第五十三話 ぼっちと友達⑧
声が聞こえない距離じゃない。
いつからいたのかはわからないが、表情を見る限りある程度のことは聞いていたのだろう。
いい機会かもしれない。
アリスに向かって、俺はいつもと同じ口調で話しかけた。
「眞城と仲直りできたみたいだし、お前との約束も今日で終わりだな」
「……まだ、終わってないですよ」
呟くようなアリスの声は、感情が乗っていない平坦なものだった。
「それはさすがに無理があるだろ。眞城だって……」
「してないわよ。仲直りなんて、してない」
眞城が答える。
だが、抑揚のない声の中に躊躇いが混じっているのを隠せてはいなかった。
「お前、嘘ついてるのがわかるくせに、嘘つくのは下手なんだな」
でも、やっぱり眞城は優しい奴だと思う。
アリスの気持ちを汲んで、咄嗟に嘘をついたんだろう。
ずっとずっと頑張って、ようやく仲直りできたんだから、たとえ嘘でも口になんてしたくなかっただろうに。
アリスに向き直って言う。
「ちゃんと謝れたんだな。まぁ、今のお前にならできるって思ってたけど」
「……なんで、そんなこと言うんですか。先輩は、そんな優しいこと、あたしに言うような人じゃないじゃないですか」
アリスの声は震えていた。
「あたしは、先輩と一緒にいるとすごく楽しいんです。言い争って、馬鹿にしあって、騙しあって。頭にくることもたくさんあったけど、でも、それさえも楽しいって思えたんです。あたしのことをちゃんと見てくれたのも、夢の事を馬鹿にしなかったのも、先輩が初めてで……。本性を知っても、ただ呆れるだけで、普通に接してくれたのは、先輩だけなんですよ……。そんな人と友達になりたいって思うのは、おかしいですか……?友達になりたいって思っちゃ、駄目なんですか……?」
「…………」
「なんとか、言ってくださいよぉ……」
「……俺が目立つのが嫌いなのは知ってるだろ。お前と一緒にいたら、目立ってしょうがないんだよ。二人三脚で散々懲りたんだ。指さされるわ質問攻めにされるわ悪口言われるわで、最悪な気分だった。あんな思いはもう二度と御免だ」
「織羽志っ!」
鬼のような形相をした眞城が詰め寄ってきて俺の胸倉を掴む。
そんな眞城に向かって言った。
「でも、お前ならそんなの関係ないだろ!」
「っ!」
「友達の多いお前なら、誰に何をされようが、誰に何を言われようが、守ってやれるだろ。でも、俺にはできないんだよ。俺が何か言ったところで誰も聞く耳なんて持たない。ただ、笑われるだけで。俺みたいなボッチには、荷が重すぎるんだよ。俺は、お前みたいにはなれないんだ。わかるだろ?」
「そんなの……」
胸倉を掴んでいた眞城の手を離して、アリスに向き直る。
アリスは俯いていた。
ぎゅっと拳を握りこんで、肩を震わせながら。
「お前のために本気で怒ってくれるこんないい友達ができたんだ。そして、これからもっと増える。お前の夢も、もう手の届くところにあるんだ。だから、俺なんかに構ってる暇はないんだよ、お前は」
あれほど怖がっていた眞城と仲直りすることができたんだから、友達を作ることなんてもう難しくもなんともない。
友達の多い眞城と一緒にいれば、きっと千人なんてあっという間に作れるはずだ。
千人を達成したら、もっと高い目標を掲げることだってできる。
二千人、三千人、それこそ一万人だって夢じゃない。
アリスにならそれができる。
人とは違う特別なものを持っているアリスは、こんな小さなところでくすぶってちゃいけないんだ。
「だから、頑張れ、アリス」
俺の言葉を聞いてアリスが顔を上げる。
その顔を見て息が詰まった。
アリスの目から涙が零れていた。
一度流れてしまうともう止まることはなく、何度も、何度も零れては乾いた地面を濡らしていく。
それを見て、心臓を鷲掴みにされているような息苦しさを感じた。
何も言えずにいると、アリスは俺に背を向けて走り出した。
「國乃っ!」
眞城がアリスの背中を追っていく。
一人残された俺は、空を見上げて大きく息を吐いた。
ずっとこうするつもりだった。
ちょっと頑張れば友達ができる『持っている』ボッチと、何をしても友達ができない『持っていない』ボッチ。元々住んでいる世界が違う俺達が仲良くなれるわけがない。
アリスは頑張ってボッチではなくなった。
眞城と仲直りしたことで新しいステージに上がったのだ。
だからこれでいい。
これが正しい。
そう思っているのに、さっき見たアリスの顔が頭から離れてくれない。
悲しそうな顔で泣いていたあの顔が目に焼き付いて離れてくれない。
もう一度大きく息を吸って吐き出す。
それでも、胸にできた気持ちの悪いもやは消えない。
何度繰り返しても消えてなくなることはなかった。
この気持ちがなんなのかは知っている。
俺は、後悔しているのだ。
あんな顔をしてほしいわけじゃなかった。泣かせたいわけじゃなかった。
ただ、夢を……俺が遠い昔に諦めてしまったのと同じ夢を語ったアリスを、応援したかっただけなのに。
「久しぶりだな、一人ぼっちは」
そんな俺の呟きに、返事など返ってくるはずもない。
ずっと欲していたはずの一人きりの静寂は、その言葉のとおり、静かで、ただただ寂しいだけだった。




