第四十一話 ぼっちと体育祭⑦
教室に戻るとアリスの姿は既になく、帰ってしまった後だった。
話さなきゃならないことは山ほどあるが、今はそっとしておいた方がいいような気もしたので、ひとまず俺も帰ることにした。
自宅に到着すると、玄関の鍵を開けて「ただいま」と声をかける。
いつもなら無人の家に虚しく響くだけなのだが、今日は返事が返ってきた。どうやら奈々衣が先に帰ってきているらしい。
奈々衣が家にいるときは大抵出迎えてくれるのだが、それがないことに若干の違和感を感じつつ靴を脱ごうとすると、玄関に踵が綺麗に揃えられたローファーと、もう一組、乱雑に置かれた小さめローファーが置いてあるのに気が付いた。
なんだか嫌な予感がする。
居間の扉を開けると、ソファーに座っている奈々衣の姿がまず目に入る。
そして、その奈々衣の膝に顔を埋めながら嗚咽を漏らしているこの家にいるはずのない金髪の女――。
「おかえりなさい、兄さん」
どこか困ったような顔をしながら奈々衣が声をかけてくる。
「ただいま。今日は早かったんだな」
「はい。部活がなかったものですから。あの……」
「まぁたまには休むのも大事だからな。どうせなら今日は出前にでもするか。材料は買ってきたけど、明日でも使えるものばっかりだし」
「買ってきてくれたなら作りますよ。時間がある分、凝ったものを作れますし。それで……」
「奈々衣がそう言うならいいんだけどさ。手伝いが必要なら言ってくれよ。毎回妹に任せっきりじゃ兄のメンツが保てないからな」
「家のお掃除とお洗濯をしてくれるだけで助かってますよ。だから気にしないでください。その……」
「わかった。じゃあなんかあったら声かけてくれ。風呂洗ってくる」
そう言って踵を返そうとした俺の背中に、奇声に近い叫び声が飛んでくる。
「まるでいないかのように振る舞うなぁっ!」
金髪の女――もといアリスが、真っ赤な目をしながら俺のことを睨みつけていた。
「なんでお前が俺の家にいやがる!」
「あたしがいちゃ悪いんですか!」
「悪いわ!何いて当然みたいに言ってやがるんだこの野郎!」
言い争う俺たちの間に、奈々衣が割り込んでくる。
「私が呼んだんですよ、兄さん」
「な、なんて愚かなことを……ボッチがうつったらどうするんだ」
「人を病原菌みたいに言うなぁっ!ていうかボッチがうつるって何!?」
相変わらずうるさいアリス。家の中だからかいつもの二割り増しでうるさい。
「帰り際にたまたま会ったんですよ。落ち込んでいたみたいだったので、放っておけなくて。私の大切な友達ですから」
「な、奈々衣さぁん……」
心底嬉しそうな声で名前を呼んでから、再び奈々衣に抱き着くアリス。
話しかけられるだけでびくついていたアリスからは考えられない行動だが、それくらい奈々衣に心を許しているということだろう。
奈々衣もまんざらでもない様子で抱き着いているアリスの頭を優しく撫でている。
いつの間にこんなに仲良くなったんだか。
奈々衣に仲のいい友達が増えるのは喜ばしいことだが、それがアリスと言うのはなんだか抵抗がある。
しかしながら、ここは俺の家であって奈々衣の家でもある。出て行けと言うのはさすがに横暴だし、奈々衣が許さないだろう。
「満足したら元居た場所に戻してくるんだぞ?」
「捨て犬扱い!?」
しかし、凹んでいるかと思ったら意外と元気そうだったので拍子抜けだ。
さっきまで奈々衣に抱き着いて泣いていたようなので出すものを出した後というのもあるかもしれないが、この分ならリレーに出るよう説得するのも意外とすんなりいくかもしれない。




