第二話 ぼっちと便所飯②
旧校舎は本校舎から渡り廊下一つを渡ればすぐに行くことができる。
木造で、左右に教室があるだけの簡素な作り。
各教室には机と椅子くらいしか置いておらず、あっても埃被ったポスターだとかブラウン管テレビなどの使われなくなって久しいものばかりで、ほぼほぼゴミ置き場と化していた。
周囲を見回しながら確認していくが、國乃の姿はどこにも見当たらない。
一応旧校舎の反対側から外に出ることもできるので、ただ通り道として入っただけだったのかもしれない。
諦めて戻ろうとしたところで、奥の方から扉が閉まるような軋んだ音が聞こえてきた。
音が聞こえた部屋の近くまで歩いていき、その部屋が一体何なのかを理解した時、俺は自分の目を疑った。
「ま、マジか……」
國乃が入っていったと思われる部屋。
その部屋に掲げられた表札には、今にも消えてしまいそうなほど薄い字で、でも確かに『TOILET』と書かれてあったから……。
いや待て、待つんだ織羽志かばね。
まだそうと決まったわけじゃない。
なんでもかんでも決めつけてしまうのは昔からの俺の悪い癖だ。
普通に考えて、よもやこんな汚い旧校舎の、おそらくもう何年も使われていないであろうトイレにわざわざ来て、その中で昼飯を食べる奴なんているわけがない。
きっと気のせいだ。そうに違いない。
そう言い聞かせながら、何も見なかったことにしてその場を急ぎ立ち去ろうとするが、
べりべりっ(袋を開けるような音)
プシッ(炭酸のペットボトルを開けるような音)
「おいしー」(美味しいものを食べた時の人の声)
そんな、明らかに昼飯食べてますよと言いたげな音のフルコースを聞かされてしまっては、もはや擁護なんてできるわけがなかった。
行き場をなくしたボッチ達が最後に辿り着く最終防衛ライン。
誰にも邪魔されない不可侵の領域。
ある意味遠い理想郷――。
間違いない。
國乃は今『便所飯』をしている……!
そう思った瞬間、俺はすぐさまこの場所から離れることを決めた。
ここにいちゃいけない。
これは知られてはいけないことだし、知ってはいけないことだ。
しかし、一歩後ずさった時、偶然足を置いた場所の板が腐っていたらしく、
『ベキベキベキィッ!』 と豪快な音を出して抜けてしまう。
それは、俺と國乃以外誰もいない旧校舎に響き渡るには十分すぎる音だった。
静寂が旧校舎に満ちる。
俺の周りの時間だけ止まってしまったようだった。
何の音も聞こえない。
トイレの中から聞こえて来ていた音もぱったりと途絶えている。
だが、その後すぐ、トイレの中から鍵の開く音と、ギギギという扉が開く音が聞こえてきた。
何かが動いている気配がする。
そしてその気配は間違いなく俺のいるところへまっすぐに向かってきている。
まずいと思っても床にはまった足がなかなか抜けてくれない。
足音はどんどん近づいてくる。
ある意味ホラーな展開は、昼間じゃなかったら泣き出していたかもしれない。
足音が止まる。
それと同時にはっきりと視線を感じた。
見られている。
間違いなく俺を見ている。
動くべきか迷った。
俯いているから顔は見られていないはず。
何もかも見なかったことにして走り去ればあるいは助かるかもしれない。
でも、頭でそう考えているのに、俺の顔はゆっくりと視線を感じる方へと吸い込まれるように動いてしまっていた。
見てはいけないとわかっているのに見たくなってしまうのが人間の性だとでもいうのか。
抗いようのない衝動に、ついに俺の目は奴の顔を捉える。
そこにあったのは、不気味なほどガパッと見開かれた目。
血走っているかのように見えるそれは視点が定まっておらず、しばらく小刻みに動いていたが、俺と目が合うなりぴたりと動きを止める。
その瞬間、あまりの恐怖に俺は叫び声を上げた。
「「ぎぃやぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!」」
叫び声の二重奏が旧校舎に響きわたる。
俺だけでなく、なぜか國乃も一緒になって叫んでいた。なんでだよ。
國乃は目の前の現実が信じられないというように混乱した様子でトイレに出たり入ったりするのを繰り返していた。
トイレと廊下を反復横跳び。
落ち着きがないとかいうレベルではない。
明らかに異常だとわかる動きに戦慄すら覚えた。
だが、いつまでもそんな半狂乱が続くわけもなく、一頻り叫び終えるとお互いに落ち着いてきて膠着状態に移行する。
しんと静まり返る旧校舎の廊下。
さっきまで馬鹿みたいに叫んでいたから余計に静けさが際立っていた。
最初に切り出してきたのは、國乃だった。
「ごほん。ええと、あなたは同じクラスの織羽志さん……でしたよね?どうしてこんなところに?まさかとは思いますけど……」
向けられる疑惑の目。
秘密を知ってしまったんじゃないだろうなと瞳が訴えている。