婚約破棄された氷の公爵令嬢は、隣国の冷酷皇太子に拾われ溺愛されながら全てを奪い返す〜裏切り者には最悪の結末を〜
その日、全てが終わった。
「エリシア・フォン・ルヴァリエ、公爵令嬢よ。お前との婚約は破棄する」
王宮の大広間。
華やかな夜会の中心で、私は断罪された。
婚約者である第一王子アルフォンスの隣には、見知らぬ女が寄り添っている。いや——知っている。最近噂になっていた平民出の少女だ。
「貴女は冷酷で、民を顧みない悪女ですもの」
少女は勝ち誇ったように笑った。
周囲の貴族たちもざわめく。
——すべて仕組まれている。
私は理解していた。
この国は、私を切り捨てるつもりなのだと。
「何か言い残すことは?」
アルフォンスが見下ろしてくる。
私は静かに微笑んだ。
「いいえ。——ただ一つだけ」
その瞬間、空気が凍りつく。
「貴方たちは、必ず後悔する」
それだけを言い残し、私は王宮を追放された。
雪の降る国境。
全てを失った私の前に現れたのは、一人の男だった。
「面白い女だな」
銀の髪に冷たい紅の瞳。
その男は、まるでこの世の支配者のような存在感を放っていた。
「私は隣国ヴァルディア帝国の皇太子、レオンハルトだ」
その名を聞いた瞬間、背筋が震えた。
冷酷無比、敵には容赦のない“氷皇”。
「行く宛てがないのなら、来い」
「……なぜ、私を?」
問うと、彼は楽しげに笑う。
「復讐したい顔をしている。気に入った」
——その一言で、運命が変わった。
帝国での生活は、想像以上だった。
「エリシア、お前はもう私のものだ」
初日からそう言い切ったレオンハルトは、狂気じみた執着を見せた。
衣装、住まい、護衛。
すべてが最高級。
だが、それ以上に。
「誰がお前を傷つけた?」
彼の声は、静かに怒りを孕んでいた。
「……王国の者たちです」
「ならば潰そう」
あまりにもあっさりと告げる。
私は思わず笑ってしまった。
「ふふ……本当にやるのですね」
「当然だ。お前は私のものだからな」
その言葉に、胸が熱くなる。
失ったはずの居場所が、ここにあった。
復讐は、完璧に進んだ。
まず、王国の財政を崩壊させる。
次に、貴族たちの不正を暴露。
そして——
「アルフォンス王子、貴方は国家反逆罪で拘束されます」
帝国軍が王宮に踏み込んだ。
「な、なぜだ!?エリシア!」
縋るような声。
私はゆっくりと歩み寄る。
「覚えているかしら?“後悔する”と」
彼の顔が青ざめる。
「やめてくれ……!」
「もう遅いのです」
冷たく言い放った。
隣では、あの少女も震えている。
「助けて……!」
「あなたも同罪です」
私の一言で、彼女は絶望に沈んだ。
全てが終わった夜。
帝国のバルコニーで、私は空を見上げていた。
「満足したか?」
背後からレオンハルトが抱き寄せる。
「ええ……全部、終わりました」
「ならば次だ」
「次?」
振り向くと、彼は真剣な顔で言った。
「今度は、お前を幸せにする番だ」
その言葉に、心が震える。
「……もう、十分すぎるほど頂いています」
「足りん」
きっぱりと言い切る彼。
「お前は、これからも私に愛され続ける」
強く抱きしめられる。
その腕は、どこまでも優しく、そして逃げられないほど強かった。
「エリシア。——愛している」
「……私も、愛しています」
かつて全てを奪われた私が、今は全てを手にしている。
復讐も、愛も。
そして——
この冷酷な皇太子の、底なしの愛情も。
こうして、氷と謳われたプリンセスは。
世界で最も危険でありながらも、その鋭さを矯めて一途に一人の女性に想う男に愛されながら、
誰よりも幸福な人生を歩むことになったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
帝国は、静かに繁栄していた。
かつて王国を崩壊へと追い込んだあの戦いから、半年。
今や私は——正式に、帝国の次期皇妃として認められている。
だが。
「エリシア、どこへ行く」
「……庭園へ散歩に」
「一人で?」
背後から、ぴたりと腕が絡め取られる。
——逃げ場はない。
「護衛はつけていますわ」
「足りないな」
即答だった。
私は小さくため息をつく。
「レオンハルト様。さすがに過保護では?」
「当然だ」
彼は一切迷いなく言い切った。
「お前は私のものだ。万が一にも危険に晒すわけにはいかない」
その声音は、静かで。
けれど底に沈む狂気は、以前よりも濃くなっている。
——完全に囲われている。
けれど、不思議と嫌ではない。
庭園に出ても、状況は変わらない。
数歩歩くだけで、背後に気配。
「……ついてきていますね」
「当然だろう」
いつの間にか隣にいる。
もはや気配を消すことすら隠さない。
「仕事はよろしいのですか?」
「終わらせた」
「先ほど山積みでしたよね?」
「全て片付けた」
さらりと言う。
——この人、本当に人間なのかしら。
そんなことを思っていると、不意に手を取られる。
「冷たいな」
「風が強いですから」
次の瞬間。
ふわり、と温もりに包まれた。
彼のマントだ。
「……レオンハルト様」
「風邪を引くな。お前が弱るのは許さない」
至近距離で囁かれる声。
鼓動が、嫌でも速くなる。
「大げさですわ」
「大げさで結構だ」
そして。
「お前に関しては、全てが最優先だ」
——重い。
けれど、その重さが心地よい。
その日の夜。
私は自室で書類を整理していた。
皇妃教育の一環として、政務にも関わるようになったのだ。
すると、扉も叩かずに入ってくる影。
「……またですか」
「問題ないだろう」
当然のように隣に座る。
「問題はあります」
「ない」
即否定。
そして、私の手元の書類を奪い取った。
「これは明日でいい」
「いけません。期限が」
「延ばした」
「……勝手に?」
「当然だ」
もう言葉が出ない。
彼はそのまま、私の肩を引き寄せた。
「少しは休め」
「十分休んでいます」
「足りない」
低く囁く声。
そのまま、額に軽く口づけられる。
「……っ」
「顔が赤い」
「……近いのです」
「もっと近くてもいいが?」
「それは……」
言葉に詰まると、彼は満足そうに笑った。
しばらくして。
「エリシア」
「はい」
「逃げるなよ」
不意の言葉。
私は目を瞬かせる。
「逃げる理由がありません」
「そうか」
彼は、ほんの一瞬だけ安堵したように目を細めた。
——この人は。
こんなにも強く、冷酷なのに。
時折、ひどく不安定になる。
「どこにも行きません」
私はそっと、その手に触れた。
「私は、ここにいます」
すると。
彼は強く、私を抱きしめた。
「……ああ。離さない」
まるで、奪われることを恐れるかのように。
翌日。
帝国中に、新たな噂が流れた。
——皇太子が、未来の皇妃を溺愛しすぎている、と。
実際、その通りだろう。
会議中でも視線は常にこちら。
他の男が話しかければ即座に割り込む。
距離が近ければ、不機嫌になる。
「レオンハルト様」
「なんだ」
「少しは控えてください」
「無理だ」
秒で否定された。
「お前がいる限り、無理だ」
そして当然のように手を絡めてくる。
——諦めるしかない。
夜。
再び、二人きりの時間。
「エリシア」
「はい」
「お前は、私のものだ」
「ええ」
もう否定する気はない。
それどころか。
「レオンハルト様も、私のものです」
そう言い返すと。
一瞬、彼は目を見開いた。
そして——
「……そうか」
低く笑う。
「いいだろう。互いに逃げ場はない」
その言葉と同時に、唇が重なる。
深く、逃がさないように。
「愛している」
「私も……愛しています」
もはや、この関係に終わりはない。
復讐の果てに始まった関係は、
今や、どこまでも歪で、どこまでも甘い。
そして——
誰にも壊せないほど、強く結びついている。
氷の令嬢は、もう孤独ではない。
冷酷な皇太子に捕らえられ、
逃げ場を失いながらも、幸福に満たされている。
それはきっと——
この世界で最も、危険で、甘い愛の形。




