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逆ハーレムの中でわたしのこと好きなの、ひとりだけだった。  作者: やなぎ怜


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(9)

 ――デイジーさんがよければ、文通友達になってください。


 そんな一文を添えた返事の手紙をアイビーに頼んで託せば、デイジーさんからすぐに返信があって、わたしたちは友達になった。


 さすがに毎度、アイビーに頼んでルークにデイジーさんへの手紙を渡してもらうのは互いに負担が大きいだろうと思い、次には住所を教えあって、アイビーの出かけに郵便ポストへ投函してもらうことになった。


 ルークはわたしとそんなに歳が変わらなかったので、てっきりデイジーさんもそれくらいの年齢かと思っていれば、わりと歳上だという事実が明らかになったり。


 それでも手紙のやり取りをしている限りでは、歳の差みたいなものは感じられず、わたしと同じく気軽に外には出られない身だろうに、デイジーさんは話題が豊富で文通をするのはとても楽しかった。


 春の国の女性たちは、こうした文通友達とのやり取りを日々の楽しみにしているということも、デイジーさんから教わった。


 なかなか女性の文通友達を作るのは難しいことらしく、デイジーさんは久方ぶりにできた新しい友達――つまり、わたしの存在に喜んでいることは、文章からよくよく伝わってきた。


 デイジーさんに返事を出すのと同時に、エフェメラ様にも手紙を送ったが、彼女は王妃という、高貴でかつ忙しい身分なので、大きな期待はしないでおこうと、わたしは無意識のうちに予防線を張っていた。


 けれどもエフェメラ様からそう日を置かずに返信が届いたので、わたしはかなりびっくりした。


『王宮から貴女のご多幸を祈っております』


 わたしの心身や暮らしを気遣う、丁寧で洗練された文章は、もしかしたらエフェメラ様の直筆ではないのかもしれない。


 エフェメラ様は王妃という身分であらせられるから、普通に考えればそうなんだろう。


 けれどもこの手紙に込められた、エフェメラ様の優しさとか、わたしを気遣う思いは、彼女の内側から出てきたものだと思った。


 手紙での親密なやり取りなんて、元の世界ではしたことがなかったけれども、相手のことを考えながら便箋に言葉をしたためるのは楽しかった。


 アイビーに頼んで手紙を投函してもらい、それが相手の家に配達され、そしてまた返事がかえってくるまでわくわくする時間も、結構楽しい。


 ――友達って、こんな風に作れるんだな。


 元の世界で親しい友達なんていなかったわたしにとって、デイジーさんの存在は新鮮なあたたかさを与えてくれる。


 エフェメラ様は畏れ多くてデイジーさんのように「友達」だなんて呼べはしないけれども、王宮に出るときにも感じた、愛情深い母親がいれば、こんな風に遠くにいてもやり取りをするのかなと思った。



 「手紙を投函してくる」と、休日にもかかわらず請け負ってくれたアイビーに礼を言って見送り、わたしは洗濯物を干すために庭へと出た。


 庭は、当たり前のように高い壁でぐるりと囲まれていて、外からは容易に覗き込むことができないようになっている。


 アイビーによれば、加えて結界魔法が家の敷地全体にかけられているから、遠くから覗くこともできないようになっているらしい。


 ふたりぶんの、そう多くない洗濯物を物干し竿にかけていれば、アイビーの「ただいま」という声が聞こえて、彼が帰宅したのがわかった。


「手伝おうか?」


 すぐにアイビーは庭に顔を出してそう言う。


 洗濯カゴはからっぽだったので、わたしは首を左右にゆるく振り、「もう終わりました」と告げる。


 アイビーは少しだけ残念そうな顔をした。


「いい天気ですね。さすが春の国……」


 春の国は、わたしの知る元の世界の、日本の春よりも平均気温は低いようだ。


 それでもこの異世界にも「春の陽気」という言葉はあって、今も穏やかな日差しが降り注ぎ、あたたかなそよ風が庭を吹き抜ける。


 頭上を見上げれば、元の世界の夏空には及ばないものの、白い薄雲が散る、胸がすくような青い空が広がっている。


 ――こんな日に、散歩でもできたら気持ちいいんだろうな。


 決してアウトドア派ではないわたしにしては、珍しくそんなことを考える。


 その空想の中では、当然のように隣にアイビーがいた。


 アイビーと一緒に、草木や花や虫を見ながら歩けたら、楽しそうだと思った。


「……やっぱり外、出たいよね?」


 アイビーを見る。彼は、ちょっと困ったような顔をして微笑んでいた。


「難しいんですよね?」


 わたしはアイビーの問いに答えず、問いかけで返す。


 アイビーはかつて、たとえ家にいても女性には危険があると教えてくれた。


 女性が希少なこの春の国において、強盗のごとく家に押し入って、女性を攫う犯罪者がいると。


 だからアイビーはわたしを外に出そうとはしないし、わたしも外に出たいとはこれまで言わなかったし、思わなかった。


「――でも、男装とかすれば……。ほら、女性が少ないと聞いてるので、みんな女のひとが外をうろうろしているとは思わないんじゃないかなって、思って……」


 わたしはつらつらと言葉を並べたが、途中でアイビーを説得するなんて無理だと思って、尻すぼみになる。


 たとえわたしが女性にしては背が高くて、ぜんぜんグラマーからはほど遠い体型で、まったくもって美女とは言いがたい容姿だったとしても。


 ちらりとアイビーの体つきを見る。


 アイビーは当然のようにわたしより背が高く、体に厚みがあって、鍛え上げられた胸板はわたしよりたぶん胸囲がある。


 「男装すれば……」だなんて軽率に提案したものの、アイビーと並べばわたしが女性だということは、もしかしたらわかってしまうかもしれない。


 そう思って、わたしは黙り込んでしまった。


 けれどもアイビーの返事は、わたしにとっては意外なものだった。


「お祭りならひとがたくさんいるし、だいたいみんな酔っ払ってるから、誤魔化せるかもね」


 わたしはいつの間にかうつむきがちになっていた顔を、素早く上げてアイビーを見た。


 わかりやすいわたしの反応を見てか、アイビーはちょっと困ったように微笑みながらも、こんな提案をしてくれる。


「来週、灯篭祭っていうお祭りがあるんだ。城下町で一番大きな広場いっぱいを使って、灯篭の飾りつけをするんだ」

「それは……きっと夜には綺麗でしょうね」

「うん。さすがに夜にノノカを連れ歩くのは、酔っ払いとかの問題もあるし怖くてできないけれど……夕暮れ前、灯篭に点火する時間帯なら、いい感じに誤魔化せるんじゃないかなって。ほら、薄暗いと顔もよくわからないだろうし」


 アイビーがこんな風に提案をしてくれるとは思ってもいなかったので、わたしは言葉が口を突くより前に、何度か力強くうなずく。


 ……正直に言えば、アイビーはわたしを外には出したくなさそうだ。そういう気配が空気を媒介して伝わってくるようだ。


 けれどもわたしは言った。


「行きたい……です。灯篭祭。アイビーと一緒に……」


 アイビーはその答えに困ったように微笑んで、でもわたしを翻意させようだとかはしなかった。


「絶対、私から離れないって約束してくれる?」

「絶対、離れません」

「――よろしい。それなら来週の……灯篭祭の初日の夕暮れ前に、行ってみようか」


 わたしは期待に胸を膨らませ、また力強くうなずいて答えた。

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