trinity:瑠衣×抄樹×レイ
今日は2月14日。瑠衣は朝からキッチンにこもりきりだ。漂ってくる甘い匂いから、彼女が何をしているのかは明らかである。今日は外出禁止を言い渡されている抄樹とレイは、手持ち無沙汰にリビングで向かい合っていた。
「張り切っていますね、瑠衣さん」
「まあな。毎年、ああだ」
キッチンからは軽やかな鼻歌が聞こえてくる。
「……覚悟しとけよ」
「え?」
彼女に関わることだというのに、抄樹の表情は珍しく暗い。
「とにかく、スゴいんだよ……この日のアイツは……」
何がこれほどまでに彼をおののかせるのか。レイは緊張した面持ちになる。
と。
「おまたせ!」
パタパタとスリッパの足音と響かせて、瑠衣が顔を覗かせた。
「ね、あーちゃん、手伝って?」
そう言うと、再びキッチンに戻っていく。
「いいか? アレを見ても、何も言うなよ? いいから、黙って完食するんだ」
抄樹はガシッとレイの肩をつかむと、彼の青い目を覗き込みながら真剣な顔でそう言い、リビングを出て行った。
――いったい、何が……?
ただならぬ抄樹の様子に、レイは微かに顔をこわばらせながら、静かに待った。
足音が、戻ってくる。
そして、『ソレ』が目の前に置かれた。
リビングの、決して小さくはないテーブルの上に鎮座する、驚くほどの威圧感を持った、『ソレ』。
生クリームとチョコとマジパンで作られた可愛らしい細工で飾られた、ケーキ。
『ソレ』は、とうてい二人で食べきれる代物とは思えない。
「うふふ。さあ、召し上がれ!」
切り分けたケーキを抄樹とレイの前に置いた瑠衣は、満面の笑みを浮かべている。それを、消すわけにはいかない。
レイの向かいに腰を下ろした抄樹がおもむろにフォークを取ると、ジッと彼を見つめてきた。その目は、ただ一言を伝えてくる。
――食え。
レイは覚悟を決めてフォークを手にすると、最初の一口を、取った。