くすぐったいんじゃありません
「はち――!」
「志朗様」
「見当たらないから探してた」
「すみません」
(うわー。やっちゃったかな)
こんな心配かけちゃうなんて。
「悪い。壱」
「いや――」
「壱ほんとにありがとう!助かった!」
やっぱ鉢でよく見えないし、一人じゃ無理だったかも。
壱が志朗に向かって低く言った。
「……こいつに危ないことさせるな」
「……うん」
「いや!私が勝手に一人で出かけようとしたんだよ!」
「志朗、お前がぬるいからだ」
えーーー!
『ふふ。そうよね』
『そそそ、そんな!』
「こいつはここらのことがわかってねぇ。ちゃんと言い聞かせとけ」
「ああ」
「ううん!私が考えなしだった!ごめんなさい!」
2人がどんな顔してるのか見えないけど、なんか険悪な雰囲気じゃない?
『どうしよう?姫!』
『いいのよ』
『良くないよ!』
壱を見送り、慌てて志朗に向き直る。
「志朗様、ごめんなさい。気をつけます」
「ううん、俺が迂闊だった」
いや、どう考えても私が迂闊だ。
二人に申し訳なさすぎる。
「ちょっとだけ野草を取りに行こうと思っただけなんだけど……」
「野草?」
「坊ちゃんのあせもがひどいって聞いたから、薬草湯をどうかなって」
「へえ、薬草湯?お湯に入れるの?」
「はい。ヒリヒリがマシになるはずで……」
そうなんだけど。
邸までの道を一緒に歩きながら、気になってたことを相談する。
「でも突然やると皆さんびっくりしますよね?においが結構するし」
「うん。そういうの聞いたことないしね」
ちょっとずつ試してもらうのがいいのかな。
「えーと。ためしに薬草水を作って湿布するとか――?」
「うん。それなら怖くないんじゃないかな」
とにかく安全ですよってことを見せないとだよね?
「――まずは大人で試した方が安心でしょうか」
「そうかもしれないね。俺が試す?」
「……いいですか?」
ちょっと話が大ごとっぽくなってきちゃったけど仕方ない。
『そうね。子どもの母親は不安がるものだから……』
『そうだよね』
姫の口ぶりがなんだか深刻でちょっと気になった。
さっそく薬草水の準備をする。
なるべく優しいにおいになるように、レシピを工夫する。
うめちゃんに相談して、こっそり材料を分けてもらって保湿剤も作った。
まずは自分の肌で試してみる。
刺激もないしにおいも爽やかだと思う、けど、どうだろう……?
『ずいぶん慎重ね』
『そりゃぁね……』
『さっさと志朗にためしたら?』
「はち!」
「志朗様!」
志朗様をどうやって呼ぼうか迷ってたら、向こうから来てくれた。
ありがたい。
「できた?」
「はい」
「ここだとなんだし、俺の部屋に行こう」
「ハイ!」
『……』
「二の腕の内側でお願いできますか?皮膚の薄い場所がよくって」
「うん」
志朗様が袖をまくる。
引き締まった腕が現れた。
盥に入れた薬草水に浸した手ぬぐいを絞る。
「じゃあ失礼しますね?」
「うん……」
鉢が邪魔で作業がしづらい。
できるだけ近づいて、真っ白な腕に手ぬぐいをあてる。
(色白だと反応がわかりやすくっていいな)
「……」
「ムズムズしたりピリピリしたりしませんか?」
「……」
返事がない。
「志朗様……?」
鉢の下から覗き込むけど、顔までは見えない。
でも彼の首筋が赤くなってる。
「え!痛い!?我慢してる?!」
慌てて手ぬぐいを外し、腕を掴んで自分の顔に近づけ確かめる。
(もうっ、鉢が邪魔!)
「いや、ぜんぜん大丈夫。問題ない」
「ほんとに!?」
確かに腕は赤くなってないみたい。
ほっ――。
『ふふふ……』
姫がクスクス笑ってる。
『なになに姫!何が起こってるの?教えてよ!』
『ニブいわねぇ……』
「ほんとに大丈夫だから」
志朗様が、私が掴んだままの腕をそっと引いた。
「あ、ごめんなさい。強く掴んじゃって」
「いや――」
「えーと。大丈夫なら……保湿剤も試してみていいですか?」
「え……」
うわ。嫌そう。
「いいですごめんなさい!」
「いや!いいんだ。ぜひ試して!」
「でも……」
「反対側にする?はい」
そう言って今度は右の袖をたくしあげる。
――いいのかな?
「じゃぁ……」
もらった油と薬草水を混ぜて作ったローションを右手に取る。
左手で彼の手首を掴んで腕を固定し、そのままつけようとしたら――
「えっ」
「え?!」
彼が突然大きな声を出すからびっくりして顔を上げたら、鉢が彼にぶつかった。
『あはははは!』
姫が爆笑してる。
(え!なになに?何があったの?!)
『はち、暴れるから志朗にぶつかった~!いたい~~!』
『えーーー!うそ!?ごめん!!!!』
「志朗様ごめんなさい!どこ?!痛い?!」
「いや、大丈夫……」
顎を押さえながら言う。
「顎?大丈夫?見せて!」
ずいっと近付いて、顎の具合を確かめようとしたら、押し戻された。
「いや、ほんとに大丈夫。かんべんして」
かんべん?
鉢アタックを?
「――ごめんなさい」
ローションも着物にかかっちゃったし。
何でかはわからないけど上手くいかなくって、しゅんとした声が出る。
「違うんだ。手で直接つけるのにびっくりして」
「――手で?あ!すみません。嫌でした?」
そうか。そういうのあるかもね。
くすぐったい場所だし。
あ、さっきもそれで笑うの我慢してて赤くなってたのか?!なるほど!
「手ぬぐいでつけますね!」
「いや、手で付けて」
「でもくすぐったいですよ?」
「大丈夫。そっちの方がいいんでしょ?」
「それはそうなんですけど……」
あんなにくすぐったいのに良くないよね。
『ぜんぜんいいわよ』
ずーーーっと笑ってた姫が突然言う。
『くすぐったいんじゃないんだから』
『え?なに?どういうこと?!』
わからん!
その後、なんかぷるぷるしてる気がする志朗の腕に、無事ローションをつけた。
変化なし。大丈夫。
気のせいかぐったりしてるように見える彼にお礼を言って部屋を後にした。
――なんだったんだ?




