目覚めの時
名前も知らぬ少女を乗せ、灼熱の砂漠をバギーで駆け抜ける。
汗ばむ額を拭く余裕もないぐらいに、俺は追い詰められていた。
砂漠の起伏にハンドルを取られないように、だが決してスピードを緩めてはいけない。
理由は明白で、後ろからサソリ型の殺人兵器がもの凄い速度で俺たちを追いかけてきているからである。
どうしてこんな砂漠のど真ん中で地獄の鬼ごっこをしなければいけないのか。
熱さと疲労でぼんやりとしてきた頭の中で今日の出来事がフラッシュバックしていた。
目覚ましのアラームが鳴り目を覚ます。
差し込む光に耐え切れず重たい瞼を開けると、丁度お日様が地平線から出てきたところだった。
軽く朝食をすませ、目の前に広がる砂漠へとバギーを走らせる。
今いるアファング砂漠は2つの国の国境線上に位置しており、
戦時中はここで何度も戦いが起きたそうだ。
おかげさまで砂漠のあちこちには兵器に使われていたであろう機械の部品が散らばっている。
これを集めて売るのがここ最近の生活基盤である。
戦争が終結して15年、実際は軍事力を蓄えるための冷戦状態という噂だ。
そのおかげかどうかまでは分からないが、こうした機械部品は国が良い値段で買い取ってくれるのだ。
「日が高くなるまでには済ませるか」
この砂漠に今も部品が放置されいる理由の一つがこの砂漠の暑さだ。
日が高く昇っている間はそう何時間も作業は出来ない。さっさと終わらせてしまおう。
この砂漠にほとんど人が寄ってこない理由はもう一つあるのだが、今はそれを考えないことにする。
1時間くらいが経過しただろうか。
バギーに取り付けてある運搬用のカゴは機械部品で一杯になっていた。
これだけ拾えば1週間は生活に困らないだろう。
一休みしようとしたところで、遠くから鳴り響く衝突音のようなものに気付く。
何事かと音のする方を見ると、巨大なサソリの形をした兵器と
赤い人型のロボットが戦いを繰り広げていた。
あの大きなサソリこそが砂漠で機械部品が回収されずに残っているもう一つの理由だ。
全身が黒鉄で出来ているあのサソリは戦時中に敵を迎撃するために配置されたものらしいのだが、
戦争が終わった今となっては、暴走して敵味方関係なく切り裂く恐怖の殺人兵器と化していた。
それよりも気になるのは、サソリ型兵器と戦っている5mほどの大きさの赤い人型のロボットの方だ。
よくよく見ると背中の部分に金髪の女の子が乗っているのが見える。
背中に乗り場がある独特なフォルムのロボット、あれはもしかすると...
いや、冷静に分析している場合ではない。どうも少女の乗るロボットの方が劣勢のようだ。
2倍の体格差はあるだろうサソリ型兵器に力で押し負けているようだ。
「仕方ない、行くか」
バギーと運搬用カゴの連結を外し、すぐさまバギーのエンジンをかける。
鉄くずの回収は明日にお預けだろう。俺は少女を助けるべく、勢いよくバギーを走らせた。
「なんでこんなところで足止めを食らわないといけないのよ!」
灼熱の砂漠の中、サソリ型の兵器と戦いながら少女は後悔していた。
この砂漠の遺跡にに眠る宝の場所をつきとめたところまではよかった。
しかし、功績を上げようと仲間に内緒で1人砂漠に出てきたのは間違いだった。
まさか砂漠のど真ん中でこんな大型の兵器と遭遇するなんて。
足場の悪い砂漠での戦闘は経験にない。
しかもこのサソリ型兵器は砂漠での運用に適しているのか、熱に対する耐性が非常に高い。
炎を操る私のライトリッヒとは相性が悪すぎる!
となると選択肢は打撃による格闘戦しかないが、相手のサソリの方がデカく硬く分が悪い。
しかもサソリ型の兵器の両腕には凶悪な黒鉄の鎌がついており、
あれで何度も攻撃されたらいくらパンツァーといえどバリアが持たないだろう。
はっきり言って勝てるイメージが全然沸かない。
生存の可能性を探れば探るほど、死の恐怖が頭をよぎる。
「弱気になっちゃダメなのに!」
少女はライトリッヒと呼ばれるロボットを巧みに操り、
襲い掛かる黒鉄の鎌を次々といなしていくが、その動きは徐々に俊敏さ失い、弱々しさを増していく。
次第に腕で鎌をはじき切れなくなり胴体への攻撃を許すが、バリアのようなものでなんとか直撃を防ぐ。
「もう駄目!このままだとバリアを割られちゃう!」
腕では捌き切れない攻撃の数は少しずつ増えていき、バリアは次第にひび割れていく。
少女は徐々に死の恐怖に飲まれていき、その瞳には涙が浮かんでいた。
「嫌だ!まだ死にたくない!」
まだ団長に一人前だと認めてもらってない。こんなところで1人で死ぬなんて嫌だ!
なんとか自分を奮い立たせようと涙ぐむ瞳で敵を睨む。
しかしそんな気持ちはむなしく、大きな黒鉄の鎌が少女を狙い振り下ろされようとしていた。
「当たれっ!」
突如銃声が鳴り響く。サソリ型兵器は雷に打たれたかのようにビリビリと体を震わせながら、
鎌を振り下ろそうとする体勢のまま動きを止めていた。
「動きを止められるのは数秒だけだ!早くこっちに飛び乗れっ!」
声のする方を振り返ると、バギーに乗った少年が手を伸ばしながらこちらに近づいてきていた。
迷う余裕はなかった。ライトリッヒの背中からバギー目がけて勢いよく飛び込む。
そして時は現在に戻る。俺たちは再び動き出したサソリ型兵器に追われ、地獄の鬼ごっこを始めていた。
「助けてくれて本当にありがとう!」
先ほどバギーに乗り込んだ少女は涙を浮かべながら感謝を述べた。
彼女の腕には先ほどまではなかった赤いブレスレッドが巻かれている。
そのブレスレッドの正体は先ほど少女が乗っていた赤いロボットだ。
彼女がロボットから降りた後、光の粒子となって消えたかと思うと、
少女の腕に光が集まりブレスレッドを形成するところを目撃した。
「なんでパンツァー乗りがこんなところを1人でうろついてたんだ?」
特徴から見て、彼女が乗っていたのはソウル・パンツァーと呼ばれる
古代の技術で作られたロボットだろう。
現代の兵器では考えられないような特殊な能力を持っているという噂で、
普段はブレスレッドの形で携帯しているという話を聞いたことがある。
実物を見るのは生まれて初めてだ。
「ちょっとここに用事が...きゃあっ!」
少女の言葉を遮り、サソリ兵器ご自慢の鎌がバギー真後ろの地面に突き刺さり大きな砂埃が舞う。
サソリ型兵器は深々と鎌を刺しすぎたのか、動きを止め、すぐには追ってこない様子だ。
「詳しい話は後にしよう!とりあえず逃げ切るのが先だ!」
「それならこの先に遺跡があるわ!そこなら隠れられると思う!」
サソリ型兵器とは距離が開いたが、まだまだ油断は出来ない。
少女の案内で俺は遺跡に向かってバギーを走らせた。
しばらく進むと、今まで存在を知らないのが不思議なほど大きな遺跡に辿り着いた。
遺跡の中は薄暗く、通路も狭そうだ。バギーは入り口近くに隠しておき、
懐中電灯で中を照らしながら歩いて中を進むことにした。
「こんな場所よく知ってたな」
アファング砂漠にはよく来るがこんな遺跡があるとは知らなかった。
この大きさなら遠くからでも見えそうなものだが。
「私の仲間がつい最近発見したのよ。最近になって現れた古代の遺跡の一つらしいわ」
仲間、ということは何かのチームに所属しているのだろうか。軍隊とかじゃなければいいが。
それよりも気になるのはこの遺跡だ。この遺跡に入るのは初めてのはずなのに何故だか既視感がある。
昔ここに来たことがあるような、とても懐かしい感覚に囚われる。
だが、今気になるのは遺跡ではなく彼女の方だ。
パンツァー乗り、というよりソウル・パンツァーは希少なもので、
そこら辺に転がっているようなものではない。
彼女は自分と同い年ぐらいに見えるので歳は15歳前後だろうか。
そんな若さでソウル・パンツァーに乗っているということはやはり軍の関係者だったりするのだろうか。面倒ごとはなるべく避けたいが。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はジン。仕事は...ジャンク屋ってところかな」
まあ鉄くずを集めて売っているだけなのだが。
戦争によって荒廃したこの世界では生きていくだけで一苦労だ。
「私はハルカ。改めて礼を言わせて、さっきは助けてくれてありがとう」
彼女は笑顔で握手を求めてきた。同世代の女の子と関わるのは久しぶりだ。
緊張で汗ばんだ手をズボンで綺麗に拭ってから握手に応えた。
「ところで遺跡の奥に向かって進んでるみたいだけど、この先に何かあるのか?」
遺跡の通路は迷路のようになっていて、すでに自分が遺跡のどこにいるかもよく分からない程だ。
それなのにハルカは迷う素振りも見せずにどんどん奥へ奥へと向かっていく。
「私は元々、この遺跡の奥にあるお宝を取りに来たのよ。
安心して、仲間が事前に印をつけてくれてあるから道はあってるわ」
そういって彼女は自身の懐中電灯で壁の一部分を照らした。
暗くて気付いていなかったが、壁をよく見るチョークで印のようなものが書かれている。
これを頼りに進んでいたのか。
「さっきから言っている仲間っていうのは?」
「まだ言ってなかったわね。私はトレジャーハンターの一員なのよ」
トレジャーハンター、ソウル・パンツァーのような古代技術の遺産を探し求める集団だ。
ちなみに古代技術により作られたものはすべて国の管理であるため、
トレジャーハンターは犯罪者集団と捉えることもできる。
だが彼女からは悪人という雰囲気は感じない。彼女に対しての警戒は今は必要ないだろう。
「でも君の仲間はなんで宝を見つけたのに持ち帰らなかったんだ?」
「それは、ここにある宝っていうのが...」
話しながら歩いているといつの間にか大きな空間に到着していた。
天窓、もしくは天井に隙間があるのだろうか。薄暗い遺跡の中に一筋の光が差し込んでいた。
どこか神秘的なものを感じるその光の先には白い装甲に身を包んだ美しいロボットが佇んでいた。
それを見た瞬間、この遺跡に感じていた既視感がさらに強くなる。俺はこのロボットを知っている?
「あれが、この遺跡のお宝。ソウル・パンツァーよ。
起動していないソウル・パンツァーは選ばれた人間にしか動かすことができないの」
ハルカはソウル・パニッシャーに近づくとペタペタと触り始めた。
「私も起動していないソウル・パンツァーを見るのは初めてなの。触るだけでは起動しないのかしら?」
少なくともソウル・パンツァーに乗れるからといって、
他のソウル・パンツァーを起動できるわけではないようだ。
それにしても、ハルカは起動方法もよく分からないのにここまで一人で来ようとしていたのか。
あまり考えずに行動するタイプなのだろうか。
そんな失礼な考えはさて置き、自分も近くでソウル・パンツァーを見てみることにした。
古代技術により造られたオーパーツという話だが、外見からはそんな風には感じ取れない。
むしろ未来からきたロボットと言われた方がしっくりくる。
「駄目ね、全然作動しない。私には適性がないのかしら。
人によって適性のあるソウル・パンツァーは違うらしいから」
ハルカはがっくりとうなだれていた。
「このソウル・パンツァーが起動できれば、あのサソリ兵器を倒せるかもと思ったのに」
なるほどそういう魂胆だったわけか。遺跡の通路は狭い作りになっていたので、
あの大きな兵器がここまで入ってくる可能性は少ないだろう。
だが、いつまでも遺跡の中にいるわけにもいかない。対抗策は確かにあった方がいい。
「でも君のパンツァーでも勝てなかったのにこいつで勝てるのか?」
「私のパンツァー、ライトリッヒは炎を操る力を持っているの。
生憎あのサソリ兵器は熱に強いみたいで全然効かなかったのよ」
つまりこいつの能力次第ではここからすぐに脱出できたかもという訳か。
ハルカはしばらく白いパンツァーの周りをウロウロした後、
石の上に座り込んでこれからどうするか考え込んでしまった。
俺は暇を持て余したので、じっくりとパンツァーを見てみることにした。
黒い骨格部分とそれを覆う白い装甲は思ったより華奢なデザインだ。
人型のロボットが軽装の鎧を着ているイメージだろうか。
大きさは4mくらい。ハルカのライトリッヒよりもサイズは小さそうだ。
起動できたとしても単純な力比べでは、あのサソリ型兵器は倒せないだろう。
ふと、装甲の一カ所に文字のようなものが刻まれていることに気づいた。
古代の言語だろうか。考古学者でもないただの人間には読めるはずもない。
なのにどうしてだろうか。書いてある文字の読み方が分かる。
まるで初めから読み方を知っているような。
「フ...リ...」
文字を読み上げようとしたその時、突如として遺跡が揺れはじめた。
「ジン、危ない!ライトリッヒお願い!」
こちらへ走って来たハルカに頭を押さえられ、共に身を低して屈みこむ。
ハルカのブレスレットから現れたライトリッヒがその上から覆いかぶさり、
天井から降り注ぐ瓦礫から身を守ってくれた。
「いったい何が起きているんだ!?」
突然のことに理解が追い付いていない。揺れが収まったのを確認し、
ライトリッヒの下から頭を出して辺りを確認する。
「天井よ!」
ハルカが天井を指さしながら叫んだ。その方向に視線を移すと、
そこには天井に空いた大きな穴から顔を覗かせるサソリ型兵器の姿があった。
まさか、この遺跡の外側を登って追いかけてきていたのだろうか。尋常じゃない執念だ。
サソリ兵器は内側の壁を伝って下へ降りながら嘗め回すようにこちらを見ている。
急いで瓦礫の山から飛び出し、部屋の入口に向けて走り出す。
あの狭い通路まで逃げ込めばなんとかなるかもしれない。
しかしサソリ型兵器は俺たちにそんな余裕を与えてくれはしない。
壁を降りる途中で足を止めると、そのままこちらに向かって飛びかかってくる。
「オラァ!」
ハルカが叫びながら拳を振るう。連動するように動いたライトリッヒの拳がサソリの巨体を弾き飛ばす。
弾き飛ばされたサソリ型兵器は大してダメージを受けていないようだ。
すぐに起き上がり両腕の鎌を構えながらこちらに向かって動き始めた。
ハルカはライトリッヒの背中にサッと飛び乗り、サソリ型兵器へと向かっていく。
サソリ型兵器が反応するよりも先に両腕の鎌をライトリッヒの太い腕が掴んだ。
「ジン、今のうちに逃げなさい!」
「君を置いて逃げれるわけないだろ!」
先ほどの瓦礫のダメージでライトリッヒのあちこちから火花が散っている。
元々戦闘で疲弊していたところに瓦礫の落下によるダメージ。
いくらソウル・パンツァーとはいえもう限界のはずだ。
このままハルカを置いていけば、それは見殺しにすることを意味する。
しかし電撃銃はもう使えないし、バギーも遺跡の入り口に置いてきてしまった。
ここで手をこまねいていても、俺にできることなんてないのかもしれない。
「助けてくれて嬉しかったわ。あなただけでもなんとか生きて!」
ハルカはそう言って笑顔を見せた。初めてサソリ型兵器に襲われていた時、彼女は泣いていた。
今だって恐怖を感じているはずだ。無理をしているに決まっている。
「ハルカ...」
言葉を返そうとしたその時、ハルカとライトリッヒは俺の目線の外へと吹き飛んでいった。
サソリ型兵器に力づくで投げ飛ばされたのだ。
慌てて視線を動かしたときには、ライトリッヒは壁に叩きつけられ、
ハルカは床に倒れて動けなくなっていた。
サソリ型兵器はそのまま何食わぬ顔で、
なんとか立ち上がろうと体を震わせるハルカの方へ向かっていく。
このままだとハルカは殺されてしまう。もう考えている猶予は残っていなかった。
俺はとっさにサソリ兵器に向かって地面に崩れ落ちていた瓦礫を拾って投げた。
瓦礫は綺麗な放物線を描き、サソリ型兵器の頭部に直撃する。
一瞬動きを止めたサソリ型兵器はこちらを振り返り、今度はこちらに向かってにじり寄ってくる。
全身が金属でできたその黒鉄の体には、人間一人の力では傷を与えることすらできないだろう。
それでも、なんとかハルカが起き上がるまでの時間稼ぎをしなければ。
サソリ型兵器はもうすぐそこまで迫ってきていた。
恐怖で竦む体をなんとか動かし、振り下ろされたの一撃を辛うじて躱す。
戦えないのなら逃げるしかない。しかし、すぐに瓦礫の山に逃げ道を阻まれる。
もう逃げ道などどこにもない。これ以上の時間稼ぎは無理だ。
この僅かな時間で彼女は逃げれるだろうか。もしかしたら犬死にかもしれない。
だが、女の子1人置いて逃げ出すよりはいくらかマシな選択だっただろう。
そんなことを考えながら死の覚悟を決める。
「私の名前を呼んで...」
それでもやはり死の恐怖というものには勝てないのだろう。
なんとか冷静を保っているつもりだったが、頭の中に幻聴が聞こえてきた。
「私の名前を呼んで...」
透き通った女性の声だ。聞き覚えのない声だが、似たような感覚に覚えがある。
この遺跡に入ってからずっと感じていた、懐かしい感覚。それをこの幻聴に対して感じていた。
いや、幻聴にしてはハッキリと聞こえる。俺はサソリ型兵器への恐怖も忘れ、後ろを振り返る。
そこには瓦礫の山がある。先ほどライトリッヒに守ってもらった場所だ。
声はその瓦礫の中から発せられているような気がする。
この場所には、遺跡に眠っていた白いソウル・パンツァーがあったはずだ。
「この声は正体はお前なのか?」
俺は一か八か賭けてみることにした。このソウル・パンツァーに。
再び前を向く。サソリ型兵器はすぐそこまで来ていた。
黒鉄の巨体が俺を見下ろしながら鎌を振り上げる。
もう猶予はない。その鎌を真正面から睨みつけながら俺は叫ぶ。
「頼む、フリモア!」
サソリ型兵器の鎌の振り下ろす鎌が空中で動きを止める。
攻撃を止めたのではない。俺の背後から伸びた腕が鎌を掴んで離さないからだ。
白いソウル・パンツァーは瓦礫の山を払いのけ、俺の横に並び立つ。
フリモア...こいつの白い装甲に刻まれていた文字だ。
それがこのソウル・パンツァーの名前、起動方法だったんだ。
フリモアが鎌を押さえている隙に背中に乗り込む。
たしかハルカは背中に乗ってライトリッヒを操っていたはずだ。
操縦桿の様なものを探すが、そこには持ち手のグリップがついているだけで、他には何もなかった。
マズイ、ここまで来て操作方法が分からない。
そうこうしているうちに、サソリ型兵器はもう片方の鎌をこちらに突き刺そうとしてきた。
「やばい、なんとか守ってくれ!」
フリモアはひとりでに動き出し、迫りくる鎌をもう片方の手で掴んだ。
俺の声に反応してフリモアが自動で動いたのか?違う、そうじゃない。
初めの鎌を防いだとき、俺は頭の中で鎌を掴むイメージをしていた。
おそらくソウル・パンツァーは頭で念じるだけで操作することができるのだ。
頭の中で次の動きをイメージする。サソリ型兵器の両鎌を掴んだまま、思いっ切り壁にぶん投げろ!
フリモアはイメージのままにサソリ型兵器を横に振り回し、遺跡の壁に向かって放り投げた。
サソリ型兵器が壁と衝突し、遺跡全体が大きく揺れる。
あまり派手な戦い方をし過ぎると、遺跡が崩れてしまいそうだ。
まだこの部屋で倒れているハルカに気を配らなければ。
壁に叩きつけられたサソリ型兵器は相変わらず大したダメージを受けていないようで、
すぐに立ち上がってきた。
あのサソリ型兵器は全身が硬い黒鉄できている。
あの硬度を打ち破らないとダメージは与えられないだろう。
再びこちらに向かってくるサソリ兵器を見据えながら頭で作戦を考える。
突破するためには一点に攻撃を集中するしかない。
見たところフリモアにはこれといった武装はついていなさそうだ。
拳での攻撃だけでなんとかしなければ。。
俺はフリモアが鋭い拳をサソリ兵器に叩きこむイメージをした。
より鋭く、より貫けるようにイメージを洗練させていく。
俺のイメージに呼応するかのようにフリモアの両腕が白く輝き出す。
エネルギーのようなものが集中しているのだろうか?
白い光は次第に物理的に形を成していき、腕の白い装甲の隙間から伸びるように
白い剣のようなものが形成された。
「これなら貫けるかもしれない!」
頭の中で拳を繰り出すイメージをする。
真っ直ぐに繰り出された白い剣はサソリ兵器の頭を捉えるがその硬さに弾かれてしまう。
傷をつけることは出来たが、貫くまでには至らなかった。
「まだまだぁっ!」
拳を連打するようにイメージし、がむしゃらに剣を突き刺す。
しかし、サソリ型兵器に浅い傷を残すだけで、大きなダメージは与えられない。
こちらの攻撃を意にも介さず、サソリ型兵器は再び鎌を振り下ろす。
フリモアはバリアのようなものを展開し、その攻撃を防ぐ。
このバリアはソウル・パンツァーに備えらている能力だろうか。
強力なバリアだが、長時間の攻撃は耐えられそうもない。
サソリ型兵器の続けざまの攻撃をバリアで防ぐたびに心が削られていくような感覚がある。
このまま攻撃を受け続けるのはマズイ。
「感情を高めるのよ!」
突然ハルカの声が聞こえた。そちらを振り向くと、
倒れていたハルカがなんとか体を持ち上げ、こちらに向かって叫んでいた。
「ソウル・パンツァーは人の精神を力に変えるパワーがあるの!
強い感情を抱けば、それだけパワーが増すわ!」
攻撃が効かず焦っていた自分の心を一旦落ち着かせる。
奴を倒すために強い感情を呼び起こさなければ。
今抱ける一番強い感情はなんだろう。
サソリ型兵器に対する怒り?それとも生きたいという願望だろうか。
いや、そのどちらでもない。勝手に体が動いてしまうような強い想い。
俺にとってのそれは誰かを失いたくないという気持ちだ。
ハルカとは今日出会ったばかりだが、既に友情のようなものを感じている。
自分が死ぬかもしれない状況で、ハルカは俺の命を優先してくれた。その気持ちに応えたい。
今ここで俺が死ねばハルカも殺されてしまう。だから俺は負けるわけにはいかない。
自身の心の高鳴りに呼応するように、フリモアの全身が白く輝き出す。
両腕の刀身はさらに強い輝きを放ち、フリモアの背中からは
翼が生えたように白い光のエネルギーが噴き出す。
「いけぇぇぇっ!!!!」
背中から吹き出る光が推進力となり、瞬間的に加速したフリモアは
両腕を前に突き出し回転しながらサソリ型兵器の体を捉える。
サソリ型兵器にぶつかってもその勢いは止まらず、
そのままサソリ型兵器を押し出し遺跡の壁へとぶつかる。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!」
無我夢中で叫び声を上げる。輝く白い剣はサソリ型兵器の体に少しずつ亀裂を作り、
最後にはサソリ型兵器ごと遺跡の壁を突き破った。
大きな風穴を開けたられた大きなサソリは、ついにその動きを止める。
その黒鉄の体全体に亀裂は広がっていき、そのまま黒い灰となって粉々に崩れ去っていった。
体が悲鳴を上げている。俺はグリップから手を放し、灼熱の砂漠の上にゴロンと倒れこむ。
ついにあのサソリ型兵器を倒した。しかし、砂の熱さを気にする余裕もないほど体は憔悴していた。
どうやら自分が思っている以上に、ソウル・パンツァーの操縦は体力を消耗するようだ。
「ジン、大丈夫!?」
残った力でなんとか頭を上げると、駆け寄ってきたハルカが心配そうにこちらを見つめていた。
「ハルカこそ無事だったか?瓦礫でケガとかしてないか?」
随分と無茶な戦い方をしてしまった。戦いの余波に彼女を巻き込んでいなければよいのだが。
「人の心配ばっかりして...本当にありがとう」
数秒、俺たちは何も言わずにお互いを見つめ合っていた。
恥ずかしいような嬉しいような、そんな空気が辺りに充満していた。
「そ、そういえば早くパンツァーをブレスレッドにした方がいいわよ。
出してるだけで体力を持ってかれちゃうんだから」
空気に耐えられなくなったであろうハルカが恥ずかしそうに目線を外しながら教えてくれた。
「どうやってブレスレットにするんだ?」
「簡単よ。パンツァーを操作するときみたいに頭の中でブレスレッドに戻るように念じるのよ」
なるほど、頭の中の指示だけでそんなことまで出来るのか。
全身が鉛のように重く怠い。フリモアには一刻も早くブレスレッドになってもらわなければ。
俺はフリモアの方に顔を向ける。
こいつが俺に呼び掛けてくれなければ、俺はあそこで殺されていただろう。
感謝の気持ちを込めながら、俺は頭の中で「戻れ!」 と念じた。
念じた後で気付いたが、フリモアは元々はブレスレッドではなかったのだから、
戻れという指示は正しくなかったかもしれない。
フリモアは白い光に包まれながら形を変えていく。どうやら先ほどの指示でしっかり伝わったようだ。
「あれ、何か変ね」
ハルカが訝し気な声を上げる。確かに何か変だ。
白い光は少しずつサイズを縮小していったが、人1人分ほどのサイズになったところで縮むのを止めた。
そのまま白い光は晴れていき、そこから出てきたのはブレスレッドなどではなく、
なんと白髪の少女であった。
いや、今の情報は正確ではない。
正しくは、光の中から美しい白髪の似合う裸の美少女が現れた、である。
光の中から現れたその少女はそのまま仰向けに倒れていた俺の体の上に覆いかぶさるように
ふわりと落ちてくると、透き通るような声でこう言った。
「戦闘お疲れ様です、マスター」
俺にはもう疑問を口にする体力は残っていなかった。
砂漠の暑さと戦いの疲労、そして裸の少女は15歳の男子には強すぎる刺激だ。
俺は混乱した頭で「お疲れ様」とだけなんとか返し、そのまま眠るように意識を失った。