第三十五話 ぼっちと体育祭①
「今日の放課後、体育祭に出場する種目を決めてもらう。各々出たい競技を考えておくように。被った場合はジャンケンで、誰も立候補がない場合は抽選だからそのつもりで」
担任教師のそんなありがたい言葉を最後に朝のホームルームが終わると、途端に教室の中が騒がしくなる。
話題は当然、体育祭についてだ。
一か月後に迫った体育祭は、新学期が始まって最初の大きなイベントでもある。
様々な種目で順位を競い合い、最終的なポイントが最も高かったクラスが優勝。各学年ごとに一位から三位までを決める。
種目は一般的な体育祭とほぼ同じで、徒競走や二人三脚など。
中でも目玉なのはやはりクラス対抗リレーだろう。各学年ごとの体育祭の最後を飾るにふさわしい最終決戦に、会場は最高潮の盛り上がりを見せるのだ。
あれに出たいこれに出たくないなど、クラスメイト達は各々好き勝手なことを喋っては盛り上がっている。
一部お通夜ムードが漂っている地域もちらほら見受けられるが、うちのクラスではどちらかといえば少数派だ。
運動系の部活に入っている奴が多いからだろうが、なんにしても文科系の奴らにとっては辛いイベントになることは間違いないだろう。
そして、その少数派筆頭である隣の國乃さんは、まるでこの世の些事には興味がないとでも言いたげに机に伏せっていた。
運動が得意だから余裕があるのか運動が苦手だから目を背けているのか……たぶん後者だろうな。
アリスが運動方面で活躍している様子はどうにも想像できないし、喜んで参加するとも思えない。
そして、やはりというかなんというか、その予想は大いに的中していた。
―――――
「あたし、明日からしばらく学校休もうと思います……」
昼休み。
旧校舎の空き教室で昼飯を食べていると、アリスが突然そんなことを言い出した。
「何か嫌な事でもあったんですか?」
俺の左隣に座っている奈々衣が心配そうな顔でアリスに尋ねる。今日は部活の集まりがないため奈々衣も昼食に同席していた。
奈々衣があまりにも心配そうな顔をしたからか、アリスはしろどもどろになる。
「え、あ、いや、その……実際は休みたいと思うほど嫌な事ではないといいますか、まぁ確かに嫌なことは嫌なんですけど、奈々衣さんに心配してもらうほどのことではないかなぁみたいな……」
「じゃあどうして?」
「体育祭に出たくないからです、はい……」
素直に答えてしょんぼりと項垂れるアリス。
しかしながら、なんとも期待を裏切らない答えだ。
「ちなみにお前、運動は得意なのか?」
「得意そうに見えます?」
「全然」
「兄さん……」
俺に抗議の視線を寄越した後、奈々衣はアリスを真っ直ぐに見つめて言った。
「でも、苦手だからって理由で休むのは駄目ですよアリスちゃん。先生が許しても私が許しません」
「だ、だってぇ!」
子供のように駄々をこねるアリスの手を優しく取って両手で包み込むと、奈々衣は優しい笑みを浮かべて言い聞かせるように言う。
「大丈夫です。ちゃんと練習すれば、きっといい結果が残せます。私も協力しますから、一緒に頑張りましょう?」
「な、奈々衣さん……!あたし……あたし、頑張りますっ!」
休む発言をしてから三十秒も経たずに説得されていた。
あまりにもちょろい。ちょろすぎて台本のある芝居でも見ているような気分だ。
しかし、いくら同い年とはいえ、一学年下の奈々衣にこうもあっさり言いくるめられてしまうのはどうなんだろう。
こいつには上級生としてのプライドはないんだろうか。ないんだろうなぁ。アリスらしいと言えばアリスらしいが。
ちなみに、最近のアリスと奈々衣は大体いつもこんな感じだ。
アリスは奈々衣に素の自分を見せられるようになってきて、奈々衣もアリスの素を受け入れて普通に接している。実に良好な関係といえるだろう。
奈々衣が優しいのは言うまでもないが、アリスも根はいい奴なので元々相性はよかったのかもしれない。
優しすぎる奈々衣にアリスが依存してしまうのではないかという不安もあったが、今のように奈々衣が悪いことは悪いとしっかり窘めるのでそういうことにはならなかった。
まさに奈々衣はアリスにとっての『おかん』みたいな存在になっている。
それはそれでどうかと思うが、本人達はその関係を気に入っているようなので何も言えなかった。




