第八話 ぼっちと放課後①
「で、どうしたらあたしに友達ができると思いますか?ねぇ、聞いてますか!おいかばね!聞いてっか!おーい!」
アリスと初めて話したその日の放課後の帰り道。
鬱陶しいったらない絡み方で、アリスが俺の周りをちょこまかと動き回りながら話しかけてきていた。
顔の目の前で手をひらひらさせられたところでさすがに耐えられなくなって、アリスに視線をやる。
「さっきから何なのお前」
面倒くさいという想いを声に込めたのだが、それには全く気付かずにアリスは腰に手を当てながら言う。
「何なのじゃないですよ何なのじゃ。なんで無視するんですか。こぉんな可愛い美少女が話しかけてるのに無視できるなんて、世界広しと言えどきっと先輩くらいのものですよ」
「そういうのは自宅と学校を往復するだけの生活をやめてから言えよ引き籠りニート。あと自分で美少女って言うな」
「な、なんで先輩、あたしの生活パターン知ってるんですか!?もしかして前々からあたしのこと狙ってた!?」
適当に言っただけなのだがどうやら当たっていたらしい。だからなんだという話でしかないけど。
「それでいいよもう」
「ちょ、待ってくださいってば!待てこら!」
無視して行こうとすると、制服をがっと掴まれて止められる。
何なのこの人。ボディタッチしてくる分悪徳勧誘よりもたち悪いんですけど。
もうやだよぉ帰りたいよぉ。
「なんで付き纏うんだよ。お前とは友達にならないって言っただろうが」
「え!?いつ!?」
「昼休みだよ!」
「でもあの後ちゃんと手、洗いましたよ?あ、いや元々洗ってたけどね!?ほんとに洗ってたんですからね!?」
「洗えば友達になってやるって意味じゃねぇよ!わざわざ口に出さないでやった俺の優しさだろうが!」
「そんな優しさいらないんですけど!?」
「ていうかさっきから言ってる『先輩』って誰の事だよ」
「そりゃもちろんかばね先輩のことですよ」
人差し指を俺に向けてウインクするアリス。うざい。
確かに年齢的に俺はアリスの先輩になるのだろうが、なんだこの嫌なこそばゆさは。
「別に普通に呼べばいいだろ同じ学年なんだから。ていうか昼休みは普通に呼んでただろ」
そう指摘すると、アリスは今度は人差し指を俺の顔の前まで持ってきて、ちっちっ、と振った。うざい。
「これはあたしなりのちょっとした抵抗なんですよ」
「抵抗?」
「そうです。あたしが精一杯振り絞って出した勇気を、何の躊躇いもなくまるでゴミムシを踏み潰すかの如くぞんざいに扱った先輩に対する嫌がらせみたいなものです」
「嫌がらせって、最低じゃんお前」
「さっ……!?」
ぴたりと動きを止めてアリスは顔を蒼白にする。さすがに陰キャらしくこの手の言葉には耐性がないらしい。ネットとか向いてなさそう。
ごほん、と咳ばらいを一つして気を取り直すと、アリスは続けた。
「ほ、ほら、特別感あるじゃないですか!同級生に先輩って呼ばれる人なんてそうそういないですし、目立つこと間違いなし!先輩目立つの嫌そうだから、ちょっとした反撃になるかなと……」
「聞けば聞くほど最低じゃん」
「ふんぐぅっ」
胸を押さえて蹲るアリス。俺を陥れようとしてそれ以上のダメージを喰らってるんだから世話ないな。
「と、とにかく!あたしはもう先輩って呼ぶって決めましたから!拒否権無し!この話終わり!」
「ああそう。それじゃ」
「あ、待ってくださいよ先輩!なんであたしを放って帰ろうとしてんですか!待ってってばぁ!」
正直呼び方うんぬんなんかどうでもよくて、こうしてアリスとやり取りして目立ってしまっている方が問題だった。
ただでさえアリスは目立つというのに、そんなのがぎゃあぎゃあとうるさく喚いているのだから注目するなと言うほうが無理だろう。
現に道行く人たちが俺達を見てこそこそ話をしているのが見える。
が、そんなことにすら気付いた様子もなく、アリスは俺の制服の裾を掴んで上下に振りまくっている。
こいつは友達千人を自ら遠ざけていることに気付いているんだろうか。気付いてないんだろうなぁ馬鹿っぽいし。
「今あたしのこと馬鹿にしました?」
「してないしてない」
しかし、放っておくといつまでもついてきそうだったので、仕方なくアリスと向き合う。
「わかった。話を聞いてやるから離れろこの野郎」
「ほんとですか?やったぁ!」
笑顔を咲かせたアリスだったが、ふいにぴたりと動きを止める。
そして、いいことを思いついたとでも言いたげにぱっと顔を輝かせると、腕を組んで顔を背けながら恥ずかしそうに言った。
「べ、別に、話を聞いてもらえるからって、嬉しくもなんともないんだからねっ!」
「…………」
「あの、すみません。調子乗りました。だから無言で帰ろうとしないでください」
ひとまず人目を避けて落ち着ける場所を探すため、おとなしくなったアリスを連れて商店街の方向へと足を向けた。
なんでこんなことに……。