幕間 ぼっちと妹
アリスと奈々衣がファーストコンタクトを図ったその日の放課後。
親睦を深めるという意味で、早速アリスと奈々衣は一緒に帰ることになった。
そういうことなら俺は必要ないだろうと思って早々に退散しようとしたのだが、アリスが一緒にいてくれと泣きついてきたので仕方なく付き添っている。ヘタレめ。
「アリスちゃんは帰ったらいつも何をしてるんですか?」
極々自然に会話を振る奈々衣に、たじたじになりながらアリスが答える。
「そ、そうですね。本を読んだり、料理を作ったり、テレビを見たりでしょうか」
「あ、じゃあ私と一緒ですね」
「え」
「私も部活がない日は家に帰って小説を読んでるんです。料理も好きで、晩御飯はいつも私が作ってるんですよ。寝る前に好きなドラマを見るのが日課で、よく夜更かししちゃうんです。気が合いますね、私達」
趣味が合うことが余程嬉しかったのか、屈託のない笑顔を向ける奈々衣とは対照的に、アリスの顔は震えて青ざめていた。
「はおぉ……」とか「うぬぅ……」とか唸っているあたり、どうせ嘘でもついたんだろう。
しばらくすると諦めたように肩を落とし、かすれた声で呟くように言った。
「……すみません。読んでるのは漫画で、カップ麺くらいしか作ったことないし、テレビはテレビでもゲームの方です……」
ザ・インドアみたいなことを言うアリス。実に予想を裏切らない内容で逆に安心する。
しかし、奈々衣は全く気にした様子もなくあっけらかんと「そうなんですね」と興味深そうに頷いていた。
「私、ゲームとかほとんどやったことないので、今度教えてもらってもいいですか?」
「え?」
「その代わりと言っては何ですが、料理を教えますので。もちろんアリスちゃんさえよければですけど」
「よ、よいです!よいに決まってます!」
「ふふ、よかった。断られたらどうしようかと思っちゃいました。楽しみにしてますね」
「は、はい!あたしも楽しみにしてます!」
そんな、いたって普通の友達同士みたいな会話が繰り広げられていた。
ニコニコしながら話しかける奈々衣と、ぎくしゃくしながらそれに答えるアリス。
アリスにはまだどこかぎこちなさが見受けられるが、ところどころから陰キャ臭が漏れ出ているのでちょっとずつ素を見せようとはしているらしい。
この分ならいずれ奈々衣に対しても遠慮のない話し方ができるようになるはずだ。
それはそれで奈々衣がアリスの毒牙に汚されるようで兄として心配だが、様子を見る限り奈々衣はアリスのことをかなり気に入ったようなので今更何を言ったところで無駄だろう。
ただ、奈々衣と触れ合ったことでアリスに良い変化が生まれているのは間違いない。
それは、これからアリスが友達を作っていくにあたってなくてはならないものだ。
俺には到底真似できないので、成り行きとはいえ奈々衣と友達になれたことはアリスにとってはいいことだったんだろう。
ふと視線を感じて顔を上げると、奈々衣が振り向いて俺を見ていた。
「どうしたんですか?兄さん。なんだか上機嫌に見えますけど」
「いや、持つべきものは奈々衣だなと思って」
「そこは普通妹でしょうに。まったく、何を言っているんだか」
文句を言いながらもふんわりと笑う奈々衣はどこか嬉しそうだ。
「お二人は仲がいいんですね」
「まぁ、兄妹だしな」
一般的な兄妹がどんなものなのかは知らないが、俺と奈々衣は間違いなく仲が良い部類に含まれるだろうという自覚はある。
小さい頃から親が仕事で忙しく、ほとんどの日々を二人で生活してきたので仲良くせざるをえなかったというのもあるが、それを抜きにしても奈々衣とは相当相性がよかったのだろう。
性格は全く違うが趣味嗜好は似通っていて、一緒に生活していて嫌だと思ったことは一度もなかった。多分、妹が奈々衣でなかったら今のような平穏な生活はできていない。
「私から見れば兄さんとアリスちゃんの方が仲良く見えますけどね」
「え?そ、そうですか?そう見えます?」
アリスを見ると、そっぽを向きながらてれてれと人指し指で頬を掻いていた。
なんだか無性に居心地の悪さを感じて、すぐさま否定する。
「滅多なことを言うもんじゃないぞ奈々衣。俺がこんな奴と仲いいわけないだろ」
「こ、こんな奴!?今こんな奴ってゆったか!?あたしは國乃アリスだぞ!?」
「何をもってそんなに威張ってるんだお前は。國乃アリスなんてただのボッチの代名詞だろうが」
「あたしの名前をボッチ呼ばわりするな!この……クソボッチ!」
「はん、ボッチにボッチと言われたところでなんとも思わないねぇ。あれ、もしかして國乃さんは違うの?ボッチにボッチって言われて怒っちゃうの?それってつまり自分がいかにボッチかって認めてるってことじゃないの?」
「ああああああ腹立つぅ!」
「本当に仲が良いですね。羨ましいです」
「「よくない!」」
綺麗にハモってしまい、それを聞いた奈々衣はことさら楽しそうに口元を緩める。
いかんいかん。アリスのペースに巻き込まれていては俺まで頭がおかしいと思われてしまう。
「聞いてくださいよ奈々衣さん!先輩ったら本当に酷いんですよ!口を開けば暴言ばかり、貶めるだけ貶めて、都合が悪くなるとすぐ殴りかかってくるんです!それで何度枕を涙で濡らしたことか!」
「嘘をつくな嘘を。言うほど殴ってないし、そもそも何度も枕を濡らすほど知り合って日にち経ってないだろうが」
「言葉だって立派な暴力です!」
「小賢しいことを……」
確かにそう言われてしまえば言い返せないが、初めて会った時物理的に殴りかかってきた奴には言われたくない。
「口が悪いのはお互い様だろ。てめぇとかこの野郎とか、言われるたびにびくびくしてる俺の身にもなれ」
「嘘だ!あんたそんなこと気にする性格じゃないでしょどう考えても!」
「お前に俺の何がわかるってんだ」
「先輩があたしのこと嫌いってことくらいはわかりますよ!」
「なんだ、よくわかってるじゃないか」
「は、はっきり言うなぁっ!」
「まぁまぁまぁまぁ」
やんわりと俺とアリスの間に入った奈々衣は、憤慨したままのアリスの肩に手を置く。
「安心してくださいアリスちゃん。兄さんはアリスちゃんのこと嫌いなんかじゃないですよ」
「え?」
「ちょっと?奈々衣さん?」
嫌な予感がしたので止めようとするが、手で制されてしまう。
「兄さん、家ではあんまり喋らないんですよ?だから、こんなにたくさん喋っているのを見るのは本当に久しぶりなんです。それがどういうことか、言わなくてもわかりますよね?」
奈々衣の言葉を聞いた途端、みるみる顔を赤くさせていくアリス。耳まで真っ赤にしていた。
「つ、つつつまりそれはその、せ、せせ先輩が、あたたあたあたしのこと、すすすす好き……ってコト!?」
「違ぇわ。極端すぎるだろ」
わたわたしているアリスの眉間に軽く貫手を繰り出す。
「ほら殴ったぁ!見てましたか奈々衣さんっていうかいってぇっ!?ちょっと待って何これ今までで一番痛いんですけど!?後からじんわり来る!」
「あらぬ勘違いをされた俺の心の痛みだ」
貫手の形を保ったまま、隣で微笑んでいる奈々衣の頭の上にもやんわりと下ろした。
「奈々衣も、変なこと言うんじゃない」
「ごめんなさい、兄さん」
えへへと悪戯っぽい可愛らしい笑みを見せられてしまうと、それ以上怒る気にもならない。
「ちょっとちょっと!なんであたしに対してはガチ攻撃だったのに奈々衣さんに対しては撫でるような優しい攻撃なんですか!断固抗議します!差別反対!」
「そりゃお前、宝石を叩いたり殴ったりする奴がいるか?」
「それ、遠回しにあたしが叩いても殴ってもいい石ころだって言ってます?」
「言ってないだろ。石ころとは」
「それ以外は言ってるってこと!?」
「石だって叩いて割れば中から宝石が出てくるかもしれないだろ」
「いや宝石云々の前に叩かれてるし割れてんだけど!?割れたら元に戻らないんですけど!?」
「まぁまぁまぁまぁ」
その日の帰り道はいつもより、というか今までにないくらい騒がしかった。




