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第四話

 早速、百花は、新しいぬいぐるみ――ではなく、昂焔の依り代を作るために、針子部屋にある布地や糸を確認してみた。昂焔は狼の姿を希望している。


 だが、ここにある材料だけでは、狼のぬいぐるみが作れない。布地の色が、微妙に合わないのだ。だから布を買いに行くため、百花は新樹に外出の許可を求めようとしたのだが――。


「ダメだ。ダメに決まっているだろう?」


 執務席で書類にペンを走らせている新樹は、顔も上げずに否定した。


「ですが、ぬいぐるみを作るには布が必要なんです。それが、今、針子部屋にあるものでは足りなくて……」


 どうせ作るなら、自分も納得できるものを作りたい。


 昂焔の依り代とはいえ、今までのうさぎのぬいぐるみと同じように、新樹の側に置かれるものとなる。それを考えたら、妥協したくない。


「だからって、おまえを一人で買い物に行かせるのは言語道断。ただでさえ人狩りの被害が大きくなっているというのに。それでは自分からさらってくださいと言っているようなものじゃないか!」


 人狩りとはその名の通り、人を狩る者たちを指す。その者たちの活動が活発になっており、連日、新聞記事に取り上げられていた。


「百花さん。今、新樹様は不機嫌の頂点に達しています。反抗期というまっただ中、六家会議で書類作成を押しつけられ、イライラされているのです。私のほうから補足させていただきます。ささ、どうぞそちらにお座りください」


 航平がしゃべればしゃべるほど、新樹の眉間のしわが深くなっているようにも見えたが、それでも彼は黙って書き物を続けている。


 百花は航平の指示に従い、ソファに腰を落ち着けた。それでもこの場は新樹の執務席の真ん前にあるため、左側から突き刺さるような視線を感じながらも、百花は航平の話に耳を傾ける。


「新樹様がおっしゃったように、ここ数日、人狩りの動きが活発になっております。人狩りは鬼人の血を求め、鬼人をさらっています」


 それは新聞でも記事になっているため、百花も知っている。しかし百花は鬼人ではない、ただの人である。


「ですが人狩りは、鬼人だけでなくただの人もさらい、奴隷として売りさばくのです。人狩りとはそういった所以です」


 つまり、人狩りにとっては鬼人も人も、金儲けの道具にすぎないというわけだ。


「それに、ただの人であっても、霊力さえ与えれば、半鬼人として霊力が使えるようになります。どうやら人狩りは半鬼人を作り上げたいと、そういった噂もあるのですよ」


 鬼人に対し半鬼人は後天的に霊力を備えた者で、その霊力は鬼人から与えられる。しかし、それは鬼人と人の契約によるもので、鬼人より霊力を与えられた半鬼人は、生涯、その鬼人に尽くす必要があった。


「人狩りは、鬼人の血から霊薬を作ろうとしているわけです。霊薬は一般的には霊力を高めたり怪我や病気も治したりする万能薬と呼ばれており、たいへん貴重なものです。しかし人狩りが作ろうとしている霊薬は、その一般的霊薬とは異なるものです」


 いつの間にか、書類にペン先を走らせていた新樹の手も止まっていて、航平の話に聞き入っている。だがその目は鋭く、まるで航平を監視しているようにも見えた。


「どういった霊薬なのでしょうか?」


 百花も航平の話に夢中になっており、気がついたらその言葉が口から出ていた。


「人を強制的に半鬼人にする霊薬。そのために、鬼人の血が必要だと、そういった流れですね」


 あっけらかんと明るい口調の航平だが、話の内容は明るいものではなかった。

 人狩りは、なんでも言うことをきく半鬼人を作るため、鬼人の血を欲し人の肉体を必要としているらしい。


 百花は身体をぶるりと震わせる。


「そのため新樹様は、百花さんが一人で外をふらふらと歩くのを嫌がっているわけです」

「人狩りは怖いですけれども……それでは、誰も外を歩けないではありませんか?」


 人狩りに怯え、家に閉じこもってばかりいては生活も成り立たないだろう。他の人とやりとりをするためには、空の下を歩く必要がある。


「さすが百花さん。よく気がつきましたね!」


 気がつくも何も、今日も大通りのほうからはにぎやかな音が聞こえてくる。彼らは人狩りに警戒しながらも、いつもと変わらぬ日常を送っているのだ。


「つまり、百花さんを一人で外に行かせたくない、というのが新樹様の本音です」

「おい、航平」


 新樹の声が飛んできたが、すぐにそこへ割って入る存在があった。


《だったら、オレ様が一緒に行けばいいじゃないか》


 新樹の執務席の上で行儀よく座っていたうさぎのぬいぐるみの昂焔が、ぴょこっと机から飛び降り、とてとてと歩いてきては百花の膝の上にちょこんと座った。


「おい、昂焔。おまえ、何をしている……?」


 新樹の声色が下がり、唇の端がひくひく動いている。


《オレ様が嬢ちゃんの護衛につけばいいんだよ。坊はお嬢ちゃんが人狩り……じゃなくて、他の男に目をつけられるのを気にしているだけだろ? てことは、誰かが嬢ちゃんを見張っていればいい。それって、オレ様が適任じゃないのか?》


 な? と昂焔は振り返ってつぶらな瞳で百花を見上げるが、やはり昂焔の言動とその外見が不釣り合いである。


 百花は何か答えなければと思っていたのに、先に新樹が口を挟んだ。


「おまえの存在を他の者に知られたほうがやっかいだろ?」

《オレ様、見た目はかわいらしいうさぎのぬいぐるみ。嬢ちゃんがオレ様を抱いていても、なんの違和感もないだろ?》


 航平がうんうんと大きく頷くのは、昂焔の意見に同意しているからか。


「まさか、新樹様の式神がこれほどまで百花さんに懐いているとは……。そうであれば、式神が言うように、式神を連れていってもらえばいいのではありませんか? 新樹様も安心できるでしょう」


 航平はニヤニヤとしているが、新樹は何も言わず唇を震わせるだけ。


《そうだ、そうだ。坊は反対するだけで意見を出さない。これじゃ、いつまでたってもオレ様の新しい身体は作れない。そのうちオレ様、ぼろぼろになって消失してしまうかも……》

「それはダメです」


 百花は思わずうさぎのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「昂焔さんは新樹様にとって大事な存在ですよね?」


 式神という存在が、鬼人にとってどれだけのものかわからない。だけど新樹は、昂焔のために、ぬいぐるみを修繕しながら何年も使っていたのだ。


「昂焔……おまえ……」


 手にしているペンを折るのではないかと思えるくらい、新樹は身体に力を入れている。


「新樹様。そろそろ素直になりましょう。式神に嫉妬するなんて、やっぱりお子ちゃまなんですよ」


 得意げな様子の航平に、「そうだ、そうだ」と、昂焔も同意する。


「素直……嫉妬……?」


 百花が首を傾げれば、新樹は顔を真っ赤にし始めた。


「だから、おまえ一人では心配だから俺も一緒に行くと、そう言ってるんだよ!」


 今の話の流れから、どうしてそのような結論に至るのか百花にはわからなかった。それよりも新樹は、当主として忙しい立場にある。


「新樹様がですか? 昂焔さんではなく?」

「なんだよ。俺が一緒では不満なのか?」


 新樹がどこか不貞腐れた様子で唇を軽く尖らせた。


「いえ、新樹様もお忙しいのではありませんか?」


 わざわざ新樹の手を煩わせるのは、気が引ける。


「おまえの買い物に付き合うくらいの時間はある」

《よかったな、嬢ちゃん。これでオレ様もイメチェンができるっていうわけだ。もちろん、オレ様も一緒に行くからな。護衛はまかせておけ》


 昂焔がトンと胸を張る姿はかわいらしい。


「そういうことだ。日時が決まったら連絡する」


 そこで新樹は立ち上がり、百花のほうに近づいてきた。相変わらず表情はむっとしたままで、どこか苛立っている様子。そのまま百花に向かって手を伸ばしたかと思えば、むぎゅっと昂焔を掴んだ。


「おまえ。いつまでそこにいるつもりだ」


 新樹が昂焔のおでこを指でピンと跳ねると、ばたばたしていたぬいぐるみは静かになる。


《おい、坊。オレ様に拘束の術を使ったな?》

「拘束だけですんでよかったじゃないか。あまりにも騒ぐようなら、その口も縫いつけてやるからな」

《ひどい、横暴、独裁者……むぐぅっ……》


 とうとう昂焔は静かになり、動かなくなってしまった。


「百花。おまえもさっさと部屋に戻れ」

「部屋ですか? 控えの間ではなく?」


 この時間はまだ仕事の時間であり、新樹に呼ばれたら彼の世話をする必要がある。


「今日のおまえの仕事は終わりだ。あとは航平がいるから問題ない。さっさと戻れ」


 新樹の勢いに負けた百花は「失礼します」と頭を下げて、新樹の部屋を去った。だが、心の中にはなんとも表現しがたいあたたかさが生まれていて、頬が自然とゆるんだ。


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