選択
薄暗い部屋の中で誰かが泣く声が聞こえる。
ここは病室かどこだろうか?
「頼む、死なないでくれ!」
泣いているのはどうやら男性のようだった。
ベッドに横たわる女性の手を掴みながら必死になって叫んでいる。
2人の顔は暗くてよく見えないが、歳は20代か30代くらいに見える。
男性は白衣を着ているので、もしかしたら医者なのかもしれない。
そうなるとここは病院だろうか。
小さな疑問が次々に浮かぶが、ぼんやりとした頭では答えを導くことはできなかった。
「私のお願い、聞いてくれる?」
弱々しい女性の声が聞こえる。おそらく、もう長くはないのだろう。
「私の...」
同じ言葉が頭の中でリフレインする。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
ハッとなり目を覚ます。どうやら夢を見ていたようだ。
覚醒しかけの脳みそでこれまでことを思い出す。
そういえば砂漠でサソリ型の兵器と戦った後、気絶したような気がする。
気絶する直前に確か...
そこで頭にやわらかい感触があることに気づく。
誰かが枕を置いてくれたのだろうか。ひんやりと気持ちがいい。
「お目覚めですか、マスター?」
その透明感のある声を聴いた瞬間、俺の脳は完全な覚醒を果たした。
そういえばソウル・パンツァーの中から白髪の少女が出てきたのだ。裸の。
視線を空に向けると、少女は機械的な目で俺を見つめていた。
どうやら彼女に膝枕をされているようだ。服はきちんと着ているようだ。うん、安心した。
「君はいったい何者なんだ?」
自分でも間抜けな質問だと思うが、彼女について何も分からないのだからしょうがない。
唯一分かることは、フリモアの中から出てきたということだけだ。
「私の名前はフリモア、あなたをお守りするのが、私の役目です」
彼女は淡々とした口調でそう言った。
とりあえずいつまでも膝枕をしてもらうのは彼女に悪い(恥ずかしい)。
身体の節々が悲鳴をまだ上げているが時間をかけてなんとか上体を起こす。
辺りを見渡すと、どうもここは林の中のようだ。
心地よい風が木々を揺らし、見上げれば木漏れ日が微かに顔を出している。
さっきまでいた砂漠とは違い、とても穏やかな場所だ。
彼女、もしくはハルカが運んでくれたのだろうか。
「お、やっと起きたみたいだな。体調は大丈夫か?」
その声に振り返ると、無精ひげを生やした体格の良い男が後ろに立っていた。
身に着けているピンクのエプロンが気になる。
「びっくりしたぜ。うちのお転婆少女を追いかけてきたら、
気絶した少年とスッポンポンのお嬢ちゃんが砂漠で倒れてるんだからよ」
男はウッシッシと笑うと手に持っていた皿をテーブルに並べ始めた。
背後にあったので気が付かなかったがそこには大きな車が止まっており、
地面にはテーブルや椅子が並べられていた。
「あなたがここへ運んでくれたんですか?」
「ちょうど飯が出来たところだ。腹減ってるだろ?詳しい話は飯を食ってからだ」
太陽の位置からして3時間くらい寝ていたのだろうか。
確かにお腹はペコペコだ。なんとか立ち上がり、勧められるままテーブルに着く。
「今ハルカの奴を呼んでくるから、ちょっと待ってな」
男は俺とフリモア?が椅子に座るのを確認すると、近くに停めてある大きな車の中に入っていった。
胡散臭そうな男ではあるが、悪い人ではなさそうだ。ハルカの知り合いだろうか?
テーブルに並べられた食事からは美味しそうな匂いが漂っていた。
あの男性が1人で作ったのだろうか。どれも本格的な料理ばかりだ。
誰かの手料理を食べるのは本当に久しぶりだ。
最後に手料理を振舞われたのは孤児院にいた頃ではないだろうか。
珍しい料理ばかりなのでじっくり観察したいところであったが、
それよりも先に横に座る少女の存在を解決するべきだろう。
「さっきフリモアって名乗ったよな。つまり君はあの白いソウル・パンツァーということか?」
「そう」
「ソウル・パンツァーってのは全部人間になれるもんなのか?」
「分からない」
「いつでもロボットの状態になれるのか?」
「あなたが望めば」
質問を単調な口調で返される。そもそもソウル・パンツァーに対する知識がないので、
何を質問すればいいのかもよく分からない。
「ちょっと触ってみてもいいか?」
決して変な意味ではない。彼女のことをもっと知る必要があると思ったからだ。
フリモアがこくりと頷いたので、恐る恐る頬に触れてみる。
柔らかく、暖かい。フリモアの現在の姿は人間そのものだ。
こんな華奢な女の子が実はソウル・パンツァーだなんて、やはり信じられない。
「マスター、少しくすぐったいです。」
「す、すまん」
考え事してる間だ無心で頬を触り続けていたようだ。
フリモアに言われ、慌てて手を止める。
怒らせていないかとフリモアの顔を覗く。
フリモアは相変わらずの無表情さと無垢な瞳で俺を見つめていた。
肌は日の光を浴びたことがないんじゃないかというぐらい白く、
長い白いまつ毛も相まって儚げな美しさが演出されていた。
「あの遺跡で、どうして俺に呼びかけてくれたんだ?」
「マスターを守ることが私の使命だからです」
会話が成り立っているようで、成り立っていない気がしてきた。
それと今更だが、同い年ぐらいの見た目の女の子からマスター呼びされるのは流石に恥ずかしい。
事情を知らない奴が見たら、そういう癖があると思われないだろうか。
「正直よく分からない事ばかりだ。だけど一つだけ言わせてくれ。
砂漠のあの遺跡で俺の命を助けてくれありがとう、フリモア」
フリモアが呼びかけてくれなければ、俺はあそこで犬死していた。
彼女がどんな存在であろうと、俺は彼女を尊重したい。
礼を言ったからだろうか、それとも名前を呼んだからだろうか。
少し目を伏せた彼女の表情は以前読み取れないが、なんとなく喜んでいる気がした。
「ふぁ、おはようジン」
しばらくすると、車の中から欠伸をしながらハルカが出てきた。
まだ眠そうに眼を擦りながらこちらに歩いてくると、フリモアの横の席に座った。
「裸のままじゃどうかと思ったから、私の服を着せてあげたわ」
「感謝します、ハルカさん」
俺が寝ている間にハルカとフリモアの間で既に交流があったようだ。
「ジン、体はもう大丈夫なの?」
「なんとか体が動くくらいには」
最後に無精髭の男が席に着き、いただきますの号令とともに食事会は始まった。
とりあえず腹ペコなことに変わりはない。体力を回復するためにも食事をいただこう。
目の前にあったスープの入った器を手に取り、スプーンで抄って口の中に入れる。
口の中一杯にトウモロコシの優しい風味が広がる。濃厚かつトウモロコシ本来の甘さもある。
舌触りは滑らかで手間をかけた料理であることが伝わってくる。
その美味しさに思わず笑みがこぼれる。
顔を上げると無精髭の男がニコニコしながらこちらを見ていた。
「お口に合ったようで何よりだ」
食べてるところ見られなんとなく気恥ずかしくなる。
「それじゃ自己紹介といこうか。俺の名前はフーガだ。
世界を股に掛けるトレジャーハンターチーム、フーガ団のリーダーだ。よろしくな」
無精髭の男...フーガは不敵な笑みを浮かべ俺に握手を求めてきた。
その腕には銀色のブレスレッドが光っていた。この人もパンツァー乗りなんだろう。
「俺はジン。よろしく」
こちらも腕を伸ばし握手を返す。頼りがいのありそうな大人の大きな手だ。
「自己紹介ついでに礼を言わせてくれ。ハルカから大体の話は聞いている。
うちの団員の命を助けてくれてありがとう」
先ほどまでの胡散臭さが嘘のような真面目な顔つきでフーガは俺に頭を下げた。
大人に頭を下げらる経験がないので、少し面食らってしまった。
「よしっ!それじゃあ、状況の整理からしていこうか」
そう言って顔を上げるころには、フーガはまた胡散臭い笑みを浮かべていた。
「まずはそちらのお嬢ちゃん、フリモアについてだ。
俺も長いことトレジャーハンターとして世界中を回っているが、
人間に変化するソウル・パンツァーなんてのは聞いたことねぇ」
やはりフリモアは珍しいタイプなのか。
「砂漠にいるサソリ型の兵器と戦ったろ?
あれはモルピウスって名前なんだが、
元々は国境線上の監視目的に作られた兵器だ。
いくら暴走状態とは言え、戦闘データぐらいは国も見てるだろう」
そこでフーガは一呼吸おいた。つまり、フーガが言いたいことは...
「おそらくジンとフリモアは既に国にマークされてるだろうな」
自分なりに慎ましく生きてきたつもりだったが、まさか国に狙われる立場になろうとは。
「そもそも国が珍しいソウル・パンツァーの情報を見逃すわけない。
はなからフリモアを奪うためにモルピウスが配置されていた可能性もある」
元々サソリ型兵器もといモルピウスは長時間砂漠に居座らなければ滅多に見つかることはない。
そう考えると砂漠をちょっと通過しようとしただけのハルカがモルピウスに襲われたのは不自然だ。
「ってことはここでのんびりしているのも危ないんじゃ!?」
国の軍隊がどのような行動に出るかは分からないが、
最悪フリモアを奪うために命を狙われる可能性もある。
なにしろ、ソウル・パンツァーを所持しているだけで犯罪者になってしまうのだから。
「一応対策はしてあるから、すぐにここが見つかることはない。
だからジン、今ここで選ぶんだ」
俺に用意された選択肢は2つ。
フリモアを手放し日常に戻り、ひっそりと暮らした行くか。
フリモアを手放さず、この先お尋ね者として堂々と生きていくか。
正直面倒ごとに巻き込まれるのは好きではない。
人生を上手く生きてくのであれば、ここでフリモアを渡してしまう方がリスクは低いだろう。
横に座るフリモアの顔を見る。フリモアはフーガが話している間、黙って俺を見つめていた。
その無表情な顔から感情を読み取ることは出来ない。
「フリモアはどうしたい?」
なんとなく、俺1人で決めてはいけない気がした。フリモアを物として扱いたくなかった。
「私はマスターと共にいたいです」
俺も同じ気持ちだった。フリモアとは今日初めて会ったばかりなのに、
一緒にいなくてはいけないという使命感を感じるのだ。
今ここで離れてはいけない。俺はもっとフリモアのことを知らなければいけない気がする。
「俺はフリモアのことをもっと知りたい。
あんたに付いていけば、ソウル・パンツァーのこと色々分かるか?」
フーガはニヤリと笑い、高らかに答える。
「俺たちは世界を股に掛けるフーガ団だぜ。
お嬢ちゃんの謎もそれ以外の謎も、全部解き明かしてやるよ!」
自身に満ち溢れた回答だった。ハルカは尊敬の眼差しでフーガを見ていた。
きっと良いリーダーなのだろう。
「これから世話になる。よろしく頼む」
「おうっ!これからよろしくな!」
固い握手を結ぶ。
横で聞いていたハルカがパチパチと手を叩いて歓迎してくれた。
話がまとまったところで食事会はお開きとなった。
とりあえずの目的地はフーガ団のアジト、そこでこれからの計画を練る。
アジトまではここから何日か掛かるとのことだった。
皆で横に停めてあった大型の車に乗り込む。
装甲車のような見た目で武装もされていたが、
中は生活スペースになっていて案外リラックス出来そうだ。
俺が載っていたバギーも砂漠を出るときに積んでおいてくれたらしく、荷台に載っかっていた。
想いでのあるバギーなのでありがたかった。
「お前ら準備はいいか?」
席に座ると、運転席からフーガが話しかけてきた。
俺とフリモア、そしてハルカは同時にこくんと頷く。
「よしっ、じゃあフーガ号の出発だ!」
大きな音を立ててエンジンが吹かされる。
それにしても、フーガ団の時から思ってはいたが、ネーミングセンスが安直過ぎやしないだろうか。
そのまま急発進したフーガ号はぐんぐんスピードを上げて林の中を抜けていく。
無気力に生きていた俺の人生の歯車が、ようやく回り始めたような気がした。
林の中をフーガ号が駆けていく。
俺たちは座席に座り、外の景色を眺めていた。
ふと、ハルカが口を開いた。
「そういえば急な出発になっちゃったけど、家族とかに挨拶はしなくていいの?」
フーガも気になったようで、運転席から聞き耳を立てていた。
「いや大丈夫。俺に家族はいないよ」
そう言って再び窓の外を見つめる。戦争孤児だった俺に血のつながった家族はいない。
窓の外はいつの間にか暗くなっていた。
時間的にもそろそろ夕方だが、どうやら雲がかかってきたようだ。
窓ガラスには既に雨粒が付着している。
ポツポツと降ってきた雨は数秒もすれば土砂降りになっていた。
雨はあまり好きじゃない。特に大雨の日には決まって良くないことが起こるのだから。