わたしを守る鉢
「え……豪邸」
志朗様の”邸”は、とんでもなく大きかった。
『まぁ、こんなもんでしょ』
『そうなの?!』
「志朗様めっちゃお坊ちゃんなんじゃん!」
やば。こんな喋り方、即クビになる世界じゃん?
「じゃなかった。あらせられ……られマシタたのね?」
「あはは。今まで通りでいいよ」
「いやいやいや!」
絶対ダメだと思う!
『そうね』
『でしょー!』
志朗様と壱の身分差には気付いてたけど、まさかここまでとは。
二人は幼馴染だから親しいらしいけど、すっごく特別なことなんじゃないの?
まって。
(邸勤めって公園とテーマパークくらい違うんじゃ……)
天然インカムかぶってるけど、物理的ヘルプはもちろん不可能だ。
「湯殿で人手が欲しいって言うから、手伝ってくれる?」
「あ、ハイ!かしこまりました!」
鉢に手を当て敬礼すると、志朗様が笑いながら湯殿へ案内してくれた。
「……あの」
「……」
コワモテのおじさん(想像)が現れた。足が毛むくじゃらだからたぶんそう。
ラスボス感がすごいけど、なんだか驚いている気配がする。
『うん、まぁ間違ってはないわ』
『あ、やっぱり?』
ちなみに私には見えないのに姫には鉢の外がしっかり見えてる。
困ったときは教えてくれるから便利なんだけど――なんかズルくない?
「はじめまして!こんなのかぶったままですみません。脱げなくって」
「お、おう……」
元気良く挨拶したら、驚いたような返事がある。
「”はち”って呼んでください!」
志朗様がおじさんに何か耳打ちした。
「頼んだよ――」
おじさんが小さな声で返事する。
「……へぃ」
「じゃ、はち。困ったことがあったら何でも言って」
「……明日から来い」
ボソッとそれだけ言うと、おじさんはくるりと背を向けて行ってしまった。
他の使用人にも挨拶する。
でも私と挨拶じゃなくって鉢が挨拶してる風になってしまう。
「ねぇねぇその鉢って何なの?」
「脱いで顔見せろよ」
「何で脱げないの?」
「……」
(これは……)
めんどくさ。
気味悪がってるのか、返事してくれない人もいた。
いやまあ当然そうなるよね。気になるもん。
姫っていつから鉢かぶってるんだろ。
ずっとこうだったんだよね――。
疲れたな。
夕食のあと、使用人部屋でゴロリと横になる。
『見て見て姫!筵が分厚くない?さすが豪邸――』
『はち』
姫が静かな声で呼んだ。
『――13の時からよ』
『え、何が?』
『鉢。母様がかぶせたの』
この鉢は何なのか、いつからなのか、なんとなく怖くて聞けなかった。
姫も一度も説明しようとしなかったし。
『亡くなる間際にね』
彼女の口から家族の話を聞くのも初めてだ。
『枕元に呼ばれたのよ。この鉢が私を守ってくれるからって』
『守ってくれる……?』
『ええ、そう言ってたわ』
守るって何から?どうやって?
鉢のせいで見えなかったり困ったりすることがいっぱいあるのに。
妖怪だって言われたし、今日一日でもこんなに疲れた。
『……いつ取れるの?』
『わからない』
(そんな――)
『明日取れるかもしれないし、死ぬまで取れないかもしれない』
突然鉢をかぶせられて自分からも人からも見えなくなって、母親まで亡くして……。
『新しい母上がいらしたけど、こんな娘、気味が悪いでしょう?』
新しい母?
ひょっとして――。
『私に優しくできなくても仕方ないわ』
『……』
『あの日、家族でお参りに行こうって』
すごくいやな予感がする。
『牛車に乗ったの』
姫は淡々と話し続ける。
『私は家族と別の車でね』
『それって……』
『そしたら途中で賊が……』
不思議に思ってた。
家族は探してないのかなって。
”姫”なのに。わかりやすい”鉢”の目印があるのに。
なのに姫を探している家の話を聞いたことがない。
それってつまり――。
『乳母が逃がしてくれたの。あの後彼女は…』
姫の絶望的な気持ちを思うと胸が苦しくなる。
抱きしめてあげたいのにできないのが歯がゆい。
代わりにそっと鉢に触れてみた。
『気付いたら川原だったわ』
私が”姫の体”に入ったあの時だ。
『……疲れちゃって。もういいかなって思ってね』
だから川に……?
『そしたら、はちが飛び込んできたの』
『私?』
『ふふ。はちったら、すっごく騒がしいでしょ?』
だって。
気付いたら川で、何が何だかわからなかった。
知らない場所で、自分が誰かもわからないし。
『見てたら楽しくなってきて』
『……楽しく?』
『この子と一緒なら面白そうだなって』
『姫……』
ずっと、ずっと後ろめたくて怖くて聞けなかった。
姫の体を奪っちゃったこと。姫はどう思ってるんだろうって。
(私は”ここ”にいてもいい……?)
姫の笑った顔が見えた気がした。
『……おしまい!』
姫はもういつもの明るい声で、この邸の印象なんかを話し出した。
でもぜんぜん話が入ってこない。
姫の話が頭の中をぐるぐる渦巻いて――。
姫はそれに気付いてるからたぶん喋り続けてるんだ。
目の奥が熱い。
言葉が出ない。
(姫。ありがとう)
その後は姫の話に笑いながら、明日から働くお風呂のことを一生懸命考えた。
もし鉢が外れたら――。
その時、私と姫はどうなっちゃうんだろう。
ふとよぎった疑問には気付かないふりをした。




