不快です。それほどの愚か者を妻にしなければならないと考えるだけで、虫唾が走ります。うっかり折檻してしまいそうですよ」


 あーぶーなーいー!!

 よかった!本気で何も考えてなかったとか言わなくて!

 何この人、っていうかこの世界の常識!

 前世で愛されキャラだった天然は、此方では駆除対象のようです!

 ならば。目指せ、性悪ヒロイン!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ