第五話 ぼっちと便所飯⑤
まだ何か言い足りないことでもあるのかと様子をうかがっていると、國乃はドアに手をかけてちらりと振り返った。
だが、それ以上は何もしない。ドアノブを回すこともなければ出ていこうともしない。
多分三十秒ぐらいそうしていたと思う。
「あの、織羽志さん」
「どうした?」
聞き返すと、なぜかもごもごする國乃。
言いたい事が喉元まで出かかっているがあと一歩出て行かないと言った雰囲気。何かを待っているようにも感じられる。
いや、まさかな。
そう思ったのと同時に、その『まさか』を、國乃は恥ずかしげもなく口にした。
「その……止めないんですか?」
「は?」
「だ、だから、ほとんど話したことないとはいえ、クラスメイトが退学しようとしてるわけじゃないですか。だったらこう、止めるじゃないですか。行かないでとか、もうちょっと頑張ってみようぜとか、なんかそういうのあるじゃないですかっ!」
なんだこいつ。
「いや、お前が自分から出ていくって言ったんだろ」
「確かにそうですけど!でも、こう、違くないですか?あたしが織羽志さんの立場だったらもっと必死になって止めると思うんだけどなぁ、みたいな!?」
つまるところ止めてほしいってことなんだろうが、それは自分で言うことじゃないだろう。かまってちゃんかよ。
「國乃が出ていくって言うんだ。ただのクラスメイトでしかない俺に止められる言葉はないよ」
「いや止めろよ!よかったら話聞くよとか、考えなおしたほうがいいんじゃないのとか、引き留める言葉はいくらでもあるだろうが!あたしに興味なさすぎか!?」
「…………」
「なんか言えぇっ!」
捲し立てるように言葉を投げてくる國乃。
言葉遣いがさっきから色々とおかしい。どこで日本語習ったんだろう。
なんにせよ、自分から言った手前引っ込みがつかなくなっているだろうことはわかる。
でも、助けてあげたいみたいな気持ちがこれっぽっちもわいてこないのはどうしてだろう。
結局何も言わないでいると、國乃はぷるぷると震え出した。
「……もう、いいです。そんなこと言うなら、屋上から飛び降りてやらぁっ!」
「何も言ってねぇだろ。ていうか飛び降りってお前、本気で言ってるのか?」
便所飯をしていることがばれたくらいで飛び降りるとかこいつどんだけメンタル弱いんだろう。この場合むしろ強いのだろうか。
どうでもいいけど死因が便所飯を知られたからとかさすがに情けなさすぎると思う。
「止めないでください」
「いや止めてはいないけど」
「なんでだよ!止めろよ!全身全霊をもって引き留めて来いよ!ほらバッチコォイッ!」
「何なのお前」
さっきからわけがわからない。
とてもじゃないがまるで仲良くない人に見せていいテンションじゃないし普通についていけない。知らない人に出合い頭に漫才吹っ掛けられてるような気分だ。
そんな國乃を引いた目で見ていると、
「み、みんな、みんなそうやってあたしを蔑ろにするんだ……!蔑んで、馬鹿にして、省いて、嘲笑って……!くそ、こんな……こんな世界やめてやる……やめてやらぁああああああああああああああああああああっ!」
今日一番の奇声を上げながら、國乃はドアを乱暴に開いて走り去っていった――かに見えたが、出る間際にちらりと俺のいる方を振り返ってから出て行ったので追いかけてこいということなんだろう。
飛び降りようとしている割には結構余裕があるらしい。
あの様子なら放っておいてもいいような気はするし、もうこれ以上関わり合いになりたくないというのが正直なところだったが、一応こうなってしまった原因は俺にもないわけではない。
さっきの國乃を見るに飛び降りるような度胸があるとは思えないが、万が一と言うこともなくはないし、何かあった時名前を出されたら面倒だ。
仕方なく俺は國乃の後を追うことにした。