じめじめじ
あのサソリ型兵器、モルピウスとの激闘から2日が経った。
俺たちはフーガ団のアジトを目指して旅を続けていた。
「それにしても雨、全然止まないな」
俺たちを乗せた車は一旦は林を抜けたが、今は山の麓の森林地帯を走っている。
フーガ団は所謂お尋ね者だし、先日ソウル・パンツァーを手にした俺もめでたくその仲間入りだ。
そのため、アファング砂漠から大きく離れるまでは、
人に見つかりにくい道を通ろうということになった。
「この地域は一年のほとんどが雨だ。道はぬかるんでるし視界も悪い。
そこいらの人間じゃ追ってこれないだろう」
そう言いながらフーガは余裕そうにドライブを楽しんでいる。
こんなデカい車で視界の悪い森を走っていて怖くないのだろうか。
反対にハルカのテンションは凄まじく低かった。
「雨の日ってライトリッヒの炎が使えないから嫌いなのよね。
湿気で髪もボサボサになるし...」
ライトリッヒの炎、ハルカの話によればソウル・パンツァーは
それぞれ固有の能力を持つという話だった。
「なぁハルカ、少し聞きたいんだけどさ。フリモアにも特殊能力があるんだよな。
モルピウスと戦ったときに腕から剣が生えてきたけど、あれが能力なのか?」
「そんなの持ち主にしか分からないわよ。それこそフリモアに聞いてみたら?」
それもそうだと頷き、横に座るフリモアの方へ振り向く。
フリモアは物珍しそうに窓の外の景色を見ていた。
あの日以来、フリモアは人間の姿のままだ。
フーガの作るご飯もペロリと平らげるし、夜は睡眠もする。
今となっては本当にソウル・パンツァーなのか怪しいくらいだ。
「なぁフリモア、お前って何か特殊な能力とかあったりするのか?」
フリモアはこちらに顔を向け、相変わらずの無表情で答える。
「申し訳ありませんマスター、私には目覚める前の記憶がありません。
そのため、自分自身のスペックについても把握していません」
フリモアは淡々とした声で答える。
「それって記憶喪失ってこと⁉」
先ほどまで静かだったハルカが大きな声を上げる。
「自分が生まれた...というか造られた場所とか、何故あの遺跡にいたのかも覚えてないのか?」
「はい、覚えていません」
自分自身、かなり孤独な人生を歩んできたと思っていたが、フリモアはそれ以上だろう。
本人に悲しいという気持ちがあるのかは分からないが。
「知りたいと思うか?」
フリモアは少し間を空けてから答えた。
「私の第一目標はあなたをお守りすることです。
それを逸脱しない範囲であれば、自分のことについてもっと知ってみたいです」
それはフリモアから初めて聞いた、フリモア自身の意志だった。
「いいじゃねぇか、トレジャーハンターぽくって!
当面の目標はそれに決まりだな!」
運転席から話を聞いていたフーガが楽しそうにそう言った。
「よろしいですか、マスター?」
フリモアが若干上目遣いで俺に意見を仰いだ。
元々、フリモアのことをよく知りたいと思って俺はフーガ団に入ったのだ。
断る理由なんて一つもない。
「お前は俺の命の恩人だ。俺に出来る事ならなんでも言ってくれ」
俺とフリモアは静かに見つめ合う。
フリモアは相変わらず表情を作らない。
だが、目を見ればなんとなく喜んでいるのが分かる気がした。
フリモアも同じように俺の気持ちを読み取ろうとしているのだろうか?
その美しくまっすぐな瞳に俺は釘付けになってしまう。
「いつまで見つめ合ってんのよ!」
ハルカかからチョップをくらい我に返る。
フリモアはソウル・パンツァーだと頭では分かっているが、如何せん美人過ぎるので困ってしまう。
「っていうか、人間になれるっていうのがそもそも特殊能力なんじゃないの?」
ハルカがそう呟き、俺は妙に納得してしまった。
「ちょうど車が入るほどの洞穴があって助かったぜ」
フーガはそう呟きながら、フーガ号のメンテナンスをしていた。
森を走っている最中、フーガ号のスピードが突然遅くなってしまったのだ。
そこで偶然見つけた横穴にフーガ号を止めて、緊急メンテナンスの最中である。
外は相変わらずの大雨だが、横穴が少し高い位置にあるためか、中まで水は入っていないようだった。
「今日はここに泊まっていくか。後1日も走れば森は抜けれるからな」
ということは抜けるのに3日ぐらいかかるのかこの森は。いったいどんだけ広いんだ。
フーガにメンテナンスの手伝いを申し出たが、お前ら子どもは休んでなと言われてしまった。
ここ数年1人で生きてきたこともあり、子ども扱いされるのは久しぶりだった。
戸惑いはあったが、それ以上に嬉しさを感じてしまった俺は素直に休憩することにした。
焚火を囲んで3人で体を温めながらボーっとしていると、ふいにハルカが口を開いた。
「お腹すいたわね」
確かにそろそろ晩御飯時だ。
いつもならフーガが食事の支度を始める頃だが、今はメンテナンス作業に忙しそうだ。
作業に集中していて食事のことを忘れているのだろう。
「そうだ、私たちでご飯を作っちゃわない?」
フーガは1日中運転しっぱなしで、さらにメンテナンス作業まで1人でしてくれている。
その後で料理までしてもらうのは確かに気が引ける。
「1人暮らしはそこそこ長い。簡単な料理なら俺も手伝えるぜ」
「私もお手伝いさせてください」
フリモアも料理に興味があるみたいだ。
「料理の前にこれを見て」
そう言ってハルカは手にしていたノートを開いて見せた。
そこには雨の降る森の絵とキノコの写真が描かれていた。
「じめじめじ?なんだこれ?」
「雨量の多い地域だけで採れるキノコよ。
前にこの森に来た時に生えてるのを見たことがあるわ」
ハルカはやや興奮気味な口調で語る。
「すぐに萎びちゃうからお店でもあまり売ってないんだけど、
水分と旨味をたっぷりと蓄えていて、ジューシーでとっても美味しいのよ!」
トレジャーハンターとしての探求心だろうか、それともただの食い意地か。
ハルカの目はメラメラと燃えていた。
「是非今から採りに行きましょう!」
「この雨の中をか!?」
洞穴の外は俺の人生で経験のないぐらいの土砂降りだ。
正直外に出たくはないのだが...
服の袖をクイックイッと引っ張られ、フリモアの方へ振り向く。
「行きましょう、マスター」
無表情なその瞳には、明らかに闘志のようなものがあった。
お前も食い意地側だったのか、フリモアよ。
女子2人の圧に押され、俺はしぶしぶキノコ探索を了承した。
外へ出る前に、一応フーガに声を掛けに行った。
俺たちの話を聞いて、ようやく晩飯の時間だと気づいたようだった。
「こんな土砂降りの中、外に出ていくのか⁉」
俺とほとんど同じリアクションだ。
最終的にフーガも女子2人の圧に負けて、俺たちの外出を許可することになった。
「追手がいるかもしれないから気をつけろよ」
フーガは心配そうな顔をしながら、レインコートを3人分手渡してくれた。
俺たちはフーガ号からバギーを取り出し、3人で雨の降り注ぐ暗い森へと飛び出した。
「アニキ!子どもが3人出てきやしたぜっ!」
フーガ号を停めている洞窟から少し離れた小高い丘の木の陰で2人の男が洞窟の様子を伺っていた。
「今のうちにフーガの奴をやっちまいますか?」
スキンヘッドの男は双眼鏡を覗き込み興奮で鼻息を荒くしながら報告を上げる。
「馬鹿野郎、俺たちの目的は白のソウル・パンツァーだ。ガキどもの方を追うぞ」
アニキと呼ばれた男は洞窟の方向を冷徹な眼差しで睨みつける。
「アイツを殺すのは最後だ。まずはガキどもを襲い、あいつの吠え面を拝むとしよう」
ニヤリと笑う男の腕には黒色のブレスレッドが嵌められていた。