触れられない距離
放課後の教室は、まだ昼の名残の光が差し込み、机や椅子の影が長く伸びている。
窓際の席に座る私は、ノートの端に文字を走らせながらも、視線は自然にSの方へ向いてしまう。
Sは友人たちと楽しそうに話し、時折笑い声を上げる。
ーその笑顔を見て、胸の奥が熱くなる。
けれど、同時に、距離が遠すぎることを痛感する。
Sと私の間には、目には見えないけれど、確かに厚い壁がある。
私はその壁を押し破ろうとすればするほど、余計に心が緊張して、足元も手先も硬直する。触れたい。声をかけたい。
だけど、それをしてしまえば、Sとの関係が壊れてしまうのではないかという恐怖が先に立つ。
「A、今日は手伝ってくれないの?」
教室の片隅でMの声が響く。
「え、あ……うん」
ぎこちなく返事をする。
ノートを閉じ、重い足取りで黒板の方へ向かう。
心の中でSの存在が大きく膨らむ一方で、現実に戻される感覚。
Sは遠く、手の届かない場所にいるのだと、改めて思い知らされる。
廊下に出ると、Sが友人と並んで歩いていた。
偶然、目が合った気がする。
Sは一瞬私を見たような気がしたが、すぐにまた友人の方を向き、楽しそうに話し続ける。
私の胸がぎゅっと締めつけられる。
触れたい。
話したい。
だけど、
私の声はそこに届かない。
まるで、風に吹かれる落ち葉のように、距離感だけが強調される。
私は歩きながら、自分の胸の奥で小さな呟きを繰り返す。
「誰でもいい訳じゃない……Sだから、私はここにいる」
言葉に出せない想いは、胸の中でだけ生きている。
Sの存在があまりに大きく、触れられないことで痛みもまた増していく。
それでも、
ただそばにいられるだけで、少し救われる気もする。誰も知らない、
二人だけの関係——触れられないけれど、存在を確かめ合う静かな時間。
教室に戻ると、Sはまだ友人たちと笑っている。
私の目には、
Sの笑顔が眩しくて、
刺さる。
誰でもいいわけじゃない、誰にも替えがきかない。
それなのに、
Sは他の誰かと笑っている。
私の心が少しずつ削られていくのを感じる。
それでも、私は自分に言い聞かせる。
「この距離だからこそ、私はSを見守れるんだ」
触れられない距離を前に、胸の奥がじりじりと痛む。
だけど、Sの隣に立ち続けることが、
今の私の精一杯の選択だった。
誰にも知られない、この心の痛みを抱えながら、私は今日もSの笑顔を遠くから見つめる
——そんな午後だった。




