パプリカの狂気
3人は驚愕していたが、ガメイラもまた、驚きを隠せないでいる。
「これは…魔界樹アウタナ。魔力と生命力を喰らう恐ろしい樹よ。本当は魔界にあるはずなんだけど。」
「あら、よく知ってるいますわね。さすがは……クスッ」
パプリカはガメイラのことをさらに知っているようだった。
「…どうしてアウタナの樹がこんなところにあるの?」
「ふふふ。この城を守るためですわ。もともとは…ね。」
3人のうち、キャロットだけはパプリカの方に向き直る。
愛すべき姉が、平然と、微笑みながら、いつもどおりに、このおぞましい樹のことを話しているのだから、キャロットはもう訳がわからない。
「………お姉ちゃん…どういうことなの??」
「キャロット…あなたも知ってるでしょう?この城の結界を。もう100年もの間この結界は城を守っているの。一度も尽きることなくね。」
「…それは……知ってるわ。だから私たちも安全に今まで過ごしてこれた……。」
ジャンも目を鋭くさせてパプリカの方を睨みつける。腕には震えるキャロットを抱えたまま。
マモリも恐れながら話を聞いていた。
「そうよ。でもその魔力ってどこから来てると思ってるのかしら?さすがに私がずっと結界を張り続けるなんてできないでしょう?」
「それは…」
「(たしかにそうね…。私の知識にもバルキュリア城のことはほとんどない…。謎が多いわ…。)」
知識の塊であるガメイラにとっても、バルキュリア城の結界については知らなかった。
「このアウタナの樹はね、無限の魔力を持っているのよ。尽きることのない無尽蔵の魔力…。その魔力を結界にあてているのよ。」
「……でも…魔界の植物がこんなところで100年も生きていられるはずがないわ!」
ガメイラが声を上げた。
「ええ、さすが…良い所に気が付きますわね。魔界の植物は太陽が嫌いです。だからこんな地下の地下にあるっていうのも一つなんですけど、いくら生命力に溢れた魔界樹アウタナでも、こんなところで生きていけるはずがありません。でも…」
「…でも……?」
「時々少しの肥料を上げるだけで、十分生きられるんですよ。」
「…肥料?」
キャロットがまさかというように、声を震わせて聞いた。
「ええ。肥料とは上質の魔力。特に愛に満ちた女性の魔力は素晴らしいものなのよ。」
「………つまり…あの舞踏会で一番愛し合ってる人たちを選んでたのって………」
「勘がいいわね、キャロット。」
パプリカはにっこりほほ笑む。
つまり、パプリカは毎週舞踏会を開き、その中で最も愛に満ちた上質の魔力を持つ者を見つけてその者たちをアウタナに捧げていたのだ。
「最低ね…」
「こんなやつにブライを治してもらおうと思っていたのか…」
ジャンはパプリカに見とれてしまった自分が恥ずかしくなった。
「じゃあ、あの部屋は……」
「愛をさらに深くするための部屋よ。人間が2人であの部屋に入れば自動的にお互いを求めるようになるのよ。男女はもちろん、男同志でも女同志でも。そしてベッドでセックスすればとても素敵な快楽を楽しめるわ。愛と魔力は密接な関係にあるのよ。そしてそのまま眠りに堕ち、2人は気付くこともなくアウタナに捧げられる。………永遠の愛って言うのも満更嘘じゃないでしょう?愛し合ったまま眠って死んじゃうんだから。」
その言葉に、マモリもジャンもパプリカの人間性の恐ろしさを感じた。とても頼みごとができる相手ではない。
「そんな……じゃあ俺たちも?」
「ふふふ。行ったでしょう?ここからは出さないって。本当はそっちのガタイの良い君だけをアウタナに捧げようと思ってたんだけどね。」
パプリカはジャンのほうを指差した。
「そっちのピンク色の…マモリさんには他の用があるのよ。」
「俺のこと…知ってるの!?」
マモリはパプリカに見つめられ、背筋を凍らせた。
「ちょっと待ってよ、お姉ちゃん!!ジャンを…この木に捧げるって…ジャンを殺すってこと!?」
キャロットも聞いていて我慢できなくなったらしい。
ベッドから飛び降りてパプリカの方へとずかずかと踏み出した。
「いくらお姉ちゃんでもそれは絶対にさせない!!あの子がお姉ちゃんとどんな関係があるかしらないけど…とにかくここから出して!!」
キャロットはパプリカの目の前で足を止め、強気にパプリカを指差した。
「クスッ…キャロット、今のあなたは最高よ。やっと愛に目覚めてくれたのね。」
「そうよ!!だからここから出して!!」
「ふふふ。駄目よ…今のあなたからはとても強い魔力を感じるわ。これならあの装置を起動できる…。」
パプリカは目の前のキャロットを見て、ニヤッと不気味に笑った。
「え?」
「あなたの魔力が必要なの。」
「は?…お姉ちゃん何言ってるの?」
「あ、それとねキャロット。私はあなたの姉というわけではないのよ。」
パプリカは冷たく言い放った。
「姉じゃないって…どういうこと?」
「レオナード!!」
「は!」
さっきまで沈黙を守っていたレオナードが急に動き出し、キャロットを担ぎあげた。細身のくせに片手でひょいっと、軽く。
「連れて行きなさい!」
「ちょ、ちょっと放しなさい!レオナード!!」
キャロットの言葉を無視してパプリカの後ろの小さな脇道へ足を進めるレオナード。
キャロットは上でギャーギャーと騒いでる。
そのままレオナードはアウタナの間を出て行ってしまった。
「ねぇ、ジャン。あの子…キャロットを追いかけた方がいいと思うんだ。」
「俺もそう思う。目の前の女じゃ一緒にウォーロッセオまで来てくれそうにないしな。それにあのキャロットって女もこの様子じゃ何をされるかわからない!!」
「よし、ジャンはキャロットを追って助けてあげてよ!」
「マモリは?」
「この人、僕に用があるみたいだからね…」
「……わかった。でもこの女、普通じゃない。すぐ戻ってくるから気をつけろよ!」
「うん、ありがとう。」
ジャンはキャロットとレオナードを追って2人が入って行った脇道に向かった。
するとジャンの足もとからたくさんの蔓が伸びて、みるみる人のような形になっていく。
それが10体ほど、あらわれてジャンの周りを囲んだ。ジャンの行く手を妨害している。
「ふふ、それはヴァイマンっていう植物型の魔物よ。あなたはアウタナの生贄なんだからおとなしくしておいてくれるかしら?」
聞く耳持たぬと、ジャンは両手を地につけ、逆立ちをした状態で足を大きく開き、そのまま回転した。その独楽のような蹴りで周りのヴァイマンが切り刻まれていく。
「あら!!彼強いのね。油断したわ。でも…」
だがまた新しい蔓が伸び始めた。
「そうはさせないよ!!フルアーマー・イーフリート!」
マモリの服がシックなドレスから燃えるような赤いチャイナドレスに変わる。短いスカートとスリットが可愛いイーフリートの衣装。
そしてマモリの体から炎が燃え上がり、その炎が地を這ってジャンの周りの蔓を燃やしていく。
「助かったぞ、マモリ!」
ジャンはマモリにガッツポーズをしてみせ、そのまま脇道に入って行った。