第十三話 ぼっちと放課後⑥
「ただいま」
家に帰ってきて玄関のドアを閉めると、家の中からぱたぱたとスリッパを鳴らして歩いてくる足音が聞こえてきた。
「おかえりなさい、兄さん」
そう言って、柔らかな笑顔で迎えてくれたのは妹の奈々衣だ。
年は俺の一つ下で、俺と同じ高校に通う一年生。最近お洒落に目覚めてきたらしく、美容院でカットしてもらった肩にかかるかかからないかくらいの髪をとても気に入っている。
夕飯の準備をしていたようだが、学校から帰ってきたばかりなのか制服の上にエプロンを装着していた。
「今日は遅かったんですね」
「奈々衣も同じようなもんだろ」
奈々衣は吹奏楽部に所属しているため、大抵俺よりも帰ってくるのは遅い。
にもかかわらず毎晩夕飯を作ってくれているというのだから頭が上がらない。
加えて、朝食も昼の弁当も全て奈々衣が作ってくれている。
一応兄のメンツを保つために買い出しと洗濯、掃除等は俺がやっているが、そのあたりもたまに手伝ってもらっているため、奈々衣には足を向けて寝られない。
ちなみに俺達の両親は共働きで夜遅くならないと帰ってこず、朝も俺達が起きるより早く出勤するという社畜みたいな生活をしているため、会う機会は休日を除いてほとんどない。
そのため実質奈々衣と二人暮らしのようなものだった。
二階にある自分の部屋に鞄を置き一階の居間に戻ると、既に夕飯の準備が整えられていた。
奈々衣と向かい合って座り、いただきますを言って食べ始める。
少ししてから、奈々衣が口を開いた。
「学校で何かありました?」
「何かって、何が?」
「いえ、なんだかいつも以上に疲れているように見えたので」
「あぁ、まぁ……」
そう言われて、脳裏に金髪の女の姿が過る。
別に隠すようなことでもないので、今日の出来事を掻い摘んで話した。
一応ボッチだとか便所飯だとか性格がやばいみたいなところは伏せておいた。
話を聞き終えた奈々衣は目を輝かせながら聞いてくる。
「アリスって、あの國乃アリスさん?」
「そうだけど。知ってるのか?」
「もちろんです。というか、教えてくれたのは兄さんじゃありませんか。同じクラスに凄く綺麗な人がいるって」
言われてみればそんなことを言ったような気もする。
今となってはなんて薄ら寒い世迷言を言ったものだと思えてならないが。
「私のクラスでも話題になっていますよ。何食べたらあんなに綺麗になれるんだろうとか、休日は何してるんだろうとか。まるでアイドルみたいに」
「あ、そう……」
昼飯は便所で食ってるとか、休日は家から一歩も出ないだとか言ったら奈々衣は何を思うのだろう。
きらきらと顔を輝かせて語る奈々衣にはとてもじゃないが言う気になれなかった。
「私も今日初めて見かけたんですけど、思ったよりちっちゃくて、まるで人形みたいに可愛かったです。そんな人とお近づきになれるなんて、兄さんも隅に置けませんね」
「奈々衣、冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「え?私、何か変なこと言いましたか?」
純粋に疑問符を浮かべて首を傾げる奈々衣。
いかんいかん、妹に八つ当たりするなんて兄貴失格だ。
「ごめん。ちょっと感情的になっちまった」
「本当に大丈夫ですか?なんだか顔色が悪いみたいですけど」
「あぁ、大丈夫だ」
今日一日で色々ありすぎて疲れているのかもしれない。今日は早めに寝ることにしよう。
だが、話を聞く限り、今のところアリスの悪い方の噂は奈々衣の周囲では広まっていないようだ。
猫被り(深窓の令嬢風(笑))が功を奏しているのかもしれない。
「もしよかったら、今度私にも紹介してくれませんか?」
「紹介って、アリスをか?」
「はい。是非一度お話してみたくて」
「いや、それは……」
アリスの本性を知れば幻滅するだろうし、何より妹の教育上よろしくない気がする。
だが、奈々衣の期待に満ちた輝かんばかりの笑顔を向けられたら、拒否なんてできるわけもなかった。
「まぁ、機会があればな……」
「ほんとですか!ありがとう兄さん!楽しみにしてますね!」
楽し気な奈々衣の話を聞きながら、穏やかな夕食は過ぎていった。




