第二十九話 ぼっちと陽キャ⑧
夕陽が暮れなずむ河川敷を、アリスと並んで歩く。
眞城達と別れてからと言うもの、アリスは一言も口にしていなかった。
いつも以上にゆっくりとした足取りで、俯いたまま歩いている。
きっと眞城に言ったことを後悔しているのだろう。
いつもなら馬鹿だなぁの一言で済ませられるが、アリスが俺のために怒ってくれたであろうことはわかっていたので、何も言うことができなかった。
それに、今回悪いのは間違いなく眞城なのでアリスを責めるのはお門違いだろう。
夕陽の色に闇夜の色が混ざり始めた頃、アリスはようやく口を開いた。
「また、やっちゃいました」
悲壮感に彩られた声音には後悔が滲んでいる。
「……まぁ、言っちゃったもんはしょうがないだろ。それに、多分向こうも同じこと考えてるから大丈夫だ」
「そんなわけないじゃないですか」
あるんだよなぁ……。
眞城も今頃アリスと同じように深い後悔に苛まれているに違いない。付き添っているであろう牧村の苦労が偲ばれる。
だがそんなことをアリスが想像できるわけもない。
「すみません。せっかく先輩が色々してくれて、眞城さんと喋れる場も用意してくれたのに。全部、無駄にしちゃいました。手伝ってくれた奈々衣さんにも、なんて言ったらいいか」
やけに塩らしいアリスの態度に調子が狂う。
「何か悪いものでも食べたのか?お前らしくもない」
「そうかもしれないです」
本当にどうしたんだろう。
素直なのはいいことのはずなのに、アリス相手だと妙に不安になってくる。それだけ本気で落ち込んでいるということなんだろうが、いつもふざけている姿しか見ていないせいかなおさら気味が悪い。
励ますべきか、茶化したほうがいいのか考えて、結局俺は何も言わなかった。
短いのにやたら密度の濃い関わり方をしてきたから忘れていたが、考えてみれば俺がアリスについて知っていることは非常に少ない。
本気で落ち込んでいるときにどんな言葉をかけてやれば元気になるのかすらもわからなかった。
仕方ないので、少しは気がまぎれるかと思い適当な話を振ってみる。
「そういえば、海外ではどんな感じだったんだ?友達とか」
「わかってて聞いてるんだったら意地悪ですよ」
「いやそういうつもりで聞いたんじゃないんだけど」
いたたまれなくなって焦っていると、アリスはそんな俺を見て微笑を浮かべた。
「嘘です。ちゃんといましたよ」
「それはいわゆる、ネットの……?」
「ちゃんとした人間の友達だよ!」
遠い目をしながらアリスは続ける。
「まぁでも、あたしが日本に来てからは連絡すらとってないので、今も友達って言っていいかはわかんないですけど」
「……まぁ、そんなもんだろ」
反応に困る話だったが、よくある話だとも思った。
環境が変われば人間関係も変わる。
中学校で仲の良かった友達と別の高校に進学した途端一切会わなくなった、なんてのはどこにでもあるありふれた話だ。それが海外の友達だったらなおさら疎遠にもなるだろう。
すると突然、アリスは言った。
「先輩って、いい人ですよね」
「何だいきなり」
「知り合ってからそんなに経ってないのに、あたしみたいな面倒くさい奴に付き合ってくれてるから」
「…………」
「どうして先輩には友達がいないんですか?」
「俺に聞くなよそんなこと。辛くなるだろうが」
「確かにそうですね」
するとアリスは笑顔を見せた。少しは元気を取り戻してきたらしい。
それからふぅと息をついて、呟くように言う。
「あたしは、眞城さんとは友達になれないかもしれません」
突然出てきた言葉に額に汗が滲む。やばい。眞城が突然のピンチだ。
「ど、どうしてだ?やっぱり怖いからか?」
「確かにそれもあるんですけど」
「けど?」
「あの人は、あたしの外面しか見てないですから」
どこか諦めを含んだ寂しそうな声でアリスは言う。それは、アリスと眞城との間にある決定的な確執のように思えた。
眞城は悪い奴じゃない。確かに怖くて近寄りがたいが、アリスが編入してきた時も真っ先に動いたのは眞城だし、今日実際に話してみて、アリスのことが好きで、友達になりたいと本気で思っていることは確かに伝わってきた。
でも、アリスが言ったように、眞城の『好き』が果たしてアリスの内面まで含めているものなのかと言われれば、素直に首を縦に振ることはできない。
アリスにしてみれば、編入したばかりの頃は猫を被っていたわけで、ところどころにボロが出ていたとはいえ、眞城に内面全てを見せていたわけではないはずだ。
アリスは自分に自信を持っていない。嫌われたらどうしようという気持ちが常に付きまとっているから、好かれるような自分を演じるために猫を被っているのだろう。
眞城はそんなアリスの事しか知らない。見ていない。
だから、たとえ今ここで俺が『本当は眞城はお前のことが好きで、友達になりたがってるんだ』と言ったとしても信じられないだろう。




