第三話 女神の聖域
今更だけど陰脱とは"陰キャ脱出ゲーム"の略であり、陰キャ達に強制的にダウンロードされたアプリだ。
陽キャにはダウンロードされていないと言う話もある。
だが、周りの陽キャは誰も反応していない所を見ると、多分陰キャ限定にダウンロードされたんだろう。
アプリには日本全国の中学生から大学生までの陰キャの数が記されており、今現在陰キャ総数180万人にも及ぶ。
僕は高校生活半年でアプリがダウンロードされた。
でも、皆んなが気になる事は誰が何故、何の為にこのアプリをダウンロードさせ、どうやって入れたのかだ。
そしてどうゆう基準で入れられたのか。
どの基準で陰キャと決められるのか誰も分からない。
それに何と言っても消せない。
だが、皆んなランク100を目指して日々頑張っている。
それが陰に生きる者"陰キャ"なのだ。
※
いつも通り、蛇行運転しているヤンキーに腹を立てながら学校へと向かう。
道中スマホが鳴り、確認すると陰脱からだ。
他にも周りには陰キャがいる中、僕一人だけしか反応していない。
何か贈り物か?と見てみると、陰バの対戦のお誘いが来ていた。
誰からだ? と覗くとそこには同じクラスの川浪君からの対戦申し込みであった。
何でまた? 彼とはそこまで接点ないのに。
てか、僕が川浪君にシャー芯一本あげたくらいしか接点ないぞ?
申し込み受付は放課後5時までにしなくてはならない。
とりあえず承諾はせずに一旦学校へと向かおう。
学校──
教室に入ると、知らないクラスの知らない可愛い女子が僕の席に座っていた。
「でさでさ!」
「でねでね!!」
どうやら前の席にいる友達と話しているようだ。
もちろん、退け!なんて言えないし、どいてくださいとも言えない。
こうなったら、僕の居場所は朝のホームルームまでない。
トイレは……惨めだ。
なら、窓際で外を見て黄昏れるか──
「あぁ……」
他の陰キャ達も席を奪われて、イケメン主人公になりきって外を見て黄昏れる。
側から見るとここまで悲惨な光景なのか。
僕の居場所はここにもないか。
こうなったら、廊下に張り出されている学校新聞や予定表を見て時間を稼ぐか。
「おはよう林君」
ボソッと低い声が聞こえた。
振り返った僕の目の前に、僕に対戦を申し込んで来た陰キャ"川浪竜司"君が陰となって立っていた。
「うおっ」
彼は小柄でたらこ唇のメガネが特徴で、クラスでは数学の点数3位の実力。
でも、ランクはたったの2。
思わず声を上げてしまったが、同じクラスメイトなんだから怖がる必要はない。
何なら僕の身体でぶっ飛ばせる。って、そんな事考えている時じゃない。
もう陰バは始まっているんだ。ビビっている場合じゃないぞ。
「お、おはよう」
平静を装って僕は挨拶をした。
ここで少しでも弱く見えたら陰キャの名が泣いてしまう。
「対戦」
「ぼ、僕が勝ったら、君の席と僕の席を入れ替えて欲しい!」
「せ、席を?」
僕の席は一番後ろの列の真ん中。
この席はクラス全体を見渡せ、情報収集にもってこいだ。
それに僕のような太った生徒には後ろからの視線も気にしなくていいから、意外と居心地が良い。
でも川浪君の席も後ろだったはず。
ふと川浪君の席を見た
窓際の一番後ろと言う、僕が羨む場所だ。
いや違う。
川浪君の右、斜め右、前。全員が野球部だ。
これは最悪な並びだ。
いくら窓際とは言え、あのうるさい野球部に囲まれているなんて……可哀想に。
「野球部がいるせいで授業中うるさくて集中出来ないし、バッグ通路に置くせいで通れない。それに背型が高いせいで前が中々見えないし」
それは特別野球部が悪いわけじゃないような気もするが。
でも確かに、あそこには行きたくない。
今の場所が一番落ち着ける。
それに僕の前に座る清水さんは、綺麗で可愛い。
シャンプーの香りがとても心地よい。
なにより笑顔で振り返ってプリントを渡してくれる。
そんな聖域を取られてたまるか。
「分かった。陰バを受けて立つよ」
「ふひひ、放課後楽しみにしてるよ」
そう言って川浪君は自分の席に戻る。
だが、野球部の誰かが座っていた為、教室の壁に張り出されている予定表を間始めた。
何としても勝たなければならぬ。
聖域を守る為に。
「林君ごめんねぇ、席座ってて」
「あ、うん」
僕の席に座ってた清水さんの友人が軽く会釈して帰って行った。
ピロリロリン
女性経験値 +100
ランクアップ5→6
「あっ」
ランクアップした。
ホームルームが終わり、休み時間──
川浪君にバレないように、教室から離れてスマホでアプリを開いてデッキ構築を始めた。
と言っても、前回のようにあらかじめアビリティを知っていれば、構築も楽なのだが──
「彼の能力を知ってから、デッキを改造したいところだが……」
川浪君の陰バ歴を調べるも、何回かは行った経歴はあるが全然記憶にない。
どんな能力でどんなカードの戦術を使うか。
予測ができない。
スタンダードなデッキで行くしかない。
それから時間が経ち、午後になった。
川浪君の様子は変わらず、野球部に苦しめられて目が充血し、一部白髪が生えているのが見える。
やはりあそこに行くとストレスで頭がハゲ散らかしてしまう。
やはり、この女神の聖域を死守する!
放課後、帰りのホームルームが終わると、川浪君はいち早く教室から出ていった。
スマホを確認すると、今日の陰バはT組の教室。
陰バのルールの一つとして、毎日ステージが変わるシステムがある。
ステージによって戦略が変わる為、ステージは直前に発表されるのだ。
理科室は動かせない大きな机がある。
だが、教室には動かせる机と椅子がある。
T組は確か、理科室よりかは広い。
だが、机と椅子がびっしりと詰め込まれている。
僕のアビリティ的には有利とも不利とも言えない。
だが、川浪君はどうだろうか。
考えても分からん。とにかく行くしかない。
何度も言うが、聖域を守る為に。
僕はT組へと向かった。
僕のコンプレックス・アビリティ"脂肪工作"。
勝つよ。




