雨の行方
姿の見えない敵との戦いにフーガは苦戦を強いられていた。
ただ透明になっただけであれば、シルバーファングの能力により強化された五感を使い
音や臭いを頼りに相手を探すことも可能だ。
しかしそれすらも出来ない。つまり単純な透明化ではないのだ。
「このソウル・パンツァーの能力に戸惑っているようだな」
ライゾウの声はするが、その声がどこから発生しているのかさえ分からない。
「自分の存在を認識させなくする能力...だろ?」
実際に姿が見えないわけでも、音や臭いがしていないわけでもない。
能力によってそれらを認識できなくしているのだ。
そう考えれば今の状況に納得がいく。
「分かったところでどうにもなるまい!」
前、後ろ、横、真上、不可視の攻撃は突然やってくる。
シックスセンスの能力では防御や回避はなんとかなっても、
反撃に転じることは難しい。
フーガは焦る。ここで自分がやられれば、次はハルカとジンが襲われる。
とてもじゃないが、まだ新米のアイツらが敵う敵ではない。
どうにか突破口を開かなくては!
「お前を殺すために選んだ能力だ。無様にやられるがいい!」
ライゾウは黒いソウル・パンツァーとともにじわじわとにじり寄っていく。
シルバーファングの能力のせいで長引いてしまったが、
流石のフーガもそろそろ限界のはずだ。
次の攻撃で確実に仕留めてやる。
黒いソウル・パンツァーはどす黒い闇を身体から溢れ出させる。
その闇のエネルギーを片方の脚へと集中させる。
ライゾウは攻撃のタイミングを悟らせぬよう、心の中で唱える。
これでお前との因縁に決着をつける。死ね、フーガ!
黒いソウル・パンツァーはシルバーファングの真上へと高く跳び上がり、空中でキックの構えをとる。
狙いはシルバーファングに乗るフーガ自身だ。
先ほどまでの攻撃よりも強靭で素早い一撃が上空からフーガを襲う。
いくら第六感で攻撃されることが分かっても、
シルバーファングのバリアごと粉砕できる威力の跳び蹴りだ。
黒いソウル・パンツァーは勢いを増しながらシルバーファングへと向かっていく。
対してフーガはまったく動かない。
第六感での感知にも限界が来ているのであろう。
勝利を確信したライゾウはフーガの顔を覗き見る。
死ぬ間際のどうしようもなく絶望している表情を拝んでやろうと思ったからだ。
しかし、予想とは違った。
フーガは口元にニヤリと笑みを浮かべていた。過去何度も見た、胡散臭そうなあの笑みを。
あれは絶望から来る笑いではない。何かを確信したときの笑いだ。
黒いソウル・パンツァーの蹴りがフーガに当たる直前、
シルバーファングは素早く身体をスライドさせ、空中からの一撃を避ける。
攻撃の直後は位置を特定されてしまう。
ライゾウは慌ててその場から離れた位置へと移動する。
「何故だ!何故今の攻撃を避けれた!」
返答はなかった。その代わりとでもいうのか、
こちらを目掛けてシルバーファングが跳び掛かり攻撃を仕掛けてくる。
なんとか攻撃をいなし、別の場所へと移動する。
しかし、シルバーファングはこちらが見えているかのように再び攻撃を仕掛けてくる。
「何故だっ!何故こちらの居場所が分かる!」
何度逃げてもフーガは的確に攻撃を仕掛けてくる。
動揺したライゾウは普段通りに攻撃を捌けず、徐々に劣勢になっていく。
「雨だよ」
天を指さしながら、フーガはようやく口を開いた。
「視覚に頼るのをやめたのが間違いだったんだ。
お前自身がどんなに痕跡を消そうと、お前の身体に当たった雨までは誤魔化せない」
「この暗い森の中でそんな小さなヒントを頼りにここまで正確に攻撃を仕掛けてきたというのか!」
「それに、気づいてないみたいだから教えるが、真上からの攻撃は止めた方がいいぜ。
突如雨粒が突然当たらなくなれば、誰だって上にいることに気付く」
ライゾウは悔しさに顔を歪ませる。
フーガには常に一歩先を行っていた。
フーガの強さは分かっていた。だからこそ、その強さが許せなかった。
「お前は強く、賢い!それなのに何故だ!
何故彼女を救わなかった!」
ライゾウに湧いた感情は怒りであった。
フーガに対しての怒り。そして弱い己への怒り。
その強い負の感情が黒きソウル・パンツァーに力を与える。
能力の使用を止め姿を現したソウル・パンツァーは、赤黒く変色しており、
身体全体が有機的な何かにより肥大化していた。
元々の倍ほどの大きさになった赤黒いソウル・パンツァーは
シルバーファングとの距離を一瞬で詰める。
「お前を...殺す!」
赤黒いソウル・パンツァーの肥大化した両腕の先は巨大なカギ爪のようになっていた。
そのカギ爪が振り下ろされ、シルバーファングのバリアを貫く。
カギ爪はバリアを貫き切ることは叶わず、フーガの顔の前で動きを止める。
「やっぱり俺のことを恨んでるよな...」
フーガは赤黒いソウル・パンツァーを優しい眼差しで見つめる。
背中に乗るライゾウは怒りに囚われ、苦しんでいるように見えた。
いや、実際苦しんできたのだ、俺のせいで。
だが負けてやるわけにはいかなかった。
ライゾウのためにも、ハルカとジンのためにも。
再び振り下ろされるカギ爪をシルバーファングが躱す。
これ以上バリアは持ちそうにない。一度距離をとりヒット&アウェイで戦うのが賢明だ。
そう思いシルバーファングを走らせるフーガの目の前には
既に赤黒いソウル・パンツァーが移動してきた。
「くそっ!」
三度カギ爪が振るわれる。回避はもう間に合わない。
「当たれっ!」
ジンの声だ。次の瞬間、振り下ろされたカギ爪は白い光の弾によって弾かれた。
ジンとフーガは急ぎその場を離れ、フリモアの近くへと移動する。
「そいつがソウル・パンツァー状態のフリモアか。おかげで助かったぜ」
白く神々しい輝きを放つソウル・パンツァー。
フリモアをライゾウたちが狙うのには訳があるはずだ。
しかし、それを聞くのは後だ。まずはこの場を切り抜けねぇと。
「なんかグロテスクな見た目になってません?」
「あんな見た目だが恐ろしく速い。おまけに、今は使っていないが、姿を消す能力も持ってる」
「姿を消す⁉そんなのとどうやって戦ってたんだ?」
「シルバーファングの能力で俺の五感は強化されている。
奴自身の臭いや音は消えるが...おっと、来るぞ!」
赤黒いソウル・パンツァーは、今度はフリモアの元へと一瞬で近づき攻撃を仕掛ける。
カギ爪による攻撃をシルバーファングの爪で弾き、
生じた隙にフリモアの白い弾丸が撃ち込まれる。
赤黒いソウル・パンツァーはバリアでそれを防がず、胴体への直撃を許す。
「どうして、バリアで防がないんだ?」
ジンが疑問をこぼす。
「もしかして、シンクロしているのか⁉」
ジンは言葉の意味が分からず首を捻っている。
「説明は今度してやる。今はとにかくアイツの動きを止めるぞ!」
長時間のシンクロは命の危険がある。
それにライゾウは怒りで我を忘れているように見える。
自力で解除はしそうにない。
俺の手でライゾウを止めてやるしかない。
赤黒いソウル・パンツァーは圧倒的なスピードで、フーガとジン両方に攻撃を仕掛ける。
ダメージをくらいながらも、即興のコンビネーションでなんとか対抗していく。
フリモアの左腕の剣でギリギリ攻撃を防ぎ、シルバーファングが横から攻撃を仕掛ける。
それを避け遠ざかる赤黒いソウル・パンツァーを右腕の銃で捉える。
白い弾丸に怯んだ隙にシルバーファングが追い打ちをかける。
敵のソウル・パンツァーとシルバーファングの滑らかな動きとスピードに
ジンは援護がやっとの状態だった。
それほどまでに2人は、自身の身体のようにソウル・パンツァーを操っているのだ。
ライゾウはこのままでは不利だと悟り、再び自身とソウル・パンツァーの姿を能力によって消す。
フーガがシックスセンスで対抗するが、先ほどよりも飛躍的に向上したスピードにより、
雨の動きを見ても位置を捕捉することが難しい。
なんとか回避に専念することで対応するが、突然シルバーファングへの攻撃がパタリと止む。
フーガの第六感が警鐘を鳴らす。
「ジン!そっちに行ったぞ!」
ジンではこの能力に対抗出来ない。
フーガは焦り、フリモアの方へ近づく。
しかし、それよりも早く、ライゾウの攻撃によりフリモアはバリアを砕かれ、大きく弾き飛ばされる。
「くそっ!また守れないのかっ!」
位置を補足できない今のライゾウを止めることはできない。
もう一度ジンが狙われればそれで終わりだ。
フーガの頭には後悔が浮かんでいた。今からシンクロを使っても間に合わない。
初めから全力で挑んでいればこうはならなかった。
しかし、それではライゾウの気持ちを踏みにじることになる。
流れる時間がゆっくりとなり、思考の渦に飲み込まれそうになる。
絶望の闇に呑まれていくフーガの耳にジンの叫び声が届く。
「臭いだ!臭いを辿れ!」
頭の中に淀んていた思考を振り払い、五感の一つである嗅覚に集中する。
当然、ライゾウと赤黒いソウル・パンツァーの臭いは感じとれない。
しかし、一カ所。何もないはずの場所から強烈な臭いが漂っている。
臭いはジンの元へと近づいている。フーガと臭いの元との距離は大きく離れていたが、場所さえ分かればあれが使える。
「頼むぜ、相棒!」
走るシルバーファングの身体が銀色の光に包まれる。
集まった光は弾けるように消え去り、その中からは一回り大きくなったシルバーファングのような
ソウル・パンツァーが姿を現した。
背中にフーガの姿はなく、その代わりに2機のブースターのが取り付けられていた。
現れた銀色のソウル・パンツァーはブースターを点火させると一瞬のうちに加速し、
ソニックブームにより周りの木々を薙ぎ倒しながら、透明化したライゾウへと距離をつめる。
両前脚の爪には力強い銀色の光が溜まり、跳躍により一気に距離を詰め、
臭いの元へと、その爪を振りかざす。
「エルン・ストライク・クロー!!!!」
超高速の一撃は敵の反応すら許さず、
赤黒いソウル・パンツァーは一瞬のうちに胴体を真っ二つに裂かれる。
そのまま裂かれた身体はボロボロと崩れ落ちていき、
赤黒い残骸と気絶したライゾウだけがその場に残った。
攻撃を終えた銀色のソウル・パンツァーは再び輝き、
その光の中からは銀色のブレスレッドをつけたフーガが姿を現した。
「おーい、ライゾウ。生きてるか?」
フーガはライゾウの頬をペチペチと叩いた。
目は覚めないが、どうやら息はしているようだ。
「おーいフーガ!今のどうやったんだ?」
フリモアに乗ったジンがフーガの元へと駆け寄ってくる。
「それはこっちのセリフだ。どうやってコイツに臭いをつけたんだ?」
ジンが臭いをつけてくれなければ、こうはならなかっただろう。
ライゾウを止めることも、ジンを守ることも。
「こっちに攻撃が来るって教えてもらったときに、こいつを用意しといたのさ」
そういってジンは手に握りしめていたものをフーガに見せた。
「これは...萎びたじめじめじか?」
フーガが五感を使い戦っていた話を聞いた時から、ジンの頭の中にはこの作戦があった。
「さっきハルカが強く握り過ぎて凄い臭いの汁を飛ばしてたのを思い出してさ。
そういう意味ではハルカに感謝かな」
今自分が出来る最大のことを考え、あらゆるものを作戦に組み込み戦いに利用する。
ソウル・パンツァーに乗るのは2回目だというのに、まったく大した奴だ。
「何にせよ助かったよ。ありがとな、ジン」
いつもの胡散臭いニヤケ顔とは違う、柔らかな笑みをフーガは浮かべていた。
森に振り続ける雨は、いつの間にか緩やかな小雨へと変わり、
小さな優しい雨音に夜の森は包まれていた。




