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転生したら鉢をかぶってました。中の姫と湯殿で働きます  作者: 藤江りこ


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2/11

転生したら鉢かぶってました

頭を上げると目の前にザーッと水が流れ落ちた。


「ゲホッゲホッ!」


咳き込みながら川原の石を掴み、どうにか水の中から這い上がる。


「た、助かった……」


全身ずぶ濡れでからみついた水草が気持ち悪い。

頭にかぶった“何か”から水が滴る。


(死ぬかと思った――!)


ゼーゼー肩で息をしながら見回すと――。


「ひっ……!」

「え?」


昔話の漁師みたいなおじさんが、尻もちをついて私を見上げてる。


(浦島太郎コス……?)


なわけないよね?

ていうか、おじさん、めっちゃ怯えてない?


「あの……私オバケじゃないですよ?」

「――」


返事がないけど、聞こえてるよね?

何かかぶってるせいで、見えづらい。


「私これ、頭に何かぶってます?」

「……」

「取れなくって――」


言いながら頭に乗っかった硬い帽子の縁を持ち上げようと――。


『取れないわよ』

「っっっは!?」


いま声聞こえた?!

キョロキョロしてると誰かの声が呼んでる。


「おい――!」


遠くの方から足音が近づいてきて着物姿の男の人がそばまで来た。

浦島おじさんと違ってきれいな袴を穿いてる。どっかの若様って感じ。


「女の子が川に落ちたの見たんだけど……」


私に向かって言った。


「それって私ですかね?」

「……自分で上がってきちゃったの?」

「ダメなの?!」


三途の川から生還したのに?!

若様が笑いながら言う。


「ダメじゃないよ」


なんだこの人。

人が死にかけたのになんで笑ってんの?


「とりあえず着替えよっか――」


ずぶ濡れの私を、小さな漁師小屋に連れて行ってくれた。





(また浦島太郎……いや、川だから川島太郎か?)


さっきのおじさんより若々しい雰囲気だ。

川島はちょっと黙ってこっちを見てボソッと言った。


「志朗――。そいつ何?」


いや、ほんとにね?

私も教えてほしいんだけど。


『さっきからほんっと失礼ねぇ』

「わぁ?!」


また聞こえた。

頭の中で、はっきりと。


「どうかした?!」


二人には聞こえて――


『ないわよ』


ちょちょちょ、情報量多すぎ。

浦島太郎のいる世界で、私にしか聞こえない妖精の声が――。


『ちょっと落ち着きなさいよ』


うん、そうだね。そうすべきだ。

私が黙ると、志朗と呼ばれたさっきの若様が覗き込んでくる。


「大丈夫?」

「はい、すみません。空耳が聞こえまして」

「ははっそっか」


この男、軽いな……。

明るい調子で川島に言う。


「川に落ちたから、着替えさせようと思って。着られそうなのある?」

「――ちょっと待ってろ」


ぶっきらぼうに返事して、奥から着物を持ってきてくれた。


「ありがとうございます」

「ん――」


愛想はないけど親切な人っぽい。

それにしても……。


(私の知ってる世界と違いすぎない?)


でも「私の知ってる世界」って?

着替えて、言われるままに囲炉裏で温まりながら考えてると川島が聞いた。


「その鉢はなんだ?」

「鉢?ひょっとしてこの頭のやつですか?内側から見えなくて」


両手で鉢をくるりと撫でてみた。

ツルっとしてる。


「自分でかぶってるのにわかんないの?」

「気づいたらかぶってて」

「え、そんなことある?」


この志朗という男、どこまでも軽い。


「ねー?あるんですよ」

「あはは。脱げないの?川の中でもかぶってたよね?」

「あはは。脱げないんです」


めんどくさくなってきて、適当に答える。


「そんなことある?!」

「だからあるんですよ!なんですかコレ!」


もうやけくそで半泣きだ。

だって謎の世界で謎の鉢かぶってて。誰か理由を教えてくれ!


「……なんで川に――?」


横で聞いてた川島がまたボソッと言う。

けど、その問いは志朗が遮った。


「ま、それはいいよ。ね?」


この人、いま無理やり話を終わらせようとした?気のせいかな。


『死のうとしたのよ』

「……っ」


ししし、死ーーー!?

縁起でもない!


(なんなんだこの声は!)


声が出そうになるのを我慢してたら、志朗が明るい声で話を変えた。


「家は?」

「えっ家?」

「帰らないとね?」

「……わからなくって」

「わからない?あ、送ってくよ?」


お言葉に甘えたいのはやまやまなんだけど。


「何も覚えてないんです」

「え――?」

「家も、自分の名前も――」


気付けば川で、その前のことは何も思い出せないんだよね。


どうしよ。


「志朗さんと川島さんは……」

「カワシマ?」

「あれ?太郎さん?名前……」

「壱だ」

「……すみません」


川島太郎じゃなかった。


「そういうわけで帰れないんで、どこか泊めてもらえるところ、ご存知ですか?」





川島改め"壱"がくれた軽い夕食を食べて、暗くなったから寝ることになった。

思った通り電気はつかないしガスも水道もない。


(やばい。これ”転生”ってやつ?)


着物もたぶん、江戸時代レベルじゃない前の時代のやつだよね?

ひょっとしてかなり昔の日本……?何時代なんだろ。


怯えながらも横になると、すぐにでも眠れそうだった。

眠気にがっしり捕まえられ、目が閉じそうになった瞬間、あの声がした。


『寝ちゃうの?』


(来た……!)


『”来た”って、オバケじゃないのよ』

「ほんと……?」

『しっ。声出さないで喋って』


(て、テレパシーてやつ!?むりむり!)


『ふふ。てれぱしーって何?ちゃんと聞えてるわよ』

『……聞こえてる?』

『ええ!』


オバケにしてはやけに嬉しそうだから、やっぱりオバケじゃないっぽい?

でもこの声、どこから聞こえてんだ?


『鉢の中よ』

『”鉢の中”!?』

『そう。頭にくっついてるでしょ?』


(確かにくっついてるけど……)


声は直接頭に流れ込んでくるみたいに聞こえる。


『ついでに言うけど。その体、私のなの』

『その体……?』

『あなたの体よ』


なんだ?意味がわからん。


『私の体にあなたが入ってきたのよ』


はあ?!


――あ。わかった、私夢見てる。

現実逃避してるんだ。


うんうん。疲れたもんね。

今日はよく頑張ったから。


おやすみ~。


『おやすみ』


って寝られるかい!


『ふふふ』


しかもなんで笑ってるの?!

おかしくない?


これは夢これは夢これは夢――


『夢じゃないわよ』


うっせー!夢じゃなけりゃなんなのさ!

毒づいてからハタと気づく。


『まって。じゃあ今、私って”私”じゃないってこと――?』


思わず自分の手をじっと見てみた。

けど真っ暗で見えない。

でも”私”ってどんなのかわかんないんだけど。

手に触れるとやけに柔らかい気がする。


(そういや、川でもなんかなよなよしてたな?)


思ったように力が入らないと思ったら……。


『”姫”なんだから普通でしょ』

『姫?』


姫ってお姫様のこと?姫って非力?

てかこの身体、大丈夫なのか?


『大丈夫よ。鉢以外は完璧なんだから!』

『鉢以外は完璧……』


なんとなく顔や体をあちこち触ってみた。

朝になったらよく見てみよう。


『見なくていいから!』

『あはは!』


余裕ぽかったのに、突然”姫”が慌てたのがおかしくって思わず笑ってしまう。


『とにかく大事にして!私の体』

『ハイ』

『よく寝るのよ』


最後の言葉がなんとなくしんみりして聞こえた。

でも気のせいかもしれない。

あんまり眠くって、もう起きてられなくて――。





突然この世界に投げ込まれた日。

私は知らされないままだった。



この日の彼らの目に、何が映っていたのかを――。







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