第四十五話 ぼっちと体育祭⑪
「でも、こうしてチャンスに巡り合えたのは眞城さんのおかげでもありますから。さっきまでは怒ってましたけど、今はそうでもないんです。自分でもびっくりするくらい落ち着いてて。多分、先輩と奈々衣さんが励ましてくれたからですけど」
「それは……まぁ、なんだ。眞城に言ってみたらいいんじゃないか。チャンスをくれてサンキューなって」
「言った瞬間殴られそう」
「殴らないだろ。あいつはそういう奴じゃないと思うぞ」
「……もしかして、先輩と眞城さんって仲がいいんですか?」
「は?」
「だって先輩って陰キャの癖に眞城さん相手に全然物怖じしないし、なんなら普通に喋ってるじゃないですか。今だって、眞城さんの事庇ってるみたいで……なんていうか、その、友達、みたいだなって……」
「馬鹿なこと言うなよ。そんなことがあいつの耳にでも入ってみろ。殺されるぞ、俺が」
物怖じしてないように見えるのも、普通に喋っているように見えるのも、眞城がいい奴であることを知っているからで仲がいいわけじゃない。
今は目標が同じだから協力しているが、それがなくなってしまえば自然と話すこともなくなっていくだろう。
「俺の事よりも今はお前だ。今回のリレーで眞城と関わることも多くなるだろうし、さすがに仲直り出来るんじゃないか?最近はやたら接触が多かったから、もういい加減慣れてきただろ?」
「そう、ですね」
「やっぱり難しいか?」
「相変わらず怖いなって思いますし、面と向かい合うと声が出なくなっちゃうのも変わらないんですけど、慣れては来てると思います。眞城さんと接する機会が増えたせいか、今まで見えてなかったところも、段々見えるようになってきましたし」
見ようとしていなかったからわからなかったものが、少しずつ見えるようになってきたから、そう思えるようになったのだ。
アリスはゆっくりとだが確実に前に進んでいる。きっと眞城と仲直りするのも時間の問題だろう。
そう確信できるほど、この短期間でアリスは成長したと思う。
「じゃあ仲直りももうすぐだな」
「先輩」
俺の言葉を遮って、アリスが言葉を挟む。
「ん?」
「あたし、先輩にずっと言いたいことがあったんです」
アリスの声音が変わるのがわかった。
真剣な、それでいてどこか恥じらいを含んだ声は、風呂場に反響しながら俺の耳に届く。
聞いたほうがいいのか、聞かないほうがいいのか。
天秤にかけるまでもなく、俺は後者を選んだ。
「奇遇だな。俺もお前に言いたいことがあるんだ」
「な、なんですか?」
どこか期待を込めたアリスの声に、俺は淡々と答える。
「お前と眞城は仲良くなれる。そうなればお前の夢もすぐそこだ。だから、頑張れ」
返事はすぐには返ってこなかった。
ぴちょん、と水滴が落ちる音と、水面が揺れる音だけが浴室から聞こえてくる。
三十秒くらい経ってから、ようやくアリスは声を出した。
「……いつもは酷いことしか言わないくせに、なんでこんな時だけそういうこと言うんですか。頑張りたいって、思っちゃうじゃないですか。頑張らなきゃって、思わなきゃいけないじゃないですか……」
「ここ一番の時だから言うんだ。多分もう言わないけどな」
「言ってくださいよ、もっと、たくさん。先輩の言葉は、あたしにとって、その……特別、なんですから」
「じゃあ尚更言わない」
そう言って立ち上がる。
「さっさと上がってさっさと帰れよ。明日から大変なんだからな」
「…………いじわる」
その言葉は聞こえなかったことにして、俺は洗面所を後にしたのだった。




