幽霊サンタ
「ギフト企画2009」参加作品です~
参加表明したものの、なかなかストーリーが浮かんで来ませんでしたが、ある日ふとサンタの衣装姿の少年が頭に浮かびストーリーが思い浮かびました。
もしも時間を戻すことが出来て、もう一度あの日をやり直せるとしたら、
僕は違う選択を選ぶだろうか?
あの日から一年が過ぎていた。
気がつくと、僕はクリスマスイブの繁華街に立っていた。
あの日と同じように、夕暮れの街は色とりどりのイルミネーションに包まれて華やいでいた。足早に家路を急ぐ家族連れ。肩を寄せ合ってゆっくりと歩いていく恋人達。世界中が喜びに満ちている一日。クリスマスのメロディと人々の笑い声が、街中に溢れている。
──雪だ。
ふわりと一片の雪が空から舞い降りてきた。クリスマスに欠かせない白い雪。やがて、暗い空からは、軽やかにふわふわと雪が降ってくる。
ワンワン! ワンワン!
空を見上げ、雪のダンスに見入っていた僕の耳に、突然犬の鳴き声が聞こえてくる。ふと目をやると、僕の直ぐ側で白い犬が尻尾をふって、しきりに吠えている。
──お前はあの時の! こんなに大きくなったんだな。
前足を上げて、じっと僕を見つめる白い雑種犬。あの時は、まだほんの小さな子犬だった。一年ぶりに僕と再会した犬は、嬉しそうに吠えている。
「プチ! プチ!」
犬の飼い主らしい女の人が、大きな花束を抱えて駆けてくる。
「どうしたの? そんなに吠えて」
彼女は外れたリードを手にとって、白い犬を引っ張る。あの犬、プチって名前だったのか……。
「今日は特別な日よ。お前を助けてくれた大切な人に感謝しなきゃ」
女の人はそう言うと、僕が立っている直ぐ側の道ばたにしゃがんで花束を置いた。そして、プチと並んで手を合わせる。その間もプチは、僕の方を見て尻尾を振っていた。
「まだ、高校二年生だったのよ……人生これからだったのに、可愛そうに……」
女の人は涙を浮かべていた。僕は冷静な目で彼女を見下ろす。
「もう、プチ、何を見ているの?」
吠えながら僕を見上げているプチを、女の人はたしなめる。
──プチ、彼女には僕が見えないんだ。
大きな花束には、名前が書かれたカードがついていた。椎野瑛斗様へ……それは、僕の名前だ。
一年前のクリスマスイブ。僕はこの場所で交通事故に遭い、この世を去った。
自分が死んだなんて、全く実感がなかった。死なんて、まだまだ遠い先のことで、自分とは無関係なことだと思っていた。まさか、こんなにも早く死ぬなんて思ってもみなかった。
けれど、『死』は、あまりにあっけなく訪れた。あっけな過ぎて、夢のようだった。今でもこれは夢の中の出来事なんじゃないかと思う。ある日、目が覚めて、気がついたら部屋のベッドの中だった、ってことになるんじゃないかと思ったりした。
でも、これは、覚めない夢。僕が目覚めることは、決してなかった。
何より、最悪だったのは、僕がアルバイト中に死んでしまったこと。何故って、クリスマスイブの繁華街。僕はサンタクロースの格好をしていた。だから、今も僕は赤い服に赤い帽子、白い袋を下げたサンタクロースのままだ。
「あれー!? サンタの呼び込み他にもいたのか? バイトは俺一人だと思ってたのに」
突然、テンションの高い声が響いてくる。聞き覚えのある懐かしい声。すぐ側のケーキ屋から、僕と同じサンタの格好をした少年が飛び出してきた。振り向いた僕と彼は、目を合わせた。僕を見る彼の目が大きく見開かれ、彼はその場に棒立ちになる。
驚いたのは、僕の方もだ。彼には僕の姿が見えるらしい。
彼の名前は、菅原朝陽。僕のクラスメイトで友人だった。
「何で……!?」
『何で!?』
僕と朝陽は、同時に声を発していた。
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そうか、そうだよ……今日は十二月二十四日! クリスマスイブで、瑛斗の命日だった。現場に現れるのも頷ける。
「知らなかったっけ、俺、霊感強いの」
出来るだけ平静を装って、俺は言う。女の人が怪訝そうに俺を見ながら、犬を連れて去って行く。見えない相手に話し掛けてる俺を、気味悪がるのも無理ないか。犬の方は瑛斗が見えてるようで、何度も何度もふり返りながら歩いて行った。
瑛斗が犠牲になって子犬の命を救った話は、今もまだ語り継がれている。彼奴らしい最期だ。死に方までクールで格好いいな。俺には真似出来ない。けど……。
「何で未だにサンタの格好してんの?」
派手なサンタの服を着た瑛斗は、全く幽霊らしくない。思わず俺は笑ってしまった。
『幽霊見て笑うか、普通……』
瑛斗はムッとする。確かに、こんな怖くない幽霊初めて見たけど、笑うのは失礼か。
「わりぃわりぃ、サンタの幽霊なんて初めてで」
言いながらも、俺の口元は自然と弛んでくる。だいたい、瑛斗がサンタクロースの格好なんてこと自体笑える。あの真面目で堅物だった瑛斗。
「やっぱ、死んだ時の格好のままなんだ」
今までバイトなんかしたことなかったくせに、いきなりケーキ屋で呼び込みのバイトなんて。
「あのさぁ、何で、去年の冬休みにバイトなんかしようと思ったんだ?」
『何でって……暇だったから』
瑛斗は目を伏せる。
「暇って、いつもは勉強してただろ。何で急にサンタのバイトな訳?」
本当は理由は分かっている。瑛斗はクリスマスに家にいたくなかったんだ。今の俺と同じ……。
「理由は、百花だろ?」
単刀直入に俺は聞く。ピクリと動いた奴の眉毛で、返事は分かった。
「百花と二人でクリスマスを過ごすのが怖かったんだよな」
死んだ奴に向かって、少々きつかったかな。けど、当たってるよな。
「お前んち、親が旅行に行ってて、百花と二人っきりだったから」
やな奴だな俺……。
『関係ない』
瑛斗はスッと俺から離れる。
「いいじゃないか、お前と百花は血が繋がってないんだから。親同士が再婚したからって、他人は他人」
瑛斗が消えないように、俺は後をつける。
『他人じゃない!』
瑛斗が声を強めて、俺を睨む。
『百花は僕の家族、妹だ』
「けど、好きだったんだろ? 百花だって、ずっとお前のこと好きだった」
『……』
瑛斗は辛そうな顔して、黙り込む。
「あいつ、最近ようやく笑うようになったんだ……」
俺だって辛い。馬鹿な事言ってるけど、本当は泣きたい気分だ。
「百花に会ってやれよ」
『百花には、僕が見えない』
「見えなくたっていいんだよ」
俺はバイトを抜け出して、サンタの格好のまま繁華街を歩いて行く。その後から、サンタの瑛斗もついてきた。
サンタの格好じゃすごく寒い。さっきからチラチラ雪が降ってくるし、俺は白い息を吐きブルブル震えながら歩く。幽霊になった瑛斗は、当然寒さなんか感じないらしく、ポーカーフェイスのままだ。きっと、裸のままだって平気なんだろうな。
勝手にバイトサボったら、明日からクビだ。ま、いいさバイトなんてどうでも良い。今日家にいたくなかっただけだし。だいたい、クリスマスなんて習慣誰が考え出したんだろう。クリスマスは大切な人と過ごすなんてこと。そんなの必要ないんだ。クリスマスはキリスト様の誕生日。ただそれだけで良いじゃないか。
むしゃくしゃした気分で歩いていたら、瑛斗と百花ん家まで到着した。ふと、二階を見上げると、百花が窓の外を眺めていた。百花もクリスマスに一人きりか……。可愛そうな気もするけど、俺はちょっとホッとした。
「一年ぶりに帰ってきたぜ」
俺は後ろを振り向き、瑛斗に声をかける。
瑛斗は立ち止まって、じっと百花を見上げていた。
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もう二度と、笑うことなんて出来ないと思った……。
目の前が真っ暗になって、二度と太陽は昇らなくて、私の人生は終わってしまったと思った。
けど、太陽は普通に昇って、お腹も空いて、気がついたら普通に笑っていた。『時間』って残酷……でも、時が過ぎてくれるおかげで、私は生きていける。
瑛斗が死んで分かったこと。いくら泣いても涙はかれないってこと。毎日、毎日、自分でも呆れるくらい泣いた。それでも涙はかれなくて、いくらでも溢れ出た。私は本気で瑛斗が好きだったんだって、はっきり分かった。
瑛斗はどうだったんだろう? 私のこと好きだったのかな? 妹としてじゃなくて……。瑛斗の気持ちは二度と分からない。
瑛斗が死んで変わったこと。クリスマスが大嫌いになったこと。私は一生クリスマスを好きになれない。クリスマスが近づくたびに、私はどんどん暗い気分になってくる。
そして、私はもう人を好きになれない。
クリスマスが早く終われば良い。ツリーもプレゼントもケーキもイルミネーションもいらない。早く街中からクリスマスムードが消えてしまえばいい。
クリスマスイブに私は一人、二階の部屋の窓から外を眺めていた。午前中に瑛斗のお墓参りを済ませた両親は、毎年恒例の町内旅行に出かけて行った。いつも通り過ごす方が、辛くないんだって、パパもママも言う。お前もクリスマスパーティに行けばいいんだって……。私にはそんな事出来ない。普通になんて過ごせない。私の中には今でも瑛斗がいっぱいいるから。クリスマスに明るい顔して笑ってなんていられない。
窓から吹いてくる刺すような冷たい風に震えていると、空からふわふわ雪が落ちてきた。去年の今日も雪のちらつく寒い日だった。私はクリスマスケーキを買って、瑛斗の帰りをずっと待っていたのに、バイトになんか行かなくて良かったのに……。
舞い落ちる雪を見上げていたら、また涙がこみ上げてきた。
「ケーキでも買って来れば良かったなぁ。クリスマスイブなんだし」
泣きたい気分の私の耳に、聞き覚えのある声が響いてくる。下を見下ろすと、サンタクロース姿の朝陽が歩いて来た。声デカイ……何、一人で喋ってるんだろ。多少いらつきながら朝陽を見てると彼と目があった。
「よっ! メリークリスマス!」
満面の笑みを浮かべて、朝陽は手を振る。私の感傷的な気分が一気に吹き飛んだ。
「クリスマスイブに一人なんて、可愛そうだと思って来てやったぜ」
「余計なお世話!」
なんで朝陽が家に来る訳? イブを朝陽と過ごすなんて冗談でしょ。だいたい、朝陽が瑛斗の親友だったなんて信じられない。今年は瑛斗がバイトしてた店でバイトして、瑛斗と同じサンタの格好なんかして! 朝陽を見てると段々むかついてくる。
「そんな怖い顔すんなよ! 寒くて死にそうなんだ、早く家に入れてくれよ」
「何しに来たのよ! 何で朝陽を家に入れなきゃなんないの? あんたと二人っきりになるなんて絶対嫌」
「二人っきりじゃないさ! 残念ながらな。お前の大好きな奴も連れて来た」
「えっ?」
何言ってるの、彼奴? 朝陽の他に誰がいるっていうの? どう見たって一人じゃない。「百花には見えないかもしんないけど、いるんだよ」
「いるって誰が?」
「瑛斗」
「はぁ……?」
「俺、霊感強いの。だからさ、瑛斗の幽霊が見えるわけ。こいつ命日にサンタの格好して、お前に会いに来たんだよ」
「……」
朝陽の言うことは訳分かんない。私は目を丸くして朝陽のまわりを見つめる。いくら見たって朝陽の他には誰もいない。
「ウソ。瑛斗なんて見えないよ」
何馬鹿なこと言ってんだろ。瑛斗が会いに来たなんて信じられない。けど……私は窓を離れると、急いで階段を駆け下りて行った。
もし、もしも瑛斗が本当に会いに来てくれたのなら、どんなに嬉しいだろう。
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一年前と何も変わっていなかった。
家も百花も……。まるで一年前に逆戻りして、今バイトから帰って来たみたいだ。『ただいま』ってドアを開けて、自分の部屋に駆け上がる。当たり前のことだけれど、僕には当たり前のことじゃない。僕はもう二度と『ただいま』って言えない。勢いよく階段を駆け上がることも出来ない。
「よく、そんなウソが言えるよね」
百花はむくれた顔してドアを開けるなり、朝陽に文句を言う。
「瑛斗が帰って来たなんて」
「ウソじゃないって。ほら、俺の隣りにちゃんと立ってるだろ」
朝陽は横目で僕を見るが、もちろん百花には何も見えてない。
「知らない。暖まったら、さっさと帰ってよ」
百花は言うなりキッチンの方へ消えて行く。僕と朝陽も後について行く。その時、奥の部屋の仏壇が見えた。仏壇が家にあるなんて想像出来なかった。仏壇っていうのは、田舎のお祖母ちゃんの家にあるもので、僕の家にあるものじゃない。けれど、それは僕の仏壇で、黒い縁取りの僕の写真が飾ってあった。高校に入学した時の写真だ。まさか、あれが遺影になるとは……。
「わりぃわりぃ。コーヒーまで入れてもらって」
朝陽は嬉しそうに百花からコーヒーを受け取る。
「瑛斗の分も入れてやれよ。彼奴コーヒー大好きだったろ」
「まだそんなこと言って、いい加減にして」
「いいから信じろよ。瑛斗もコーヒー飲むだろ?」
『あぁ、でも、飲めるのかな?』
僕に話し掛ける朝陽を、百花は怪訝そうな顔で見ている。
「砂糖とミルクは?」
『いらない。ブラックが良い』
「聞いた? ブラックだってさ」
百花はわざとらしく大きくため息をつくと、僕が使っていた青いマグカップを出してきて、コーヒーを入れる。毎日使ってたマグカップ。まだちゃんと置いてあるんだ。
「やっぱ、ケーキ買ってくれば良かった」
キッチンのテーブルについて、コーヒーをすすりながら朝陽が言う。
「今から店に戻って、ケーキ買って来ようか」
百花に言うとも僕に言うともなく、朝陽の独り言は続く。
「定番はやっぱ生クリームのイチゴだよな」
「私はいらない。食べるなら一人で食べて」
百花は冷たく言い放つとキッチンを出ていく。
「なんで? 百花はケーキが大好きじゃないか。瑛斗だって結構スィーツ好きだろ」
朝陽はマグカップを置くと、慌てて立ち上がる。
『好きなんだな、彼奴が』
僕はニヤリと笑って朝陽を見る。
「は? まさか。親友の妹を好きになるなんてさ。あまりにベタ過ぎ、あり得ない」
言いながら、朝陽の頬は見る見る紅潮してくる。分かりやすい奴。
『それもそうだな』
あっさり食い下がると、朝陽はちょっとがっかりした顔をする。もう少し突っ込んで聞いてもらいたそうだ。意地悪く無視して、僕は百花の後を追って行く。
「あ、ちょっと待てよ」
朝陽も僕の後から階段を上って来た。
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ちっ、瑛斗の奴、人をからかいやがって! 俺の気持ちなんてバレバレだな。だいたいもっと早く百花に気持ちを伝えておけば良かったんだ。そしたら、百花は俺の彼女で、百花と瑛斗はただの兄妹……。けど、俺に告白する勇気があったとしても、俺が立ち入るスキはなかった。きっと百花は小学生の頃から、瑛斗と初めてあった時から、瑛斗に恋していたんだ。
百花の部屋の開いたドアの隙間から、百花の姿が見えた。窓辺に立ってマグカップのコーヒーをすすっている。幽霊の瑛斗なら閉まったドアからでも中に入れるはずだが、瑛斗はドアの前に突っ立っていた。
俺は何をしたいんだろう? 二人の仲を取りもつ仲人か? ため息をつき、ドアをノックしようとした時、百花がクルッと振り向いた。
「そこで何してんのよ!」
血相を変えて百花が近づいて来る。
「部屋に入って来たら許さないからね!」
「待てよ! 瑛斗が来てるんだ!」
ドアノブに手をかけてドアを閉めようとする百花に、俺は叫ぶ。
「もう! いい加減にしてよ!」
「ウソじゃないって、瑛斗はお前の目の前に立ってるじゃないか!」
「えっ……?」
俺の真剣な表情に、百花は一瞬口ごもる。百花の大きな瞳が必死で見えない瑛斗を探している。
「どこよ……? どこにいるっていうの?」
「瑛斗なら部屋に入れてもいいだろ」
俺は瑛斗に目を向ける。
「瑛斗、百花の側に行ってやれよ」
百花のすぐ前に立っていた瑛斗は、ためらいがちにスッと百花の部屋に入って行った。「二人で話せばいいじゃないか。俺は消える」
「待ってよ」
下に降りようとした俺を百花が呼びとめる。
「私には瑛斗が見えない。本当に瑛斗は来てるの?」
「あぁ、百花のすぐ側にいる。お前には見えなくてもちゃんといるんだ。言いたいことがあるなら言っとけよ」
「……」
百花はまだ半信半疑みたいだが、見えない瑛斗の姿をキョロキョロと探していた。お邪魔むしの俺は、二人を残し階段を駆け下りて行く。
二人の気持ちが伝わればいいけれど……。
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朝陽がコーヒーの入った瑛斗のマグカップを持って来て、黙ってテーブルの上に置いた。まるで瑛斗がすぐ側にいるみたいに、誰もいない空間を見て、そのまま部屋を出ていった。瑛斗のお気に入りの、シンプルで大きな青いマグカップ。テーブルの上に置かれたカップからは、小さな湯気が立って、コーヒーの香りが広がる。
瑛斗は本当にこの部屋にいるの? いくら目を凝らしてみても、私には何も見えない。何も感じない。テーブルに置かれたマグカップの正面に私は座る。
「瑛斗、そこにいるの?」
空間に向かって話し掛けてみるけれど、虚しい沈黙が続くだけで返事はかえってこない。私はフーッと息を吐いて、瑛斗のマグカップを見つめる。
「朝陽に騙されたつもりで話すよ」
私はマグカップを瑛斗だと思って話し掛けてみる。
「瑛斗に言いたいことは山ほどあるよ。一晩話しても話しきれないくらい。瑛斗が死んでずっと悲しかったけど、ほんとはそれと同じくらい、ずっと腹が立っていたの」
マグカップに向かって話し掛ける自分がとても虚しい……。本当馬鹿みたい。私、何やってるんだろう。でも、その時、マグカップから立ちのぼる湯気が小さく揺れた気がして、私は話しを続ける。
「何で、犬の身代わりになって死んじゃったのよ。動物好きの瑛斗だから、助けたい気持ち分かるけど、自分が死んじゃってどうすんのよ!」
段々気持ちが高ぶってきて、また、涙が溢れてくる。
「本当馬鹿! 私のこと避けてたの分かってたよ。だからってサンタの格好してバイトなんかしなくていいじゃない。全然似合ってなかったよ。だいたい瑛斗のキャラじゃないから。なのに、死んでもサンタの格好のままなんて、かっこ悪いでしょ」
サンタの幽霊なんて笑っちゃう。私には見えないけど、直ぐ側にサンタ姿の瑛斗がいるなんて。想像すると可笑しくなってくる。思わず笑っちゃった。でも、何故か涙が溢れ出て、私の頬をつたって流れた。
「本当のこと言うよ。私、私は、瑛斗のことが大好きだった。いつも瑛斗のこと考えて、瑛斗のことしか頭になかったよ。兄妹じゃなきゃ良いのにって何度も真剣に悩んだよ。でも、でもね──」
涙が次から次へと流れ落ちてくる。瑛斗のマグカップが霞んで見える。
「瑛斗が私のこと嫌いでも良い。瑛斗に好きな子が出来ても、将来、他の誰かと結婚してどこか遠くへ行ったとしても、私のことなんか忘れちゃっても構わない。瑛斗が生きていてくれたら! それだけで良かったのに! 何で死んじゃったのよ!」
言いたいことは全部言った。瑛斗が目の前にいたら、絶対言えなかったこと……。
涙は止まらないけど、気持ちはとても軽くなった。
「瑛斗が生きてさえいてくれたなら……私は何も望まない……」
声が震えて、それ以上言葉が続かなかった。私は声を上げて泣いた。頬をつたって流れた涙が、テーブルの上にポタリと落ちる。
と、その時、不意に私のまわりの空気が揺れた。それと同時に、私の中を暖かいものが通り抜けたみたいに優しい気分になった。
──瑛斗なの……?
顔を上げて辺りを見回しても、瑛斗の姿は見えない。だけど、私は確信した。直ぐ側に瑛斗がいることを……。
ドタドタと階段を駆け上がって来る足音がする。
「百花! クリスマスケーキ買ってきたぜ!」
テンションの高い朝陽の声がして、部屋のドアが勢いよく開いた。
「あっ!」
朝陽の驚く声がする。その時、暖かい風に髪を撫でられたような感じがして、頬の辺りがふわっとくすぐられた気がした。
「お前、何、妹にキスしてんだよ!」
朝陽が空間に向かって怒ってる。
「えっ!? 何? 瑛斗がいるの? 瑛斗が私に何したの?」
泣いていたことも忘れ、私は立ち上がると朝陽に詰め寄る。
「何って、その、ほっぺにチュッて」
「えっ? えぇーっ!?」
急に頬が熱くなる。姿が見えないからって、いきなり……。嬉しいような恥ずかしいような。いつの間にか頬の涙は乾いていた。
「幽霊の瑛斗って大胆よね」
私は自然と笑顔になる。
「ケーキ、食べようよ。三人で!」
朝陽が買ってきたケーキの箱を私は奪い取る。テーブルの上に置こうとした時、瑛斗のマグカップが目に入った。カップになみなみ入っていたコーヒーが、半分以上減っている。コーヒーが大好きだった瑛斗。その時、私にも、マグカップを持ちコーヒーをススっている瑛斗の姿が見えた気がした。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
クリスマスイブの夜は更けてくる。
朝陽と百花と三人で過ごす、ささやかなクリスマスパーティ。朝陽がバイト代代わりにもらってきたシンプルなクリスマスケーキは、懐かしい味がした。百花の入れたインスタントコーヒーも最高に美味しかった。来年も、こうして三人でケーキを食べれたらいいな。再来年もその次も……。百花と朝陽の二人きりのクリスマスなんてのは許さない。朝陽以外の他の誰かと過ごすクリスマスも……まだ、当分許さない。
ふわふわ舞っていた雪は、本格的に降り出して、舗道に積もり始めてきた。クリスマスの朝は一面銀世界となっているだろう。
過ぎてしまった時は元に戻せない。例え、戻せることが出来たとしても、僕は同じ選択を選ぶのだろう。子犬を無視することなんか出来ない。それが、僕の運命だから。それが、僕なのだから……。 完
読んで下さって、ありがとうございました!
三人の登場人物の視点で順番に書いていきました。視点が変わるところは分かりにくいかもしれませんが、一応大きく区切っています。
クリスマスに心温まるストーリーを~と思って書きました。少しでもその思いが伝わればと思います。
では、皆さん、メリークリスマス! クリスマスを楽しんで下さい。 (私はこれから仕事です……)




