エピローグ①
体育祭が終わったその日の放課後。
帰り道の途中、夕陽が茜色に染め上げる河川敷の中にやたらと目立つ金色が混じっているのを見つけた。
土手の途中に座り込み、背を丸めて腕に顔を埋めている。
時折肩が上下に動いていて、泣いていることは遠目からでもわかった。
近づいて行って声をかける。
「こんなとこで何やってんだお前は」
すると、アリスはゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て「うわぁ」と声を出しそうになるのを何とか堪える。
泣きはらした後なのか目の周りは赤く腫れており、鼻水もだらだらで、涙の筋が何本も頬を伝っていた。
はっきり言ってとても汚い。
あまりにも見ていられないのでハンカチを手渡してやると、遠慮なしにぢーん、と鼻をかんだ。
「洗っで返じまず……」
「いやいいよ。汚いし」
「ぎ、汚いどが言うなぁっ!」
そんなアリスの隣に腰を下ろして景色を眺める。
夕暮れ時の少しだけ冷たい風が吹いて、草木を揺らしていく。
若草の匂いが鼻孔をくすぐると、小さい頃に河原を一人で走り回っていたことを思い出して意味もなくしんみりした気持ちになった。
「……それで、なんで先輩がここにいるんですか」
多少落ち着いたのか、ずびずびと鼻を鳴らしながら聞いてくるアリス。
「お前は碌に話したこともない奴等とカラオケ行く気になるか?」
「……なりませんね」
体育祭が終わり放課後となった後、クラスの連中は打ち上げと称して早々にカラオケに向かった。
イベントが終わった後の謎の高揚感のせいか、『クラス全員参加!』みたいな雰囲気があったのだが、当然そんなものに出ても碌なことにならないのはわかりきっているので、隙を見て退散してきたのである。
「はぁ…………」
悲壮感の詰まった深く長いため息を一つつくと、アリスはポツリと呟いた。
「死にたい……」
「いきなり何を言い出すんだお前は」
そう返しはするものの、アリスがそう思ってしまう気持ちもわからないではなかった。
なぜなら――。
「まぁ、なんだ。俺と牧村と眞城が必死こいて繋いで一位で持ってきたバトンを何もないところですっ転んで落とした挙句、眞城が作った特大リードを全部溶かして最下位になったのはお前一人の責任だしお前が全部悪いけど、気にすんなって」
「おいおいおいおいやめろやめろやめろぉっ!え、何なんですか?あたしの失敗をそこまで詳細に語っておいて最後に取ってつけたように『気にするな』って一体何なんですか!?責任感じずにはいられないんですけど!?死にたくなっちゃうんですけど!?なんでそんな追い打ちみたいなことするの!?ねぇ、なんで!?」
「アリス」
「なんですか!」
「うるさい」
「あ、あんたって人はぁああああああああああああああああっ!」
アリスが俺の胸倉を掴んで前後左右に揺すってくるが、数回やっただけで疲れたらしく、肩で息をしながら元いた場所に座りなおした。
ふぅふぅと息をついて気を落ち着かせると、「でも」と続ける。
「なんていうか、先輩らしいですね。下手に慰めてこないところなんか特に」
「そういうのがほしいんなら奈々衣に言ってくれ」
「そうさせてもらいます」
それから少しの間を置いて、何の脈絡もなくアリスは言った。
「あたし、先輩と出会えてよかったです」
「何だ唐突に」
「唐突なんかじゃないですよ。だって、ずっと思ってたことだから」
恥ずかしげもなく恥ずかしいことを言うアリスに、いたたまれない気持ちになる。
だが、どうやらそれはアリスも同じだったようで、再び体育座りをして自分の腕に顔を埋めていた。
「恥ずかしいなら言わなきゃいいだろ」
「そ、そうですけど。でも、言わなきゃ伝わらないこともあるって、思ったから」
遠回しに俺が放送で言ったことを掘り返されているようでげんなりした気持ちになる。
今日帰った後、したくもない大反省会を開催して存分に悶え苦しむ予定なので出来れば触れないでほしい。
「あれはだな……」
何か言い返そうとして、結局やめた。
あれだけ恥ずかしいことを口にしておきながら今更言い訳するなんてただの恥の上塗りでしかない。
こういうのは堂々としているのが一番ダメージが少ないのである。
俺は詳しいんだ。




