闇に溶ける者
「しゃぁぁぁオラァッ!」
雄叫びを上げながらハルカのライトリッヒが戦車型のロボットの横っ面に強力なパンチを浴びせる。
渾身の一撃であったが、敵の装甲は少しへこむ程度のダメージしか受けていなかった。
「かったいわね!」
ハルカは焦っていた。フーガはかなりの実力者だからあまり心配はいらない。
しかしジンは、ソウル・パンツァーに乗るのはまだ2回目のはずだ。
アファング砂漠では不甲斐なく助けられた。
出来る事なら今度は私が助けたい。
しかしこの森に降り注ぐ雨のせいでライトリッヒの本領が発揮できない。
それがハルカの焦りに拍車をかけていた。
「そんなへぼパンチじゃ、こいつの装甲は破れねぇぜ!」
戦車型ロボットの中からハイテンションな男の声がする。
中に搭乗するタイプの旧式の兵器なのだろう。
しかしその装甲は馬鹿にできない。
現に何度パンチを撃ち込んでも決定的なダメージを与えることが出来ない。
こいつに構わずに他の援護へ行った方が得策だろうか?
しかし、こいつの遠距離狙撃はやっかいである。
奴の砲身をなんとかする前にここを離れるのは得策ではないだろう。
戦車型兵器が向きを変え、こちらとは別の方向を狙う。
敵の向いている方向はフーガが戦っている方向だ。
フーガの様子をちらりと見る。
私はソウル・パンツァーの操縦方法をフーガに教えてもらった。
だからフーガの強さはよく分かっているつもりだ。
しかし、そのフーガが苦戦しているように見える。
暗くて相手の姿がよく見えないが、敵も凄腕のパンツァー乗りなのだろうか。
どのみちフーガの邪魔をさせるわけにはいかない。
私はライトリッヒの太い腕を相手の砲身目掛けて撃ち込む。
ここさえへし折ってしまえば、後はどうにでもなる。
しかしパンチを受けた砲身は思いがけない挙動をした。
パンチの衝撃を受け流すように戦車型ロボットの上部が回転し、
一回転した方針が野球盤のバットのようにライトリッヒの背中側に直撃する。
バリアで防いだものの、自分の真後ろまで迫った砲身を見てハルカは肝を冷やす。
「この砲身は特別な金属で出来てんだっ!壊すなんて不可能だぜぇっ!」
敵の不快な声が耳に入る。ハルカはイライラする心を落ち着けながら考える。
とにかく砲身の破壊が難しい以上、この場を離れるわけにはいかない。
少し2人が心配だが、今は自分の出来ることをしよう。
「久しぶりじゃねぇかライゾウ?」
フーガも他の2人同様、目の前の敵と1対1の戦いを繰り広げていた。
敵の蹴りを俊敏な動きで躱し、
隙が生まれれば前足の爪で攻撃を仕掛ける。
「相変わらずケチ臭い戦い方だな」
ライゾウと呼ばれた男は険しい顔を崩さずにフーガを睨みつける。
男は様々な方向から来るフーガの攻撃に反応し、全てを蹴りのみでいなしていた。
「ケチ臭いのはお互い様だろ。ソウル・パンツァーの趣味は変わったみたいだがな」
お互いがお互いの攻撃を完璧に防ぎ切り、勝負は膠着状態のままだ。
「お前たちの狙いはフリモアだろ。なぜお前がフリモアを狙う?自由に生きるのはやめたのか?」
「自由に生きるためには金が必要ってだけさ」
ライゾウは多くを語らない。
フリモアはまだ起動してから日が浅い。
凄腕の情報屋でも、まだフリモアの情報は掴んでいないだろう。
となると考えられるのは一つ。
サソリ型兵器のモルピウスから送られてきたフリモアの戦闘データを見たであろう国の差し金だ。
軍や戦争を嫌っていたライゾウが何故今更国に従おうなんて思ったんだ?
「人の内情を勘ぐるのは止せ。だからお前が嫌いなんだ」
動きを止めていたライゾウの黒いソウル・パンツァーの胸部が開き、
そこから現れた砲身よりどす黒いビームが放たれる。
完全に不意を突く一撃であったが、フーガはこれを難なく躱した。
「やはり厄介だな。お前のシックスセンスは」
シックスセンス、フーガの乗るソウル・パンツァー、シルバーファングの固有能力である。
これによりフーガの五感は限界まで研ぎ澄まされる。
さらに未来予知のような超直感まで得ることが出来る。
これがフーガの反応速度と合わさることで、驚異的な戦闘能力へと昇華される。
「お前の昔のソウルパンツァーだって厄介だったぜ。
どこに置いてきちまったんだ?」
フーガがこの黒いソウル・パンツァーを見るのは初めてだった。
シックスセンスのせいだろうか、このソウル・パンツァーからは禍々しいものを感じる。
色もただ黒いというよりは様々な色の絵の具を混ぜて合わせて作った黒とでも言えばいいのだろうか。
とにかく何かとてつもないものをフーガは感じていた。
「お前とのお喋りはもううんざりだ。こちらも能力を使わせてもらおう」
そう言うとライゾウの乗る黒いソウル・パンツァーは搭乗者ごと闇に溶けるように姿を消した。
フーガはすぐに視覚に頼るのをやめ、聴覚と臭覚をもとに相手の場所を探る。
土砂降りの悪環境であったが、シックスセンスにより強化された五感が
微量に漂う敵の臭いを嗅ぎ分け、雨音と足音を聞き分ける。
それらの情報を基に相手の正確な位置を割り出す。
「完全に痕跡が消えている...?」
いかなる五感を用いても黒いソウル・パンツァーの居場所を特定することは出来なかった。
この場から離脱したのか?
それでも先ほどまでここにいた痕跡すら消えているのは可笑しい。
突如自分の中の第六感が警鐘を鳴らす。後ろから攻撃が来るっ⁉
自分の直感を信じ前へ跳ぶ。
先ほどまでフーガのいた地面は突如吹き飛び抉れる。
「直感だけで避けるとは流石だな。しかし、いつまで耐えられるかな?」
声のした部分を目掛けてシルバーファングの銀色の爪で跳び掛かる。
しかし、そこには既に敵の姿はなかった。
「思ったよりマズイなこれは...」
相手はどこから攻撃してくるか分からない。
もうここにいない可能性だってある。
一度冷静になり、他の情報を探る。
ジンは戦闘を終えたようだ。初心者なのに中々やりやがる。
ハルカは手こずっているみたいだが、負ける心配はなさそうだ。
となれば、やはり一番やっかいなのはライゾウだ。
直感でなんとなくだが近くにいることは分かる。
ライゾウが他の奴らを襲いにいくのだけはなるべく避けたい。
「どうしたライゾウ、掛かってこないのか?
昔みたいに俺に負けるのが怖いのかな?」
返事はなかったが漂う殺意が強くなったのを感じる。
このまま挑発に乗ってくれればいいが。
フーガは無心になり、自分の直感にだけ意識を研ぎ澄ます。
直後、予測不可能な攻撃が次々とシルバーファングに浴びせられる。
直感だけでは躱しきれない攻撃の数々に、少しずつバリアを削られていく。
打開策は未だ思いつかない。
フーガは反撃の時を待ちながら、雨のような攻撃の連打をただ耐えるしかなかった。