火拳・イーフリート
粉砕した扉を背にその青年はマモリたちの方へ近づいていく。
店内にさっきまでとは明らかに違う空気が広まり、山賊たちの意識がジャンに集中する。
ある者は目をギラつかせ、今にも青年に殴りかからんとしている。
またある者はその顔を見て、体を震わせ、後退りしている。
そんな空気の中、沈黙を破ったのは酒場の女主人にして山賊のリーダー、フレイ・バーバリアだった。
「あんた…格闘家のジャンだね?私もあんたの噂はよく聞くよ。…で、有名人のあんたが私の店壊してくれちゃって…いったい何の用かしら?…まあ何の用でもただでは帰さないけどね!」
フレイは眉間をヒクヒクさせながら、怒りを抑えながらジャンの様子を伺っている。
対するジャンは無言のまま進み、山賊たちの群れの前で立ち止まった。
「…この野郎…やる気か!」
「いいところで邪魔しやがって…ただじゃすまさねえ!!」
「ぶっ殺してやる!!!」
月並みな脅し文句をたれる山賊たちに一瞬ガンを飛ばし、視線をマモリに移す。
マモリもそのジャンの方を見ていたため、自然と視線が合う。
ジャンはマモリに向かってニッコリ微笑んだあと、目を尖らせ、拳を作り、腰を落とした。
「っ!!あんたたち、気をつけな!!」
フレイが慌てて声を上げる。だが言うのが遅いのか、ジャンが早いのか、そこで小さな竜巻が起きたように数人の山賊が吹っ飛んだ。
ジャンはその勢いに乗って山賊を蹴散らしながらフレイの目の前まで来る。
あまりのスピードにフレイも警戒するのが遅れた。
「ぅがっ!」
ジャンはフレイを軽く小突き、持っていたペンダント、ガメイラを奪い取った。
フレイは体勢を崩し後ろのバーカウンターの中に倒れてしまう。
ジャンはマモリの方までゆっくりと歩いていく。
一連の動きを見ていたマモリの周りの山賊たちは、マモリに触れている手を引っ込め、後ろに下がってゆく。
「これ、お前のだろう…?」
そう言ってジャンはガメイラをマモリの首にかけた。
「え……あ…ありが、とう…え…?…なんで!?あんたっ…」
事態が飲み込めないのは山賊たちだけでなく、マモリも同じだった。
何が起きたのか、目の前の人物は何のために何をしているのか、さっぱりわからない。
そんな混乱の中、マモリにも一つだけはっきりしていることがあった。
「…助けて…くれたの?」
「まあ。」
ジャンはそう言ってマモリの縄をほどいていった。
次に声を出したのはさっきまで無言だったガメイラだった。
「はぁぁぁ…マモリちゃん大丈夫!?危ないところだったわね…まさか本当に慰み者にされるなんて…。」
口に貼られていたガムテープをはずしてあげたように、勢いよく喋り出すガメイラ。
「うわっ!」
その声を聞いて驚いたのはジャンだった。
まあ突然ペンダントが喋り出せば当然のリアクションだが、さっきまで余裕の顔で山賊を薙ぎ払っていたのを思い出すとギャップを感じてしまう。
「あなた、マモリちゃんを助けてくれてありがとう。」
「…いや……」
自分に声をかけてくるとは思っていなかったので、ジャンはたじろいだ。ペンダントに話しかけられたのは人生で初めてだったのだから当然だろう。
その「いや」という言葉で、ようやくその男が昼間出会っていたことをマモリは思い出した。
「武器屋さんにいた人!!」
「え?…ああ、覚えててくれたのか!」
一方倒れたフレイ・バーバリアはそのままバーカウンターの中でごそごそと動き、立ち上がった。
その動作にまだマモリたちは気づいていない。
「あんた…ジャンっ!よくもやってくれたね!!」
フレイは左手を前にかざした。さっきまではつけていなかった真紅の手袋を着けている。
その手袋がさらに赤く光り出した。
「危ない!マモリちゃんイージスを!!」
ガメイラが魔力を察知し、声を荒立てて叫んだ。
マモリもその声に反応する。さっきの山賊が落としたのか、落ちていたイージスを急いで拾い、柄の宝玉を前にかざす。
すると宝玉から半透明の大きな盾が現れた。
マモリとその後ろのジャンをすっぽり隠せるくらいの大きさの盾が。
盾が現れるとほぼ同時に、フレイの手から炎が噴出される。特大の火炎放射器のように。
「燃えちりな!!」
その炎はまっすぐマモリたちに向かい、イージスの盾にぶつかった。
「熱っ!!…何この炎!?」
マモリもジャンは驚き、盾に隠れて熱さをしのいでいる。
「炎魔法…?」
「いいえ、これは魔法じゃない…騙されてこんなことになっちゃってるけど、あの女が格闘オタクっていうのは本当みたいね!」
「どういうこと?」
「…あの女が手につけてるグローブあるでしょう?あれは火拳・イーフリート…。昔ある格闘家の娘が愛用していた格闘用の手袋なの。より強い拳を、そう思って特別に作らせたのがあの手袋よ。もうその娘は死んじゃったらしいけど、それからあの手袋は伝説の拳として伝えられたわ。その娘の格闘への熱い思いが宿って炎を出すようになったのよ。そんなレアアイテムがこんなところにあるなんて…」
「…えと、つまりあれって格闘用の武器ってことだよね!?」
「そういうことよ!」
「じゃあ…あれを手に入れたら…」
「ええ、マモリちゃんも格闘技ができるようになるわ!」
ギリギリで炎を凌ぐマモリたち。だが炎の威力が弱まっていく。
「熱っ!!くそ!!」
フレイは優勢なのに炎の噴射をやめた。
手袋、イーフリートはまだ燃えたいというように、なおも赤く光っている。
「っ!!しめたわ。あの女、ちゃんとイーフリートを扱えてない!あれは魔力でうまくコントロールしないと自分も燃えちゃう危険なアイテムなのよ!」
なんとも恐ろしい手袋だろう…マモリはそんな物を使おうとしてたのかと身を震わせた。
「それ大丈夫なの?」
「何言ってるのよ…そのためのフルアーマーでしょう?」
それもそうだと思い、マモリは納得した。フルアーマーはどんな装備でも自在に使いこなせる魔法だ。
思えばさっきのイージスの盾もとっさにしては強力な盾を作り出せたと言える。
マモリもはじめてだったが、あれが本来の守護の剣と言われるイージスの力なのだろう。
フレイは再びイーフリートを装着し、炎を噴射する。
「今度こそ!灰になりな!!」
それを再びイージスの盾で防ぐマモリ。
フレイが炎の噴射を止め、また攻撃してくるまでの時間は5秒といったところだった。
「これじゃどうしたら…オレのスピードじゃ炎がおさまってる間に手袋を脱がすなんてできないよ…」
「確かに…難しいわね。」
策が思い浮かばない。そう思っているところに割って入ってきたのはジャンだった。
「よくわからないけど…あの手袋を奪えばいいんだな?」
「え?」
マモリがジャンの方を見た時、すでにジャンはイージスの盾から飛び出し、フレイの方に突っ込んでいっていた。