(14)アイビー視点
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「……なんだかんだ、上手くやってるんだな」
――寒の砦の物見台のひとつ。冬の領域と接するこの砦は、春の国でもっとも低い外気温を記録する。
アイビーは、寒さで鼻をかすかに赤くして、白い息を吐きつつ、同じ花の騎士である男の言葉に答える。
「そうだね。ノノカはとっても可愛いから」
「答えになってねえ……」
「結局ノロケかよ……」
「心配して損した……」
ぶちぶちと同僚騎士たちから言われ、じっとりとした平たくした目を向けられるが、アイビーにはなんのその。
愛おしいものを見るように目を細めれば、同僚騎士たちはことさら嫌そうな顔をした。
「噂ってアテにならないもんだな」
「それはそうでしょ。ノノカは控えめで、慎ましやかな子だよ。まあそれは長所であり、短所でもあるんだけれど――」
「いい! ノロケはもういいって!」
アイビーが笑って、白い息が冬の森を背景に溶ける。
その溶けた息の向こう側で――うごめくものに最初に目視で気づいたのは、他でもないアイビーだった。
「――急いで鐘を鳴らせ!」
「どうした?!」
「氷皇帝が来た」
――寒の砦の、物見台に設置された鐘がやかましく鳴らされる。
響き渡る鐘の音を聞き、砦に駐留していた騎士たちが臨戦態勢をとる。
日ごろ非常事態の訓練を欠かさない集団において、「氷皇帝が来た」と知らされてもパニックに陥る者は見られなかったが、一部の者に浮き足立つ空気はあった。
氷皇帝は、神代の誓約によって春の国に入ることはできず、冬の領域に閉じ込められている。
しかし現代に至ってもその力は絶大で、寒の砦へ近づくだけで春の国全体を凍えさせ、最前線に立つ騎士を生きたまま凍らせる。
ゆえに、春の国はたびたび「魔女」の力を借り、氷皇帝を退けてきた。
一度退けさせることができれば、幅はあるものの、数一〇年から長くて一〇〇年は安寧が約束される。
……そのはずだった。
氷皇帝は、一年と経たずに再び姿を現した。
そんな事実を前にして、浮き足立つ者がいるのは、無理からぬことだった。
――魔法で守られているはずの寒の砦の中にまで、雪まじりの寒風が吹きすさぶ。
一度、氷皇帝と対峙した花の騎士たちに宿る魔力をも凍らせ、滞らせるほどのブリザードで、視界はあっという間にホワイトアウトする。
怒号や悲鳴までを呑み込むほどの吹雪。
だが――そんな中にあって、アイビーだけは膝をつくことはなかった。
アイビーを、柔らかな白い光が包んでいる。
アイビーの体内を巡る魔力は、氷皇帝の強大な力をもってしても凍りつくことはなかった。
――「魔女」の加護。
アイビーは、腰に下げた小さなポーチの中にある、乃々花が渡してくれたお守りを思い出す。
――「アイビーのために、作ったものなので」。
少しはにかみながらも、はっきりとそう言って手渡してくれた、乃々花のお守り……。
アイビーは乃々花に寄り添ってもらっているかのような温度を感じながら、氷皇帝に剣を向ける。
アイビーを包み込んでいた柔らかな光が、直剣へと移り、刀身を白く光り輝かせる。
アイビーの中に、恐れはなかった。
剣を振り上げ――一刀のもとに、アイビーは氷皇帝を斬り伏せた。




