第十話 ぼっちと放課後③
少ししてからさっきと同じ店員がカフェオレを持ってきてくれた。それを飲んで一息つく。
アリスも同じように飲もうとしたが、熱かったのか盛大に息を吹いて冷まそうとしていた。
息がこっちまで吹いてきて非常に鬱陶しい。
「で、なんだったっけ?どうしたらまともになれるのかだっけ?」
「違いますよ。どうやったらあたしに友達ができるのかです。まるであたしがまともじゃないみたいな言い方やめてください」
もう取り返しがつかないくらいまともじゃないだろ、と言うとまた泥沼になるので黙っておいた。
怒らないでくれた店員さんのためにも同じ轍を二度も踏むわけにはいかない。
しかし、どうやったら友達ができるのか、か。
もう一口カフェオレを飲んでから思案を巡らせる。
そんなこと、これまで生きてきた中で真面目に考えたことはなかった。
まぁ考える機会がなかっただけなんだけど。
そんなわけで、アリスの質問にまともに答えることは出来そうになかった。
自分で言って悲しくなるがそれが事実なので仕方ない。
そんなことを言えばこいつはきっと馬鹿にしてくるに違いないので絶対に言わないけど。
なので、とりあえず一般論でお茶を濁しておくことにした。
「普通に友達になってくださいって言えばいいじゃないか」
「先輩がそれを言うんですか?」
「…………」
言い返せなかった。どうやら昼のアレを相当根に持っているらしい。執念深い奴だな。
しかし、確かに俺に友達になってほしいと言ってきたアリスは相当無理をしているように見えた。
あれを一人一人千人に到達するまでやり続けると言うのはさすがに酷かもしれない。
俺がアリスの立場だったとしても気が遠すぎて速攻で放り投げるだろう。
とすれば、やはり友達が多い奴に取り入って、そこから輪を広げていくというのがまともなやり方のような気がする。
「というか、転入してきてすぐはお前の周りにもたくさん人がいたじゃないか。そいつらはどうした?」
アリスの周りは、転入してきた四月の初頭はそれはもうお祭り騒ぎだった。
クラスメイトは当然として、他のクラスや他学年からも、アリス目当てで何十人と人が押し寄せてきたものだ。
俺の席が知らない奴に占拠されていたのも一度や二度じゃない。そのせいで何度トイレと教室を往復する羽目になったことか……。
今となってはもはや夢の跡であるが、こうもぱったりと誰もいなくなってしまうのもそれはそれで不自然な気がする。
「それは……」
しばらく黙って待っていると、アリスはがっくりと肩を落として観念したように言った。
「ちょっと前に、眞城さんに酷いこと言っちゃって……。それが原因で、その、他の人たちも……」
「眞城って、あの眞城?」
「はい……」
眞城ましろ。
俺とアリスの同級生であり、クラスメイトでもある茶髪ウェーブ化粧増しましな生粋のギャルだ。
目つきが鋭く、誰に対しても高圧的な物言いをするうえ、鉄面皮のように表情に乏しいので普通に怖い。
そんな眞城はクラス内で一番と言ってもいいほどの発言力を持っていて、眞城が白だと言えば白になり、黒だと言えば黒になる、まさにリーダー的存在でもある。
その気の強さでぐいぐいと引っ張っていく姿が頼りがいがあると思われるのか、クラスメイトからの信頼は非常に厚く、他クラスにおいても眞城を知らない人間はいないくらいの知名度を誇っている。
そんな陽キャの神みたいな眞城相手に陰キャなアリスが何か言えるとは思えないが……。
「酷いことって?」
聞くと、アリスの答えは予想の斜め横からぶっ飛んできた。
「その……ちょっとしたはずみで、『ぶっ殺す』って、言っちゃって……」
「あ、そう。お疲れ」
そう言って席を立とうとした俺を、アリスが縋るように引き留めてくる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!何で帰ろうとしてんですか!」
「離せ!真面目に聞こうと思った俺が馬鹿だったって気づいたんだよ!」
「落ち着いてください先輩!とりあえず話を聞いてください!」
また騒ぎになると店に迷惑をかけてしまうので仕方なく腰を下ろす。
しかし、眞城の癪に障るどころか、癪をぶん殴ってるじゃねぇか。
あの眞城にそんなことを言ったら嫌われる――いや、敵視されるのは当然だろう。
そして、クラスのリーダー的存在である眞城に敵視されたらどうなるのかなんて火を見るよりも明らかだ。
アリスは眞城を敵に回したやばい奴という認識が生徒たちの間で広まり、誰も寄り付かなくなったのだろう。
「一体何がどうはずんだらそんな愚かなことを言うんだ。お前の言葉はスーパーボールか何かなの?」
「ち、違うんですよ!その時は色々と事情があったんです!」
それからアリスは眞城との馴れ初めを語りはじめた。
―――――
眞城は、アリスの転入初日に誰よりも早く声をかけてきた。
高校デビューを華々しく飾りたかった陰キャのアリスは、これ幸いにと本性を隠し、『深窓の令嬢風』を装った状態で眞城の申し出を了承。
眞城の周りも巻き込んで、早速友達をたくさん作ることに成功する。
二、三日の間はそのまま何事もなくやり過ごした。
しかし、自分とは正反対のキャラクターを演じることに疲れてきたアリスは徐々に周囲にボロを見せはじめ、そして、ついにその日がやってくる。
一日の授業を終えた放課後、アリスはとある男子生徒から告白の呼び出しを受けた。
返事はもちろんノーだったが、納得のいかなかったらしい男子生徒はかなり棘のあることを言い残して去っていったのだそうだ。
それなりに落ち込んだアリスを、眞城や他の奴らは慰めてくれた。
特に眞城はとても親身になって話を聞いてくれたらしい。
それがアリスはとても嬉しかった。それはもう泣いてしまいそうになるほどに嬉しかった。
この優しい人達なら素の自分でも受け入れてくれるんじゃないか。そんな愚かなことを思ってしまった。
そしてアリスは、肩に手を置いてきた眞城に対して、満面の笑みで、照れ隠しのつもりで、つい、ぽろっと口にしてしまったのだ。
『気安く触るんじゃねぇぶっ殺すぞ』、と。
その後の展開はそれはもう早かった。
翌日には、アリスに近づくものは眞城を含めて誰もいなかった。
それどころか、眞城に喧嘩を売った頭のおかしい奴と影で呼ばれ、避けられるようになったのだ。
そうしてアリスの高校デビューは見事に失敗に終わり、アリスはボッチになった。




