変わらない人
「はっちゃん!」
湯殿をピカピカに磨き上げ薪の準備をしていると、弾んだ声が私を呼んだ。
ふり返ると、仲良くなった使用人、うめちゃんが駆け寄ってくる。
なんと”はっちゃん”なんて呼ばれちゃってるんだよね。
うふふ。
これ、”脱・妖怪”したんじゃない?
「こないだの料理、おいしかったって!」
湯殿の仕事にすっかり慣れて、最近は炊事場も手伝うようになった。
野草を使ったメニューを提案したんだけど、好評だったっぽい。
「今日もいないの?」
「うん」
彼女がキョロキョロ見回しながら聞く。
湯殿の毛むくじゃらおじさんはたまにしか姿を見せない。
「あいつ!はっちゃんにばっかり働かせて」
『ほんとよ!』
鉢の外側と内側、両方ともがぷりぷりしてる。
「いいんだよ」
「良くないよ!」
『良くないわよ』
「だってこうやってお喋りできるしね」
ただ――。
「はち!」
おじさんが来ないのはこの人のせいなんじゃないかと最近思う。
うめちゃんと入れ替わりに志朗様がやってきた。
「どう?」
「楽しくやってます。ありがとうございます」
「他人行儀だなぁ」
当たり前だ。他人なんだから。
主家の若様に慣れ慣れしく話すなんて、絶対NGなはず。
こうやって毎日のように現れるのも正直ひやひやする。
(でも人がいない時にしか来ないんだよね)
どういう技を使ってるんだろ?
よくわからない人だよね。
「暑くなってきたから坊ちゃんが不機嫌らしくてさぁ――」
うめちゃんが何かのついでにぼやいてた。
この邸には志朗様の兄が3人いて、それぞれ結婚してて子どももいる。
どうやら、そのうち一人があせものせいでグズるらしい。
『ねぇねぇ姫!あせもの手当てに薬草どうかなあ?』
『あせもに薬草?』
姫が不思議そうに聞き返した。
『ヨモギとかドクダミをお湯に入れたらどうかなって思ってて』
『湯殿にヨモギ?』
『うん。葉っぱが肌にいいんだよね』
『わかんないけどやってみたら?』
おじさんにも聞いてみたけど、よくわからない返事だった。
(とはいえ、湯殿に草のにおいが充満してるとびっくりしちゃうよね?)
誰かに説明してもらうようにしなきゃ……。
そんなことを考えながら、薬草摘みに出かけようとしたら――。
『はち、どこ行くの?』
『え?だから薬草集めに』
『一人で?ダメよ』
『大丈夫!すぐそこだし。ここに来るときに見つけて』
「はち――」
久しぶりの声に呼ばれてびっくりした。
魚を提げた壱が立ってる。
「壱!」
嬉しくなって思わず駆け寄る。
魚とお日様のにおいがする。
なんだかちょっと懐かしい。
「どこ行くんだ?」
「薬草をね。取りに行こうと思って」
「薬草?」
「お風呂に入れようかなって。子どものあせもにいいから」
「――ついてく。待ってて」
そう言うと邸に入って行く。
魚を置いてきたらしく、すぐに戻ってきた。
「あいつには言ってあるのか?」
「志朗様?まさか」
お邸の若様にいちいち報告するわけない。
「一人で出かけんな」
「でも――」
「ろくに見えねぇだろ」
「……はい」
(また頼っちゃってる……)
壱に迷惑をかけるからここに来たはずなのに。
とはいえ、久しぶりに壱に会えたのが嬉しくって私は浮かれていた。
「でね!姫がさぁ……」
「姫?」
やば……。
『ばかねぇ……』
姫の呆れた声がする。
壱には姫のこと言ってなかったんだった。
(……でもいっか?)
『壱になら言っても良くない?』
壱に向き直ると、くたびれた着物と日焼けした肌が目に入った。
私の視線に気づいたのか、壱が野草を摘む手を止める。
でも何から言ったらいいんだろ。こんなあり得ない話……。
「えっとね。何言ってんだって思うかもなんだけど……」
「うん?」
言いあぐねて視線を落とすと、私の……”姫の”白く柔らかな手がそこにある。
仕事で酷使してるけど、なよやかな輪郭は初めて見た時から変わらない。
「――鉢の中から声が聞こえるの」
「鉢の中?」
「私、川に落ちた時にこの体に入ったの。前は違う体で違う世界にいて」
壱は黙って聞いている。
「私がこの体に入っちゃったから、前の体の持ち主がいられなくなったみたいで」
「……」
「で、前の持ち主は鉢に入っちゃっててね」
我ながら意味不明すぎる――。
「それが姫なの」
鉢かぶってるうえにこんなこと言い出して。
壱はどう思うだろう。
「……”姫”ってのが鉢の中にいるのか?」
「そう。声が聞こえるの」
「鉢の中から?」
「うん……」
「今はなんて?」
『……』
「何も。さっきは”ばかねぇ”って。私がはしゃいで口すべらせたから」
「ははっ。ちげぇねぇ」
「私の話、信じるの?」
「お前がそう言うならそうなんだろ?」
(壱――)
一世一代の打ち明け話のつもりだったけど、壱は何にも変わらない。
「嘘かもしれないよ?」
「嘘なのか?」
「ううん」
「何だソレ」
壱は笑った。
鉢かぶってて良かった。
こっそり涙を拭うと、姫の声が聞こえた。
『ばかね。鉢かぶってなきゃこんな話しないわよ』
『あはは!ほんとにね』
「――で?ヨモギ以外はどうすんだ?ドクダミと、ツユクサ?」
「あ、うん!とりあえず全部!」
壱に送ってもらって邸まで戻ってくると、慌てた様子の志朗の声が聞こえた。
「はち――!」
草を踏み分け、駆けてくる足音がする。




