エピローグ②
おちょくってくるかとも思ったが、アリスは触れてこなかった。
「あたしが前に言った友達が欲しい理由、覚えてますか?」
喫茶店でのことを思い出す。
「後悔したくないから、だったか?」
「覚えてたんですね」
はにかんでから、アリスは続けた。
「容姿が優れてるってだけで、小さい頃からあたしの周りにはたくさん人がいたんです。その中には同い年や年の近い子もたくさんいて。一応友達って言われてましたけど、でも、そういう子達は大抵あたしの外見だったり将来性目当てばっかりで、あたし自身には興味ないみたいでした。だから、普通に話して、普通に笑って、普通に喧嘩するような、そんな普通の友達は一人もいなかったんです」
聞いていて悲しくなるような話だったが、アリスの声に悲壮感はなかった。
「それに気が付いた時、凄く寂しくなって、凄く、怖くなりました。これからずっと、あたしの隣には誰もいないんじゃないか。このまま何もしなかったら、そのとおりになっちゃうんじゃないかって。だから、欲しかったんです。そんな気持ちを抱く心配がなくなるくらい、たくさんの友達が」
「だから千人なのか」
俺の言葉にアリスは頷く。
「でも、あたしはそんな自分勝手で独りよがりな気持ちを『友達』って言葉に無理やり押し付けて、安心したかっただけなのかもしれません。あたしにとって都合のいい人を『友達』と呼びたかっただけで」
「……誰だってそうだろ。みんな自分にとって使えるか使えないかをどこかで判断してる。だからとっかえひっかえするし、それは仕方ないことだって割り切ってるから文句も言わない。あんまり難しく考えてると何もかも嫌になるぞ?」
「先輩みたいに?」
「そうだ」
「堂々と言うことじゃないでしょ」
そう言ってくすくすとアリスは笑う。
「保健室で眞城さんと話したときも同じようなことを言われました。『あんた、友達に幻想抱きすぎ』って」
眞城の声が脳内で勝手に再生される。実に眞城らしいセリフだった。
「まぁ、友達なんていつの間にか近くにいて、いつの間にかいなくなってる、猫みたいなもんなんだ。あんまり気負わないでぬるく構えてるくらいが丁度いいんだよ」
「ボッチに言われても説得力ないですね」
「うるせぇボッチ」
ボッチがボッチを馬鹿にすることほど無意味なことはない。
お互いにそれがわかっていながら同じやり取りを繰り返してしまうのは、多分、そのやりとり自体に心地よさを感じているからかもしれない。
そしてそんな関係が、今の俺とアリスとの距離感なんだと、そう思った。
「ちなみに、先輩はどうやったらその猫は離れずにいてくれると思いますか?」
猫なら首輪をつけるなり家から出さないなり餌で釣るなりすればいいだろうが、アリスが言っているのは人間の話だろう。
当然首輪なんて付けられないし、監禁したら犯罪になるし、買収したところで裏切られる。
となると、できることは一つくらいしか思い浮かばなかった。
「逃げられないように捕まえておくしかないんじゃないか?」
「じゃあ、そうします」
そう言うなり、アリスは俺の腕を掴んでぎゅっと自分の胸に抱き込んだ。
引き寄せられたことで体勢が崩れ、アリスに寄りかかってしまう。
石鹸なのか香水なのか、ともかく甘い匂いがすぐ近くからしてきて、俺の頭を酷く混乱させた。
「いきなり何すんだこの野郎!」
俯いているのアリスの横顔は茹でたタコのように真っ赤だった。
元々肌が白いのでなおさらタコみたい――なんてそんな暢気なことを考えている場合じゃない。
「変に温もってて気持ち悪い!離せ!」
「き、気持ち悪いとか言うなぁ!あたしだって恥ずかしいんだからっ!」
「恥ずかしいなら離せ!」
「だって捕まえとかないと先輩どっか行っちゃうでしょ!?あたしを置いて!」
「なんでお前と一緒にいなきゃならないんだよ!」
「あたしと一緒にいて楽しいって言ってくれたじゃないですか!それってつまり一緒にいてもいいってことでしょ!?あたし、ほんとに嬉しかったんだから!ま、まさかとは思いますけど、あたしをおびき寄せるための嘘だったとか言わないですよね!?ねぇ!?」
ここで馬鹿正直に違うと言えるほど俺のメンタルは強くなかった。
「…………」
「なんか言えぇえええええええええええええええええっ!」
「うるせぇええええええええっ!耳元で叫ぶんじゃ……!」
「あんたら、何やってんの?」
その地獄の底から響いてくるような低い声に振り向くと、まるでゴミを見るような冷めた目をした眞城が立っていた。
その後ろには苦笑している牧村と、ニコニコ笑顔の奈々衣。
三人とも料理の材料やお菓子、ジュース類が入った買い物袋を両手に下げている。




