北極星への旅
北の自然豊かな国に、北極星と呼ばれるとても力の強い魔術師がいた。空の上に住み、その国のことならば何でもお見通しなのだという。また、北極星の下には、ありとあらゆる知識を修めた七人の偉大な魔術師たちが仕えている。
北極星の正体を知るものはほとんどいない。ただ、北極星に会った者は願いを叶えてもらえるという伝説があるばかりである。
ジュリジという13歳の少年が、ある日両親に内緒で旅に出た。十分な食糧と小ぶりな剣、そして温かいマントを用意して。目的はもちろん、北極星に会うことである。
ジュリジは明るく、あまり物事を難しく考え込まない性分だった。家では鶏の世話を任されている。特技は、声真似。鶏の鬨の声を真似しているうちに、いろんな声を出せるようになったのだ。時々夜明け前に鶏の真似をして、家族を驚かすことがある。その後こっぴどく叱られたけれど。
ジュリジは小さな村の百姓の息子だ。上には3人も兄がいて、長兄が畑を、次兄が家畜をもらい、3人目の兄が同じ村の機織りの元へ弟子入りした。ジュリジも近い未来、自分が食べていく道を決めなければならない。
ところが、小さな村に職人は少なく、いたとしてもすでに弟子をいっぱい抱えていた。そのため、ジュリジを弟子にしてくれる親方は一人もいなかった。町に出れば働き口はたくさんあるのだが、村から町に行くには長い道のりを旅しなければならないため、ジュリジの母親が強く反対した。(愛情深い母親は、息子たちにはいつまでも近くにいてもらいたいと常々言っていた)
家族が頭を悩ませる中、ジュリジは自分を雇ってもらえるのなら、遠い町に行くのだっていいじゃないかと思っていた。それも、なるべく早く。一緒に住んでいる長兄が結婚し、この夏子どもが生まれるため、自分がいるとますます邪魔になるだけだ。
ある日ジュリジは、町へ出たいと両親にまた頼み込んだ。ところが、ジュリジが考えていたよりも激しく母親が怒り出した。まだ何もできない「子ども」のジュリジが町に出たって、丸裸にされてひもじい思いをするだけだと彼女は言った。
その言葉がジュリジの負けず嫌いに火をつける。むっとしたジュリジはその場では母親に従うふりをしたけれど、夜中にこっそり荷物をまとめ、家を抜け出した。しばらくは帰らないつもりだ。北極星に会えるのがいつかは、分からないのだから。
北極星に叶えてもらう願いは、もう決まっている。自分がこの先何をすればいいのか、教えてもらうことだ。何でもお見通しの魔術師なら、きっとジュリジの行く末を決めてくれるに違いない。
ジュリジは呑気ものでもある。村から出て、夜空を見上げながら北へ歩いた。七つのひしゃく星を数え、その先にある北極星を目指して。
はじめのうちは、順調な旅だった。夜が明ける頃、歩き疲れてきたので、大きな木の根元で眠った。昼頃に目を覚まし、木の実や持ってきた干し肉を食べた。天気が良い日だったので、口笛を吹きながらピクニック気分で道を歩き、時には通りかかった荷車にのせてもらいながら、ひたすら北へ進んだ。
ジュリジの行く手には、大きな山がそびえ立つ。その山を超えた先に、北極星がいるかもしれない。そう思って、ジュリジははりきった。広い森に入ると、小鳥たちの歌が上から聞こえてきた。ジュリジが小鳥の声真似をすると、返事がかえってくる。何と言っているのかはさっぱり分からないけれど、何人もの仲間と旅をしているようで楽しい。
しかし、森の半ばまで進んだ時、ジュリジの目の前にばらばらと身なりの汚い男たちが現れ、斧や大きな剣をつきつけた。
「命が惜しくば、持っているものを全て置いていけ!」
ジュリジは慌てて荷物を差し出し、茂みの中へ逃げ込んだ。幸い、追いかけられることはなかった。
あいつら、盗賊に違いない__一人になって落ち着くと、だんだん腹が立ってきた。第一、荷物を全部盗賊にやってしまったら、僕が旅できなくなるじゃないか!
ジュリジの頭に、そらご覧なさいと呆れる母親の顔が浮かんだ。このまま家に引き返せば、呆れられ、叱られ、当分家を出ることは許してもらえまい。それよりも__
ジュリジは盗賊たちのいたところに戻り、彼らの後をつけた。どすどすと足音を響かせながら、彼らは森の奥へ入っていく。背中に大きな荷物をたくさん背負っているので、戦利品をねぐらに持ち帰る途中なのかなとジュリジは思った。
盗賊たちがやってきたのは、森の中にある1軒の家の前だった。彼らは家を指差し、邪悪な笑いを浮かべながらささやきあっていた。ジュリジは盗賊たちの話を盗み聞きしようと、足音を殺して近づいた。
「あの家に住んでいるのは、よぼよぼの婆さん1人だぞ」
「そりゃあいい。婆さんを殺して、この家を俺たちのものにしよう」
ジュリジは息を呑んだ。このままだと、家の中にいるらしいお婆さんが危ない。家に飛び込んで警告しようか? いや__僕とお婆さんだけでは、盗賊たちと戦ってもとても勝てないぞ。
ジュリジはとっさに、木の上に登った。それから、剣を抜いた盗賊たちの頭上で1,2回空咳をして、低くしわがれた声を出した。
「こら、そこのお前たち! わしは北極星じゃ。罪もないお婆さんを殺そうとするとは何事か!」
盗賊たちは驚いた。中には尻もちをつく者もいた。ところが、ひときわ大胆な者が、言い返した。
「北極星が、こんなところにいるものか! 偽物め」
ジュリジは一瞬迷ったけれど、すぐに言い返した。
「偽物ではないぞよ。証拠に、恐ろし~い悪魔を呼び出してやろう。そら!」
そして、今までで一番大きな声で、鶏の鬨の声を裏返してごしごしこすったような、恐ろしい声をとどろかせた。
盗賊たちはたまげたのなんの、先を争って逃げ出した。ジュリジはほっとして木から降りた。
声を聞きつけたのか、家の中から、腰が曲がった老婆が出てくる。
「あ……」
ジュリジはちょっと照れくさくなったけれど、老婆に今起きたことを話した。
「盗賊たちが、おばあちゃんを襲おうとしていたので、いろいろして追い払ったんです」
老婆はうなずいた。
「全て聞いていたし、見てもいたよ。ありがとうよ」
老婆の差し出す手を握ると、細い手には強い力が宿っていた。
「お礼に、おまえさんにいいことを教えてあげよう。今、この森に北極星が来ているのだ」
「えっ!」
ジュリジは驚いた。
「鳥たちが集まる泉にいる。ここからもう少し北に行ったところだ。行ってごらん」
ジュリジは老婆にお礼を何度も言って、走り出した。しかし、ふっと振り返ると、家も老婆も跡形もなく消えて、そこには木々があるばかりだった。
北に歩いていると、鳥たちの声がうるさく聞こえてくる。ジュリジは高鳴る胸を押さえながら走った。そして、ぱっと視界が開けた__
泉のそばには、何百羽もの鳥が集まって、さえずりまくっていた。その中心に、一人の男がいる。地面に座り込んでいる彼の耳元で、茶色い椋鳥が鳴いていた。
ジュリジが男の前におそるおそる進み出ると、鳥たちは急に静かになった。男は黙ってジュリジを見ている。緊張しながら、ジュリジは口を開いた。
「あの、北極星……さんですか?」
男はうなずく。
「そうだ」
ジュリジは飛び上がった。まさか、こんなに早く会えるなんて。
「あの、僕、ジュリジっていいます」
「ああ、知っている。鶏たちが教えてくれた」
「え? 鶏が?」
男は微笑んだ。
「君が世話している鶏だ。わしは鳥たちや獣から、世の中のいろいろなことを聞かせてもらっている」
「でも、鶏はしゃべれないですよ」
「それは、彼らの言葉を聞こうとしていないからだ」
男はジュリジを手招きした。
「耳をすませてごらん。彼らの言っていることが分かるようになると、楽しいものだ」
よく分からないなと思ったのが、顔に出ていたのだろうか。北極星は笑って尋ねた。
「君は、わしに何をしてほしいんだね?」
「僕がやるべきことを教えてください。もう、村には働き口がないんです。どこに行けばいいですか?」
北極星は、鳥たちのさえずりを聞きながらしばらく考え込んでいたが、やがて答えた。
「村へお帰り」
「えっ……」
北極星は、がっかりしたジュリジに、小さな袋を渡した。そして、真剣な顔で言った。
「鳥が言っていたが、君が村を出て行ってから、流行病が村に流れ込んできたそうだ。手遅れになる前に、この薬を家族や村の者に飲ませなさい。さもないと、君は必ず後悔する」
北極星はジュリジの肩を叩き、付け加えた。
「病気がおさまったら、またここへおいで。鳥の言葉や、魔法の使い方を教えてあげよう」
ジュリジは北極星に頭を下げ、袋を大事に握りしめて、来た道を引き返して行った。