第七話 ぼっちと便所飯⑦
「お前って、友達がほしいのか?」
「え!?な、なんですかいきなり!?」
明らかに動揺していたが、そこには気づかなかったふりをして続ける。
「これまでの言動見てたらそうとしか思えないだろ」
「ま、まぁ……」
俺の言葉を聞いて、國乃は何かしら考えていたようだが、決心したように言った。
「あの、笑いません?」
「笑う」
「そこは笑わないって言うところでしょ!?」
「笑わないって言われてから笑われるよりはいいだろ」
「どっちにしろ笑われるんじゃねぇか!」
「笑われもせずに真顔でスルーされるよりはよっぽどいいと思うけど」
「よくねぇ!くそ、言おうと思ったのに、言いたくなくなっちまいましたよ!」
「じゃあいいよ無理に言わなくても」
「そこはもっと粘ろうよ!聞こうよ話を!」
「なんでもいいから早く言ってくれない?」
「なんかさっきからあたしの扱い雑すぎません?ねぇ、雑じゃない?」
そんなことをぶつぶつ言いながら立ち上がると、國乃はスカートに着いた埃を叩いて柵に寄りかかる。
ガシャガシャと柵同士がこすれ合う音が鳴った。
「いよいよ飛び降りる気になったのか?」
「この雰囲気でまだ飛び降りると思ってる織羽志さんはあたしに何か恨みでもあるんですか?」
どうせしないだろうとは思っていたので別に驚きもしない。
「できませんよそんなこと。どうせあたしは口だけですから。わかってるんでしょ?織羽志さんはあたしと同じ匂いがしますから」
「え、俺ってそんなに臭い?」
「体臭の事じゃねぇ!ていうかあたし臭いんですか!?えぇ!?」
くんくんと自分の匂いを嗅ぐ國乃を見て笑ってしまう。
冗談に気づいた國乃はむっとしたが、ふぅと息を吐くと真面目な顔を作った。
強い風が吹いて、國乃の金色の髪を宙にばらまく。
陽の光を反射するそれは、一本一本が本当に輝いているかのように見えた。
写真を撮ったらきっといい一枚になっただろう。そんな取り留めのないことをふと考えた。
「あたし、友達を千人作ることが夢なんです」
「……千人?」
たしかそんな感じの歌があったような気がする。あの歌は確か百人だったが。
「せめて目標くらいはでっかく持とうと思いまして」
淀みなく言う國乃は冗談で言っているようには見えなかった。
「……確かに、小さいよりはずっといいな」
意外そうな顔をして、國乃はばつが悪そうに頬をかく。
「結局、笑わないんですね。笑われると思ってたのに」
「人の夢を笑うほど腐ってない」
「目は死んでるのに?」
「うるせぇ」
冗談半分で言ってきたのなら笑ってやるつもりだったが、國乃は本気だった。
そんな想いが言葉から伝わってきたから、笑う気になんてなれない。
「なんていうか、織羽志さんって変な人ですよね、ほんとに」
「変な人に言われたくない」
「そういう意味で言ったんじゃないですよ。あたしの夢を聞いても笑わなかったからです。今まで話した人たちには笑われちゃいましたから。そんなの無理に決まってるって」
どこを指して言っているのかはわからなかった。
今の学校でのことなのか、昔の学校でのことなのか、はたまたもっと別のどこかなのか。
ただ、いずれにしても間違いないと言いきれることがある。
「碌な友達がいなかったんだな、お前」
「友達いない人に言われたくないです」
「まったくその通りなんだよなぁ……」
こればっかりは何も言い返せなかった。
そんな俺を見て気分をよくしたのか、國乃は手で口を押さながら卑しい顔で笑った。
「ボッチじゃん」
「うるせぇボッチ」
ボッチがボッチを馬鹿にすることほど虚しいことはない。
俺も國乃もそれに気づいて、どちらともなく大きなため息を吐いた。
「あの、織羽志さん」
そう言うと、國乃は俺の前に立った。
その顔はどこか赤らんでいて、視線も定まらずあちこちを飛び回っている。
踵を上げ下げしたり、手を前で組んだり後ろで組んだりと行動にも落ち着きがない。
まるで告白する前のような反応。
たっぷり一分ほど経った頃、ようやく國乃は俺に視線を合わせて、ぶおんと風を切る音が聞こえるほど勢いよく手を差し出してくる。
そして、歯切れ悪く言った。
「あた、あたたしと、と、とと、友達になってくれましぇんかっ!?」
俺が國乃と友達になる。それは、なんというか、うん、どうなんだろう。
多分國乃は、本気で俺と友達になりたいと思ってくれている。
國乃の真面目な顔からそれは確かに伝わって来る。
確かにボッチとボッチが徒党を組めば一つのグループになり、出来ることは大幅に増えるだろう。
友達のいない寂しい奴と馬鹿にされることもなくなるし、それこそ一人寂しく便所飯をする必要もなくなる。
でも、たとえ同じボッチ同士だとしても、俺と國乃では決定的に違うことがある。
それは、『持っている』か『持っていない』か。
國乃はこんな田舎の高校にはあまりにも不釣り合いな、(中身はちょっとアレかもしれないが)正真正銘の美少女だ。
休まず都会を歩き回ったとしても、國乃のような女の子を見つけることはできないだろう。
そう思えるくらい國乃の容姿には特別なものがある。
対する俺は、人に自慢できるような特技もなく、人から羨まれるようなモノもない、何の取り柄もない日陰者。
間違いなく『持っていない』部類の人間だ。
ちょっと頑張れば友達ができる『持っている』ボッチと、何をしても友達ができない『持っていない』ボッチ。
どちらもボッチに変わりないが、そこには大きな隔たりがある。
國乃と俺ではそもそも住んでいる世界が違う。
違う世界に住んでいる人間が仲良くしようとしたところで、結局不和しか生まれない。
そういう風に出来ているのだ。
だからこそ、國乃の申し出に対する俺の答えは決まっている。
「國乃。いや、アリス」
「は、はいっ!」
期待に目を輝かせるアリス。
そんなアリスの目をまっすぐに見つめながら、俺は精一杯の優しさを込めた笑顔を作って、淀みなく言った。
「手、洗ったらな?」
「…………て?」
何を言われたのかわからなかったらしく、アリスはしばらくぽけっとした顔をしていたが、頭が理解をし始めるとすぐ、さっきとは別の意味で顔を真っ赤にさせた。
そして、空に轟くような大きな叫び声をあげる。
「あ、洗ったって言っただろがぼけえええええええええええええええええええええええ!」
これが、俺と國乃アリスとの出会いだった。