第三十九話 ぼっちと体育祭⑤
クラスメイト達の何十もの視線を一身に浴びて一瞬で身がすくむ。
鼻の奥がツンとして、呼吸が浅くなる。
みんながみんな、あいつは何をしているんだと様子を伺っていた。
本当に何をしているんだろう俺は。
自分でもよくわからなかった。
だが、やってしまったことはもう取り返しはつかない。
今更なかったことにして逃げ出すこともできない。
俺を注視している眞城と向き合って言った。
「俺もリレーの選手に立候補する」
そう言った瞬間、はっきりと困惑する雰囲気が教室内に広がるのを肌で感じた。
俺に向けられる目も、ひそひそと聞こえてくる声も、どれもこれもが否定的で、肯定的な反応は何一つとしてない。
でも、それは当然のことだろうと言い出した俺自身が思っていた。
学校中で有名なアリスならともかく、普段ろくに喋りもしない『ただ同じ教室にいる人』でしかない俺が突然前に出てきたらそりゃ困惑もするだろう。完全に場違いなのだから。
仕切っている委員長の田中が眞城と俺を交互に見ながら困ったように口を開く。
「そうなると、選手が二人多くなっちゃうんだけど……」
「じゃあ國乃を……」
俺が言葉を言い切る前に、眞城が遮った。
「吉原、佐伯。悪いんだけど、あんたら辞退してくんない?」
「いや別にいいけど……大丈夫なんか?」
吉原が俺を見ながら眞城に問いかけるが、眞城はあっけらかんと答えた。
「織羽志は元々陸上部だから、下手なことはしないでしょ」
「なぁんだよ。そういうことなら早く言えよなぁ」
眞城が認めたことと吉原と佐伯の二人が納得したことで教室内の否定的なざわめきもとりあえず収まっていった。
その隙を逃すことなく、田中がみんなに問いかける。
「それじゃあリレーの選手は眞城さん、牧村くん、國乃さん、織羽志くんの四人ってことでいいですか?」
同意を求めるその言葉に、異議を申し立てることはもうできなかった。
―――――
「織羽志、ちょっといいか?」
会議が終わってすぐ牧村が話しかけてきた。
顔を向けると教室の外に親指を向けたので、外で話そうということだろう。
なんとなく来るだろうなとは思っていたし、俺も話したいことがあったので素直に従った。
まぁ話をしたいのは牧村じゃなくて牧村を使って俺を呼び出した奴に対してだが。
牧村の後に付いていった先はいつもの校舎裏。
そこではいつかのように不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちした眞城が待ち構えていた。
「どういうつもりだよ」
開口一番、眞城にそう問いかける。
「アリスが人前に出るのが苦手だってことくらいお前もわかってるだろ」
仲良くはなれずとも、ずっとアリスのことを気にかけてきた眞城ならわからないはずがない。
だからこそ、なぜ眞城がアリスをリレーの選手なんかに推薦したのかが理解できなかった。
眞城は答えずに、ただじっと俺の言葉を聞いている。
その態度に黒いものが心の中に広がっていき、語気が強くなってしまうのを止めることはできなかった。
「まさかとは思うけどお前、アリスを嵌めようとしてるんじゃないだろうな」
「そんなわけないでしょ」
「じゃあどんな理由があるっていうんだよ」
眞城は鋭い目つきで俺を睨みつけた。
だがそれも少しのことで、肩から力が抜けるとどこか力なく言った。
「……あいつに友達が出来ないのはアタシのせいだってことくらい、わかってんのよ。周りから陰であることないこと言われてんのも」
思いつめたような眞城の表情が苦しそうに歪んだ。
実際、眞城と仲違いしたという噂のせいでアリスは他の生徒に避けられていた。
加えて、影でアリスのことを嘲笑したり、馬鹿にしたり、見下したりしている奴が少なからず存在している。
「それはアタシが最初にあいつとの関係をこじらせたせいだから。いい加減このままになんてしておけないのよ」
「リレーでお前とアリスが協力してるところを見せて、噂をなくそうってことか?でも……」
失敗したらどうする、と言おうとしたところで眞城ははっきりと言いきった。
「アタシが勝たせる」
それは、確かな実力に裏打ちされた自信からくる言葉だった。
一ミリたりとも疑いのないそれには手放しで頷いてしまうほどの説得力がある。
思わず「じゃあ任せた」と言ってしまいそうになるくらいに。
でも、それはあまりにも現実的じゃない。




