スタートロイ城
「それでは失礼するぞ。目的は果たしたからの…」
「待て!!」
そう言って老人は杖に乗ったまま空高くまで上昇して行った。マモリの声に反応することなく、すでに次の仕事を頭に思い浮かべているようだった。
「…マモリ…」
自分の息子の将来について真剣に対策を考えながら、アイリはマモリに声をかけた。
しかしマモリは気が抜けたようにうつむいて立ち尽くしたままだ。
「…ふう………まあいいじゃない!男の子の服が着れなくなっただけでしょ?だったら女の子の服着て過ごせばいいのよ!…母さんはいいわよ。ていうかマモリは可愛いから、前から女の子の服を着せたいなって思ってたのよ。これからは娘として…ね?」
気楽な性分の母はすでに楽しみになっているようだった。その想いととマモリを慰めたい想いがごっちゃになっている。
「…親としてそれでいいの…?」
母の変わり身の早さにあっけにとられるマモリ。
どうしようもないので、近くにあった布切れを体に巻きつけてアイリと一緒に城に向かう。
**********
<スタートロイ城>
巨大ババロンに襲われ多くの人が怪我をし、国民全員が城の中に集まっていた。
だがもともと結束の強い国で、傷ついた人たちの手当ても早く、すでに活力を取り戻していた。
城内では大臣たちが各所に指示し、壊れた家の建て直しや今後の対策など迅速な動きを見せている。
マモリも巻きつけた布を揺らせながらアイリと一緒に城の門をくぐった。
そこで待っていたのは、国の王子と数人の兵士だった。
「あら、ジード王子!」
アイリが王子に挨拶をする。とても王族と一般人とは思えないラフな挨拶で。そういうラフさがまかり通るのも、この国の良さだった。
ジード王子はスタートロイ唯一の王家の跡取り。
現在は25歳で国のために早く結婚相手を見つけろと父にうるさく言われている。
「お怪我はありませんか?」
「ええ…大丈夫よん。」
ジードは隣のみすぼらしい少女のような少年の顔を見て、それがマモリだと気づく。
「マ!マモリ!どうしたんだ、その格好は…!?」
ジードとマモリは小さいからよく一緒に遊ぶ兄弟のような関係だった。
というのも、英雄の家族としてマモリとアイリはよく城に招待されることが多かったからだ。いつも鎧姿で活躍するマモリをよく知っているため、布切れ1枚のマモリの姿には驚いた。
「ああ…後で話すよ。それより街の人は?」
「それなら大したことはない。死人も出ていないしな。おまえのおかげだ。」
「それはよかったわ。ところでジード王子…国王様にお目通り願える?」
アイリは相変わらずの笑顔で国王への面会を要求する。とてもさっきまで大型の魔物と戦っていたとは思えない。
「それはかまいませんが…」
「ちょ、母さん!」
「マモリもずっとそんな格好じゃいられないでしょ?」
そう言ってアイリは一国の王子を早くといわんばかりに引っ張って行った。
**********
<国王の間>
スタートロイ王は難しい顔をして窓からさっきまで巨大ババロンが暴れていた場所を見つめている。
「…この国も…もっと…」
物思いにふけるのを遮るように、勢いよく扉が開く。
「失礼します、父上!アイリ・マモリの両名をお連れしました。」
「…入りたまえ。」
3人が室内に入る。もちろんマモリは布切れを巻きつけたまま。
「…マモリ…また国を守ってもらったな。…いつもすまない…兵士でもないお前に…」
王という立場も気にせず、スタートロイ王は少年に頭を下げる。
「いいよそんなの…それより…」
言いかけてマモリは言葉を詰まらせた。顔も真っ赤になっている。それを見たジードが心配そうに顔を伺う。
「…どうしたのだ?…その格好…」
続きを話し出したのはアイリだった。最もアイリもそのつもりで王様の前に来たのだが。
「実はうちのマモリなんですけどね?ちょっと呪いにかけられてしまったんです。」
と、それほど深刻なことでもないような言い方でぶっちゃけるアイリ。
「なんと!」
「呪い!?」
「まあ一応報告しておきますと、さっきのババロンは呪術師の仕業だったんですよ。黒魔法でこの近辺のババロンを合成させたものだったようです。」
「ということは、その呪術師がマモリを?その呪術師は?」
「逃げられました。でももう来ないと思いますよ。目的は果たしたって言っていたし…まあその目的がマモリを呪うことだったみたいですけど。」
国王もジードも、事態を想像しながらアイリの報告を真剣に聞いていた。
マモリは相変わらず赤くなったままだ。
「まあ…ご想像通りだと思いますが、フルアーマーの魔法を狙ってたみたいなんですよね。」
「…うぅむ、だがあの魔法は取り出すことも呪うこともできないはずの絶対魔法だろう?」
「ええ、だから呪われたのはマモリ自身なんです。…その…男の子の服が着れない呪いをかけられちゃって!」
マモリは耳まで真っ赤になった。
「なんと…それでゼウの鎧を装着できなくなったということか…」
「そうなんです。まあそういうわけなんで、国王様にはマモリの服を用意してもらいたくって。女の子の服を。」
「えぇ!?母さん!!」
まさかここでというように、マモリは声を上げた。
「だってしょうがないでしょう?このままずっと布だけで生きていくの?」
「それは…」
「マモリ…」
ジードは複雑だった。ジードは以前からマモリの可愛さに想うところがあったからだ。
マモリのピンク色の髪、白い肌、重厚な鎧を着こなすのが信じられないほどの細い体。それはその辺の街娘よりもずっと可愛らしいのではと思い続けていたのだった。
もっとも、そう思っているのは、ジード以外にも何人もいるわけだが。
「わかった。では20着ほど服を用意させよう。下着もな。」
「(下着っ!!?)」
「ありがとうございます。」
「…ちょっと待ってください!」
特に動揺もなく事態を飲み込んでしまったどころか、下着まで用意すると言う国王の発言に焦り、マモリも打って出る。
マモリはもともと一生布だけで生きていくつもりも、一生女の子の格好で生きていくつもりもなかった。
「どうしたの、マモリ?やっぱり女の子の服は嫌…?」
「そうじゃなくて…ってそりゃ嫌だし恥ずかしいけど…そういうことじゃなくて…」
「?…じゃあ何?」
「この呪いを解くとか…そういう方向性はないのかよ!?」
マモリはなぜみんなあっさり受け入れるのかずっと疑問だったため、ついにその問いを投げかけたのだった。
「それは難しいわね。呪いっていうのはね、術者にもリスクがかかる危険なものなの。その分強力な魔力が込められていてね。呪いをかけた本人にしか解けないようになってるのよ。」
「そんな…」
まあなんとなくそんな気はしていたマモリだが、今は小さな希望が打ち砕かれた思いだった。
「ま、諦めて娘になっちゃいなさいよ。母さん、マモリなら絶世の美女になると思うけどな。」
ジードが内心で激しく同意する。
「やめてくれよ!…だったら…あのじいさんを探す!」
もうマモリに残された道はそれしかなかった。マモリにとって女の子としての生活なんてありえない。
「何言ってるのよ…どこに行ったかもわからないでしょ?」
「そうだけど…このままなんて嫌だよ!それにあのじいさんが飛んでいった方向はちゃんと見てたんだから!」
アイリは自分の息子を娘にすることにためらいがない様子だが、マモリも引くわけにはいかない。
「それはだめだ!マモリはこの国にいないと!!」
そう言ったのはジードだった。
「なんでだよ。オレが強い力を持ってるからか?でももうそれが使えなくなったんだぞ!?」
ジードはもちろんそういうつもりで言ったのではなかったのだが、マモリにはその気持ちが伝わるはずがない。