第五十六話 ぼっちと友達⑨
こんなことまでしてアリスが出てこなかったら、今日中に退学届を提出しよう。
本気でそう思った。
そんな気持ちのまま陣地に戻ってくると、ニコニコ顔の奈々衣と、困惑した表情の牧村が出迎えてくれた。
「な、なぁ織羽志、今の放送って、もしかして……」
「何も言わないでくれ。頼むから」
「あ、あぁ、わかった……それで、ましろと國乃は見つかったのか?」
「眞城はすぐにくると思う。アリスは……出てくるのを祈るだけだ」
すると、計ったようにクラス対抗リレーに参加する生徒の招集がアナウンスされる。
さっきの放送で多少ごたごたしている様子は残っていたが、予定通りの時間で開始するようだ。
「とりあえず行ってみるしかないな。みんなぁ!行ってくるぜぇ!」
牧村がクラスメイトに向かって叫ぶ。
眞城とアリスの姿がないせいか困惑は隠せていない様子だったが、最後は盛大に見送ってくれた。
待機場所に着くと、校舎の方から眞城が走ってくる。
眞城は俺の顔を見るなり、開口一番「恥っず」と言って笑ってきたので「うるさい」と言って睨みつけておいた。
「ましろ、國乃は?」
眞城は牧村のその問いには答えずに、右手の親指を自分の後方に向ける。
眞城が指したその先に、金色の髪が揺れていた。
陽光を反射して、まるで輝いているように見える。
髪を風に遊ばせながら、臆することなく堂々と真っ直ぐに歩いてくるその姿は、さながら映画のワンシーンのようで。
誰もが目を奪われていた。
そうして俺たちの前までやってくると、アリスは深々と頭を下げる。
「あの、遅れてすみませんでした。ちょっとお花を摘みに行っていたもので……」
それが嘘であることはわかっていたが、誰も、何も言わなかった。
すると、眞城がアリスの前に立つ。
「ほんと」
怒っているような低い声で言うと、アリスはびくっと体を震わせて直立不動の体勢になる。
眞城はそんなアリスの前髪をかき上げて鉢巻を巻いてあげると、優しくデコピンしてから、
「遅すぎ」
そう言って、笑って見せた。
きっとこれが、アリスと眞城、二人の今の距離感なのだろう。
この二人のやり取りを見た一部の生徒の中で、どうせ眞城がアリスの頭を叩いただとかなんだとかそんな噂が飛び交うのだろうが、もはやどうでもいいことだった。
これが極々当たり前の光景になるのは、きっとそう遠くないだろうから。
アナウンスが流れ、俺たちのクラスの番号が呼ばれた。
各々のスタート位置に歩いていく途中、袖を引かれて立ち止まる。
見ると、空を映したような青い瞳が俺を見上げていた。
「先輩」
「織羽志さん、じゃなかったのか?」
「やめたんです。駄目ですか?」
「好きにすればいいだろ」
「返事雑すぎなんですけど」
「時間ないんだから早く行けよ。アンカーはあっちだ」
「はい」
駆けていこうとするアリスだったが、立ち止まって振り返る。
「そうだ先輩。最後に一言だけ、いいですか?」
「なんだよ」
するとアリスは、明るい向日葵のような、思わず目をそらしたくなるほど眩しい笑顔を浮かべて、心の底から楽しそうに言った。
「うるせぇ、クソボッチ」




