第四十六話 ぼっちと体育祭⑫
翌日の放課後から、眞城、牧村、アリス、俺の四人でのリレーの練習が始まった。
眞城もアリスもそれぞれ違った意味で覚悟を決めてきたらしく、眞城はアリスを前にしてもなんとか話ができるようになっていたし、アリスも眞城を必要以上に怖がらなくなっていた。
覚悟しなければまともに接することができない割り切ったような関係は不健全としか言いようがないが、二人の頑張ろうという気概は確かに伝わってくる。
眞城が教える側、アリスが教わる側として練習すること一週間。
アリスの足の速さは目を見張るほどの成長を見せていた。
眞城の見立てどおりアリスの元々の自力は高かったようで、走り方を改善させただけで見違えるように速くなった。
俺達も驚いたが、一番驚いていたのはやはりアリスで、余程嬉しかったのか眞城にも笑顔を向けるほどだった。
その顔を見た眞城が恥ずかしくなって逃げ出したのは言うまでもない。
リレーの練習が始まってからと言うもの、アリスと眞城の関係が徐々に良くなっているのは誰の目にも明らかだった。
二人三脚についても、思った以上に問題はなかった。
正直擦り傷切り傷のオンパレードを覚悟していたのだが、こけたのは練習を始めてすぐの頃だけで、慣れてくると速くはないが普通に走れるくらいになった。
奈々衣には意味ありげに「当然ですね」と言われたのがなんだか無性に気に入らなかったが、なんにしてもこけたりせずに走ることができれば最下位になることはないだろう。
―――――
体育祭まで残りわずかとなったある日の放課後、休憩中に眞城が話しかけてきた。
「あんた、あいつに何か言った?」
水飲み場にいるアリスを遠目に眺めながら眞城は言う。
「別に何も言ってないけど。なんかあったのか?」
「いや……最近あいつ、アタシと普通に喋るから」
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、アタシにとっては……!」
「お前が頑張ってるからだろ。いくら苦手だって言っても、あんだけ真剣になって教えてれば、お前がどんな人間なのかくらいアリスにだってわかる」
実際、リレーの練習を始めてからのアリスは眞城のことを怖いと言うことは少なくなっていた。
猫を被って他人行儀にしているのは相変わらずだが、以前のように全く喋れないということはなくなり、まともに会話出来ている。
今の二人はいかにも普通の『クラスメイト』といった感じだ。
「見直してきたってことだろ、お前の事。よかったじゃないか」
「…………あ、そう」
興味なさそうに言う眞城だったが、ほんの少し口角が上がっているのを隠せてはいなかった。
わかりやすい奴だ。
そんなことを話していると、アリスが水飲みから帰ってきて、眞城に話しかける。
「あの、眞城さん。バトンを受け取るときの話なんですけど……その、もう一回確認させてもらってもいいですか?」
「……まぁ、いいけど」
やれやれ仕方ないわねと言った風を装いながらも嬉々として教えに行く眞城の姿は、いいところを見せようとしている小学生男子みたいでなんとも微笑ましかった。
眞城たちが離れていくと、二人の背中を眺めながら牧村が近づいてくる。
「うまくいきそうだな」
「色々苦労したんだから、うまくいってもらわないと困る」
「はは、確かに」
そう言って牧村は笑った。
アリスと眞城の関係が落ち着いてくるまでは眞城のフォローに回っていたので相当気疲れしただろうに、爽やかな笑顔からはそんな疲れなど微塵も感じない。
実際なんとも思っていないのだろう。
牧村洋平と言う男はそういう奴なのだ。
「最近はずっと楽しそうだよ、ましろの奴。あんなに生き生きしてるのを見るのは久しぶりだ」
「そうは見えないけど」
「元々顔が不愛想だからなぁ。しばらく付き合ってみないとわからないかもしれん」
「……聞きそびれてたけど、お前と眞城って付き合ってるのか?」
そう聞くと、一瞬キョトンとした顔を見せた牧村は、「あはははは!」と大口を開けて笑った。
「久しぶりに言われたなぁそれ。違う違う。確かに一緒にいることは多いけど、そういう関係じゃない。大体お前、あんな面倒くさい奴と付き合いたいと思うか?」
「俺、陰キャだからさ」
「その返し方斬新でいいな。俺も使おうっと」
「お前は陽キャだろ」
「見た目は陽キャかもしれんけど心は陰キャなんだよ」
「馬鹿にしてんのか」
「むしろ尊敬してるね」
「やっぱり馬鹿にしてるだろ」
「ホントホント。焼きそばパン賭けてもいいぜ」
「安い尊敬だな」
お互いにそんな軽口を叩きあった後、牧村は続けた。
「小学校からの腐れ縁なんだ。何の因果かクラスも全部一緒だったから、そのままずるずるつるんでるってだけ。昔から知ってるから隠し事とかも意味ないし、気楽なもんさ」
「昔からああなのか?」
「いや。前はもうちょっととっつきやすかったんだけど、中学の部活で、まぁ、色々あってな」
眞城ほど才能のある人間が高校で部活に入っていない理由がなんとなくわかったような気がした。
「まぁ、色々あるよな」
「聞かないのか?」
「聞けるほど親しくないし、聞いたのがばれて後から怒られるのも嫌だ」
「織羽志には十分親しみを持ってると思うけどな、ましろは」
「冗談だろ。口を開けばうっさいだの陰キャだの馬鹿だの死ねだの、心無い言葉にどれだけ傷つけられたことか」
「それも愛嬌だと思えば可愛いもんさ」
「その境地に達するのは俺には無理だ」
「ともあれ、織羽志には感謝してるよ。もちろん、國乃にもな。絶対に勝とうぜ、みんなで」
そう言って、牧村は爽やかに笑った。




