キノコ・パーティー!
「晴れたー!!!!」
ハルカの楽しそうな叫び声で目を覚ます。
昨夜、黒いソウル・パンツァーとの戦いの後、
俺たちはフーガ号に戻り、そのままどっぷりと眠ってしまった。
ベッドから起き上がり辺りを見回す。
フーガ号の中にある寝室には自分以外誰も残っていないみたいだ。
眠たい瞼を擦りながらフーガ号を出ると、女子2人組が俺を出迎えてくれた。
「ジン!洞窟の外を見て!ものすごく快晴よ!」
「マスター、おはようございます。昨晩はよく眠れましたか?」
ハルカも昨日の戦いで疲れているはずなのに、なんでこんなに元気なんだ?
まぁ元気が取り柄みたいなやつだが。
俺は2人におはようの挨拶をし洞窟の外に出てみる。
数日ぶりに浴びる日差しに思わず目をつぶり、
白んだ景色が少しずつ鮮明になっていく。
今まで暗くじめじめした雰囲気だった森は、穏やかな朝の陽ざしを受け、
木々の葉っぱにまだ残る雨粒がキラキラと輝いていた。
なるほど、この景色を見ればハルカのテンションが高いことも頷ける。
現に俺も少しばかりテンションが上がってしまった。
横に並び共に景色を眺めるフリモアの横顔をちらりと覗く。
つい数日前、フリモアと出会うまでの俺の生活は、正直楽しいものではなかった。
頼る仲間もおらず、ただ鉄くずを集めるだけの毎日。
国の役員に頭を下げて金を受け取り、それでなんとか食いつないでいく日常。
ハルカに、フリモアに出会わなければ、俺は一生そんな生活を続けていただろう。
この雨上がりの清々しい景色のように、俺の土砂降りのような人生はようやく晴れ始めた気がした。
それならば、この2人は俺にとって太陽のような存在なのかもしれないな。
「どうかしましたかマスター?」
俺が横目で見ていることに気付き、フリモアがこちらを振り向く。
「な、なんでもない!」
フリモアの純白な瞳に見つめられ、思わずそっぽを向く。
我ながら恥ずかしいことを頭で考えていたように思う。
「そういえばフリモアは、いつでも俺の頭の中を覗けるのか?」
ソウル・パンツァーは人のイメージを読み取り動く。
もしは先ほどの恥ずかしいポエムのような思考もバレているのではなかろうか。
「いえ、マスターの思考を読めるのはソウル・パンツァーとして繋がっているときだけです。
この状態での私は独立していますので、そういったことは出来ません」
フリモアの返答にそっと胸をなでおろす。
これから毎日自分の考えていることを共有されるのは流石に勘弁だ。
「おい、フーガ!いいかげん縄を解け!」
「解いたら俺を殺すかもしれないだろうが!」
洞窟の奥からフーガの声が聞こえる。
もう一つの声の主は昨日黒いソウル・パンツァーに乗っていた男だ。
なんでもフーガの古い知り合いらしく、気絶していたところを縄で縛り、
とりあえず洞窟まで連れてきたというわけだ。
俺たちが寝ている間に尋問すると言っていたが...
あの男たちはどうしてフリモアを狙ってきたのか、
今後のためにもそれだけは聞き出さなければならない。
しばらく待っていると、洞窟の奥からフーガが顔を出し、
こちらに向かって歩いてきた。
手にはロープが握られており、そのロープの先は
後ろを歩く昨日の男に繋がっていた。
「お前たち、昨日の晩から何も食ってないから腹減ってるだろ。
ひとまず朝飯にしようぜ」
フーガに促され、俺とフリモア、ハルカ、そして昨日敵だった男が
同じテーブルに着いた。
当然のことながら、なんともいえない雰囲気に包まれる。
「昨日お前たちが採ってくれたじめじめじのフルコースだぞ」
そういってフーガは俺たちの前に料理を並べた。
朝早くから準備してくれたのだろうか。
フーガの超人的な体力には、毎度驚かされる。
「ライゾウ、お前も食え」
フーガは突然、男の腕と胴体をぐるぐる巻きにしていたロープを解く。
「ちょっと、フーガ!なんで外しちゃうのよ!」
ハルカが騒ぐのも無理はない。
いくらフーガの古い知り合いといえども、
俺たちは昨日殺し合いをした仲だ。
俺はフリモアを庇うようにしながら、男を睨みつける。
「大丈夫だって。食事中に襲うほど落ちぶれちゃいないさ」
フーガはそう言うが安心は出来ない。
男は「フンッ!」と鼻を鳴らし、機嫌悪そうな顔のままフーガの料理を食べ始めた。
「ささ、お前たちも食べてみてくれ。
今日の料理は自信作だぞ」
未だ気まずい雰囲気は続くが、空腹なのも事実なので、
俺も食事を頂くことにした。
今日の朝ごはんのメニューは、
じめじめじの炊き込みご飯
じめじめじの蒸し焼き
じめじめじのスープ
の三品である。
俺は手始めにじめじめじのスープを口に運ぶ。
「うっ、旨い!」
思わず声に出てしまった。
昨日は強烈な臭いを放っていたじめじめじの汁だが、
きちんと調理されているためだろうか。まったく臭みを感じない。
凝縮されていたであろう旨味がスープの中で絡み合い、極上の一品となっている。
この世にこんなに旨いスープがあったとは!
「マスター!この料理、とても美味しいです!」
横を見るとフリモアがじめじめじの蒸し焼きを頬張りながら目をキラキラさせていた。
俺も一つ食べてみるか。じめじめじの蒸し焼きに特性のソースをつけ、口の中に頬張る。
「ふぁっ、ふぁふひ!」
熱い!噛んだ瞬間に中からアツアツの汁が跳び出してきた!
口の中が火傷しそうだ!だが...これも旨い!
じめじめじから飛び出た汁、これがとても濃厚でクーリミーだ。
そこに特性のソースが良いアクセントとなり、何本食べても飽きはこないだろう。
じめじめじの汁は熱を通すだけでこんなにも魅力的な汁に生まれ変わるのか。
昨日のハルカの顔にかかっていた汁が勿体ないほどだ。
「ジン、あなた変な想像してないでしょうね」
なんで分かったんだ。まさかエスパーじゃあるまいな。
「こっちの炊き込みご飯も美味しいわよ」
ハルカに勧められ炊き込みご飯を口に運ぶ。
こ、これも旨い!身体の中を衝撃が走りっぱなしだ。
特別な味付けは一切されていない。
じめじめじの出汁がご飯に染みているだけ。
それだけなのに、程よい旨味と仄かな香りが食欲を刺激する。
これもまた無限に食べれてしまう危険な料理だ。
これからの一生を炊き込みご飯を食べるだけ終わらせることになってしまう。
もちろんそんなことはなく、お腹が一杯になるまで料理を平らげて食事は終了した。
「美味かったか?」
食事も終わり一息つく中、フーガがライゾウに話しかけた。
「お前は味覚が強化されているせいで昔から味にうるさ過ぎる」
悪態をつきながらもライゾウの皿は空っぽになっていた。
「お前が俺を許せないのは分かっている。
だが、あの黒いソウル・パンツァーに乗るのは止めろ。
あれが危険なのは、お前が一番よく理解してるんじゃないのか?」
「やっぱり知ってたんだな。あれを」
ライゾウは自分の腕をフーガに見せた。
そこにはもう黒いブレスレッドはない。
「心配しなくても誰かさんに破壊されてもうここにはないさ」
そして2人は黙り、再び気まずい静寂が訪れる。
その静寂を破ったのはハルカだった。
「どうしてフリモアを狙ったの?誰かの指示?」
それはフーガが一晩掛けて聞き出せなかった情報だ。
しかし、意外にもライゾウはあっさりと答えた。
「国だよ。いくつかの傭兵や組織に国から依頼が出ている。
白いソウル・パンツァー、フリモアという少女を捉えろってな」
やはりフリモアは国から狙われているのだ。
俺が生まれ、育ったこの国、ルケルス共和国に。
「どうして国はフリモアを狙うんですか?」
「それはフリモアのパンツァー乗りである君が一番理解しているだろう。
人の姿になるソウル・パンツァーなんて聞いたこともない」
ライゾウはフリモアの方を見た。
その瞳には昨日のような怒りの感情はない。
ただ少し悲しそうな、遠い眼差しをしていた。
「さて、迎えが来たようだ。
私はこれで帰らせてもらうよ」
外から車の音が聞こえ皆で洞窟の外に出る。
そこにはスキンヘッドの男と妖艶な見た目の女性がいた。
「アニキ!無事でしたかっ!」
スキンヘッドの男がライゾウに駆け寄る。
ライゾウは俺たちから離れスキンヘッドの男へと歩いっていった。
「フーガ、お前が反省しているというのであれば、
その子どもたちの命、こんどこそ守り抜いて見せろ」
ライゾウは振り返らずにそれだけ言い残していった。
「お前たちご苦労だったな。帰るぞ」
「えっアニキ!フリモアはもういいですかい!」
騒ぐスキンヘッドの男を宥めながら、ライゾウは車の中に入っていった。
最後に残った妖艶な女性が怪しく微笑みながら俺に話しかけてくる。
「アンタだね、昨日私のジェリースカイをやったのは。
近くで見ると全然子どもじゃないか」
彼女は最後に「いい男になりなよ」とだけ言い運転席へと向かっていった。
そのまま3人組は車でどこかへと行ってしまった。
昨日殺し合いをした敵を静かに見送るというのも中々シュールな絵面ではあったが、
フーガは終始神妙な顔をしていた。
ライゾウと話していた内容から察するに、過去に色々あったのだろう。
話したくない過去の一つや二つ、誰にだってある。
俺は深く追及はしないことにした。
「眠いから寝る。出発は午後になってからだ」
フーガはそう言い残し、フーガ号の中へと消えていった。
「出発したら、もう少しでアジトに着くわよ」
ハルカは何とも言えない雰囲気を知ってか知らずか、元気そうにそう呟いた。
アジトに着いても、これから先も国から追われる生活に変わりはないだろう。
またライゾウのような強者が現れるかもしれない。
俺はこの先フリモアを守り続けることが出来るだろうか?
フリモアはいつものように俺のすぐ傍にいる。
初めのうちは感情のないロボットのようだと思っていたが、
数日ともにすることでそれが間違いだったことに気付く。
表情が分かりづらいだけで、フリモアも食べることを楽しんだり、
誰かを心配したり、景色を楽しんだり、
人間と同じような感情があるのだ。
そう、ただの無垢な一人の少女なのだ。
守れるかどうか悩んでいる暇はない。
俺はもっと強くならなくてはいけない。
俺は必ずフリモアを守ると心にそう決めた。
「アニキ、フリモアを連れて帰らなくて本当に良かったんですかい?」
ライゾウたちを乗せた車は森を抜け、ルケルス共和国の中心地へと向かっていた。
「今回の任務は黒いソウル・パンツァーの戦闘データを集める目的もある。
多少のお咎めは免れないだろうがな」
車はとても長い橋に差し掛かる。
両脇が滝になっており、まさに自然の要塞といった風景だ。
その長い長い橋の先、その終着点には怪しげな研究所がそびえ立っている。
「俺も少々誤算だった。まさかあそこまで人間そのものだとは」
3人の向かう研究所の門の内側では、新型ロボットの機能テストが行われている。
そこに並ぶ数十体のロボットは皆、真っ黒な装甲に身を包んでいた。