マリーシアとギイ:マリーシア×ギーベルグラント
「くッ……マリーシア……!」
また、やられた。
マリーシアの気配が消え失せたのは、つい先ほどのこと。
今、ギーベルグラントの手の中で握り締められている紙には、こう書かれている。
『心配させて、ごめんなさい。でも、絶対、危ないことはしないから、大丈夫。夕方までには帰るよ。お願いだから、わたしを信じて待っててね。捜しに来たら、ダメだよ』
これと同じ状況は、数年前にもあった。あの時は、危うく木から落ちそうになったのだ。
最近は随分おとなしくなっていて、淑女の自覚が芽生えてきたのかと思っていたら……。
本当なら、気配が感じられ次第、すぐにでも迎えに行きたい。だが、手紙の中の一文が、彼を縛りつける。
『わたしを信じて』
こう残しているのに連れ戻しに行ったら、彼女はいったいどう反応するだろう。
「ああ、まったく!」
苛立ちの声をあげながらも動くことのできないギーベルグラントだった。
一方、マリーシアは。
町が見えてきたところでキュイから降り、彼女はそこへ向かう。人混みに入るのは――正確に言うなら、ギーベルグラント以外の者を目にするのは初めてで、ドキドキしながら目当ての店を探す。それは『質屋』というものだった。
彼女が肩からかけている鞄の中には、綺麗に刺繍をしたハンカチが五枚。それを『質屋』でお金に換えるのだ。
何回か通りで人に尋ね、ようやく目当ての『質屋』に辿り着く。
「こんにちは」
声を掛けながら入った店には、色々なものが置かれており、奥には老人が居眠りをしながら座っていた。
「あの……」
声を掛けると、老人はハッと顔を上げる。
「ああ、こりゃすまん。おや、可愛らしいお嬢さんじゃの」
老人の笑顔に、マリーシアもニッコリと微笑んだ。
「で、ご用はなんだい?」
促されて、彼女はハンカチを取り出した。
「これを、お金に換えたいんです」
どうだろう、聞き入れてもらえるだろうか。
老人が品定めをするのをそわそわしながら待つ。
「ふむ。物はいいの。で、何で金が欲しいんだい? お嬢さんなら、何でも買ってもらえるんじゃないのかな」
老人の目が、マリーシアの頭の天辺からつま先までを往復する。
「あの……大事な人に、贈り物をしたいんです。今日は、『特別』な日だから」
その返事に、彼はなるほど、と頷いた。
「そうか……大事な人、のう」
「ええ、とっても大事な人なんです」
そう答えた輝かんばかりのマリーシアの笑顔に、老人の顔にも笑みが浮かんだ。
「だったら、奮発してやらにゃだな」
マリーシアの笑みは更に大きくなった。
*
夕焼けになる、少し前。
ギーベルグラントは、マリーシアを前に仁王立ちになっていた。
「さあ、説明していただきましょうか」
一日心配し続けたために強張ってしまった顔のまま、ギーベルグラントが問い詰める。
そんな彼に、マリーシアはおずおずと小さな包みを差し出した。
「……何ですか?」
「あのね、『特別』な日のお菓子。本でね、今日は大事な人にお菓子を贈る日だって、読んだの」
「マリーシア……」
「今日は、いつもありがとうっていう気持ちと、あなたが大好きよっていう気持ちを込めて、大事な人にお菓子を贈る日なんだって」
そう言ってニコリと笑顔を向けられ、ギーベルグラントは叱責するための言葉を失う。
「……怒ってる? 心配させて、ゴメンね? でも、どうしても、ギイにあげたかったの」
きっちりビシッと叱る筈だった。筈だったが――そんな彼女を前にして、それは不可能なことだった。