馬か、三者面談か。
「壱、聞いて!坊ちゃんのあせも、ずいぶんマシになって――」
「良かったな」
「しかも、もう一人の坊ちゃんが夜泣きしなくなったって言っててね」
壱と薬草摘みに来て、今日の私もご機嫌だ。
しかも薬草湯が認められて、邸の人の肌と心が元気になった。
薬草、尊い……。
「材料集め手伝ってくれた子が、手荒れが良くなったって喜んでくれてね」
うめちゃんがこっそり高価な油を調達してくれてすっごく助かった。
お礼にローションをお裾分けしたのだ。
「そしたらほかの人たちも試してくれたんだよ」
結果的に、噂を聞いた坊ちゃんの乳母が声をかけてくれた。
ひょっとしたら志朗様のパッチテストはいらなかったかもしれないけど、それは言わないでおく。
(くすぐったいの我慢してがんばってくれたからね)
「壱のおかげだよ!」
「どうしてそうなる?」
「え……だって初めに薬草集め手伝ってくれたじゃん」
「ついてっただけだ」
ぶっきらぼうに言い、野草摘みを続ける。
あれ。恥ずかしがってるのかな?
『間違いないわね』
『かわいいね!』
ニヤニヤしてたら、気付いた壱が聞いてくる。
「”姫”か――?」
「え……うん」
姫のことを話してからは、彼女とお喋りしてるのがバレるようになってしまった。
「姫と喋ってるの、なんでわかったの?」
「顔に出てる」
「顔?!嘘!見えてないでしょ?」
「口が笑ってる」
「!」
思わず口を押さえたら、姫のいつものクスクス笑いが聞こえた。
「ズルくない!?私は鉢で壱の顔見えないのに」
「ははっ。お前は鉢がなくても見えねぇだろ、きっと」
『あら、鋭いわね』
『なに!どういうこと?!』
「はち――!」
「あ。志朗様」
「迎えに来た。壱、ありがとう」
「ん」
ありがたいけど、わざわざ志朗様に来てもらうの、申し訳ないんだよね。
それに使用人が若様に迎えに来てもらうなんて。邸のみんな、良く思わないんじゃないだろうか。
『まぁそうでしょうね』
『やっぱそうだよねぇ?どうしよ』
「クマザサはこれで足りるか?」
壱が籠を差し出しながら聞く。
「あ、うん!」
「じゃあな」
「壱、ありがとう」
受け取ろうとした籠を、横から志朗様がひょいと抱えた。
「あの。志朗様」
「うん、なに?」
「お迎え、大丈夫ですよ?お忙しいでしょう?」
「大丈夫だよ。はちの安全の方が大事だからね」
使用人想いだなぁ。
『ふっ……』
「それに俺が来たかったんだよ」
「あ、そうですよね!壱にも会えるしね!」
「……」
そかそか。二人は幼馴染だしね。
むしろ私をきっかけに友達に会えて嬉しいのかも。
『ふふふ』
『なに?姫。さっきから』
『志朗が気の毒で……』
『やっぱり?!使用人のお迎えとか荷物持ちとか、あり得ないよね?!』
『……ほんとに気の毒』
邸の人たちに誤解されてもいけないし、どうにかしないと。
志朗様は気にしない人だけど、ここはずいぶん昔の日本っぽい場所で、身分制度がある。
世界の秩序を乱しちゃダメだ。
(何か方法を考えなきゃ……)
邸に戻って、薬草湯の準備を始める。
お湯に入れる許可も出たのだ。
ちゃんと効能があるけど、においが強すぎないレシピにしないといけなくって――。
取ってきた野草の葉をむしりながら黙々と考えていると、そろそろとした足音が近付いてきて小さく呼ばれた。
「……はっちゃん!」
うめちゃんが、鉢の縁に顔を近づけひそひそ話す。
「さっき、志朗様と一緒に帰って来たでしょ?」
「え?うん……」
「あれ、志朗様の乳母が見ててね――」
ハイ来た……!
これ、校舎裏呼び出しじゃなくって三者面談案件では?
「気を付けた方がいいわよ」
「気を、付ける……?」
不穏な言葉にぶるぶるしながら聞くと、さらに声をひそめて言う。
「前に志朗様に色目使って、大変な目にあった子がいるの」
「たいへんな目……?」
「厩の掃除係」
「馬……」
いななきが聞こえた気がして、思わずゴクリと生唾を飲む――。
「めっちゃ人懐こい馬でね。邪魔してくるんだって」
(人懐こい、って何?)
どうしよう……!
あのおっきな顔で、ぶしゅーって鼻息かけられたら……。
――手が冷たくなって冷や汗が出てきた。
頭の中でパトランプが回り出し、サイレンが鳴っている。
(断固回避……!)
何か……何か考えないと!
疑われない方法。えーと……
・変身する。鉢があってむり
・ステルス化する。突然忍法マスターできない
・邸の出入り口にスモークをたく。火事の恐れ
・野草摘みパートナーを見つける。該当者なし
・志朗様が動けないよう忙しくする。そんな権力ない
ぜんぶ無理じゃん~っ!
薬草レシピのメモを握って悶えていると――。
「はち」
「はいっ!!」
びっくりしてふり返ると、志朗様の袴が見える。
今日もピシッと着物を着こなし爽やかなのが、なんだか腹立たしい。
「それ……、何してるの?」
志朗様が不思議そうに聞く。
「あ、これ。野草の配合を記してて……」
「――見せて?」
「え?はい」
言われるままに手渡して見せる。
板の切れ端に小枝と煤で書き込んでるんだけど。原始的過ぎて書きづらいし読みづらい。
「紙と筆、用意しようか」
「いえ!そんな貴重なものは……」
やめてやめて、これ以上目立つことは!
「でもこれじゃあ書きにくいし読みにくいでしょう?」
「いや、でも……」
「それに、これははちの大事な仕事だ」
「それは、あの……」
馬の夢にうなされて目を覚ました翌朝――。
たくさんの紙と筆記用具一式が届けられた。
姫が感心したように言う。
『仕事が早いわね』
あんなの断れるわけなくない――?!
呆然としてると、うめちゃんがこそっと声をかけてくれる。
「大丈夫――?」
ヤバい。馬が……。
「はち、奥様がお呼びよ」
(え、”奥様”って――)
三者面談――?!




