第六話 ぼっちと便所飯⑥
宣言通り、國乃は屋上にいた。
だが、やはりというかなんというか、飛び降りようとする気配はまるでなく、屋上の柵に背中を預けながら体育座りをして膝に顔を埋めている。実に哀愁漂う姿だった。
嘘泣きでもしているのかと思ったが、鼻をすする音が聞こえたのでどうやら本気で泣いているらしい。怒ったり叫んだり走ったり泣いたり忙しい奴だな。
「飛び降りるんじゃなかったのか?」
そう声をかけると、國乃はゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て「うわぁ」と声を出しそうになるのを何とか堪える。
整った顔は溢れた涙でてらてらしており、目元は腫れて赤くなっている。鼻水もだらだら出ていて、とても見るに堪えない顔だった。夢に出そう。
でも、ここまで本気で泣いているのを見ると何もしていないのに悪いことをしてしまったような気になってくるから不思議だ。
「大丈夫か?」
「だ、だい……じっ……ひっく」
もはや声にもなっていない。ガチ泣きだった。
さすがに可哀そうに思えてきて、隣に腰掛けると國乃が落ち着くのを待つ。
國乃が泣き止んだのを見計らって、俺は気になったことを聞くことにした。
「お前、他の奴らにもそんな風に接してきたのか?」
「……そんな風って、どんな風ですか」
涙声で言う國乃。旧校舎での勢いはどこへやら、借りてきた猫のようにおとなしくなっている。
「突然泣いたり突然怒ったり突然叫んだりするそのテンションのことだよ。そんなの見せられたらみんなドン引きして寄り付かなくなるのは当たり前だろ?」
「ふんぐぅっ」
國乃は俺の言葉にびくっと体を震わせる。それからぽつりと零すように言った。
「あたし、ちょっと変わってるんです」
「ちょっと?」
「なんですかその何か言いたそうな声は」
「いや別に」
小さく舌打ちしてから國乃は続ける。そういうとこだぞ。
「見た目はこんなだし、言葉遣いもおかしいし、頭もよくないし、運動もできないし、空気も読めないし、得意なこともないし。ないない尽くしで嫌になっちゃいますよ、ほんとに」
自虐的に言う國乃の言葉には、どこか諦めのようなものが見え隠れしていた。
「わかってるなら直せばいいじゃないか」
「わかってても直せないから今こんな感じなんじゃないですか。そんなこともわからないんですか?」
「…………」
「あの、織羽志さん?手は握るためじゃなくて繋ぐためにあるってさっき自分で言ってましたよね?まさか女の子を殴ったりしませんよね?ねぇ!?」
自分は殴ってきたくせにどの口が言うんだとも思ったが、ひとまず拳を収める。
「確かに、直せてたら一人寂しく便所で飯なんて食わないもんな」
「べっ……お、織羽志さんって、結構ずけずけ言ってきますよね。率直と言うか、遠慮がないというか。普通に心が痛いんですけど」
「大丈夫だって國乃さん。國乃さんも知らない良いところは絶対あるし、生きてればいいことだってきっとあるよ」
「それはそれでむかつく」
「喧嘩売ってんのかてめぇ」
「やめてぇ!殴らないでぇ!」
「まったく……」
すると、國乃が小さな笑い声をあげた。
温かみのある優しい笑顔が浮かんでいる。その笑顔はとても自然なもののように見えた。
そんな顔を振りまいていればいくらでも友達なんてできそうなものだが、それができないからこうして悩んでいるのだろう。
それから國乃はどこか自信なさげに聞いてくる。
「あの、織羽志さんはあたしのこと嫌だなとか思わないんですか?さっきからずっと普通に話してくれてますし。その、ムカついたりとか、しません?」
「普通にムカつくしイライラしてるけど」
「……聞いたのはあたしですけど、もうちょっとオブラートに包むとかしてくれませんかね」
「上っ面な言葉並べられるのは嫌なんだろ?」
「いやそうなんですけど!ちょっとはその辺気を使ってくれたっていいじゃないですか!傷ついていないように見えて結構傷ついてるんですからねあたし!そろそろこの『PURE(純粋)』なガラスのハートばっきばきに割れますよ!?」
「え?『POOR』?」
「喧嘩売ってんのかてめぇ!」
「うるせぇなぁ」
「う、うるせぇ!?うるせぇってゆったか!?あたしが言われて傷つく言葉ランキング第二十位のうるせぇってゆったか!?」
「そういうところがうるさい。だから友達いないんじゃないの?」
むっとした國乃は、口角を上げて反撃してくる。
「そ、そういう織羽志さんだって友達いないじゃないですか!教室でもずっと一人でいるし!誰かと話してるとこ見たことないし!織羽志さんがずっとボッチ飯してることあたし知ってるんですからね!」
ボッチはボッチのことをよく見ている。嫌だねぇお互いに。
「一人のほうが気楽でいいだろ」
「あー出た出た、いますよねぇそういう人。そうやって無理矢理自分を納得させてるんでしょ?孤独を孤高だとか言い張って、虚勢張ってるんでしょ?あたしみたいにさぁ!」
言って、しょんぼりと項垂れる國乃。自分で傷つくくらいなら言わなきゃいいのに。
ただ、実際のところ國乃の言うとおり俺に友達と呼べるような奴はいない。
生まれた時から死んだような目をしていた俺は、小、中学校の頃、名前をもじった『屍』という仇名で呼ばれていた。
当然そんな仇名を付けられるような奴に友達がいるわけもなく、なんとも厳しい子供時代を過ごしてきた。
高校生になってからは仇名で呼ばれることはなくなったが、その代わり誰とも関わることがなくなった。
仇名でいじられている内がまだ華だったと気が付いた時にはすでに遅く、俺はボッチへの道を知らぬ間に歩き始めていた。
そういう意味で言えば、俺と國乃は少し似ているのかもしれない。