第一話 ぼっちと便所飯①
ボッチは辛い。ボッチは惨め。ボッチは悲しい――。
ボッチについてどう思うかと問われたとき、おそらくこんな感じのことを答える人が大半だろう。
だが、その答えは半分当たりで、半分外れだ。
なぜなら、ボッチは罰でもあるが、救いでもあるからだ。
誰にだって一人になりたい時はある。
人間関係に疲れた時、家族が勉強しろとうるさい時、恋人に酷いことを言われた時――。
ああもう面倒くせぇ一人にしてくれボケ!と、心の中で叫んだことのある人は少なくないだろう。
人間には必ず一人になる時間が必要だ。
そうやって心の安寧を計らなければこの厳しい荒波のような人間社会の中では生きていけない。
一人になるということは、生きる上で何よりも大切なことなのだ。
つまり、人類皆ボッチなのである。私もあなたも皆ボッチ。二人合わせてボッチッチ。
だから誰かにボッチと言われても気に病む必要はまったくない。なぜならそいつもボッチだからだ。人類総ボッチ時代は既に始まっている――。
そんなことを考えていると授業が終わり、昼休みがやって来た。
ぎゃはぎゃは笑いながら学食へ向かう男子共や、だよねーわかるーと言いながら机をくっつけて談笑する女子達を横目に見ながら、俺、織羽志かばねは一人、自分の机の上で弁当を広げた。
今日も楽しいボッチ飯の始まりである。
作ってくれた妹と素材達への感謝の思いを手のひらに込め、両手を合わせていただきますをしようとしたところで、ふと左隣の席の生徒が立ち上がるのがわかった。
反射的にそちらに顔を向けると、偶然目が合ってしまう。
國乃アリス。
眩いばかりの金色の髪に白磁のような肌、空を映したような青い瞳を持つ容姿端麗な美少女だ。
身長が低いせいか綺麗と言うより愛くるしいといった印象の方が強いかもしれない。
本人両親共に生まれは外国であるが、帰化しているためれっきとした日本人。
ここしばらくは海外で生活していたが、今年の四月から俺の通う高校に転入という形で入ってきた。
ただ、海外で日本の高校一年次で学習する範囲を既に履修してきたとのことで、同じ二年生だけど年は一つ下。
同級生でありながら年齢的には後輩でもあるという、なんとも微妙な立ち位置にいる。
その話題性のある外見や出自のおかげか、転入してからしばらくは一躍時の人となり、他クラスからも他学年からも國乃を一目見ようと人が押し寄せてきたものだが、当初の人気は今はもう見る影もないほどに落ちぶれてしまっている。
話しかける人はクラスメイトですら一人もおらず、着々とボッチ街道を驀進中だ。
かく言う俺も隣の席だが、國乃とはこれまで一度も話したことはなかった。
声を聞いたのも登校初日の自己紹介の時くらいのもので、接点は何一つない。
そんな浅い関係のため、当然目が合ったからと言って話をすることはない。
國乃はすぐに興味をなくしたように俺から視線を外すと、腰まである長い髪を左右に揺らしながら教室を出ていった。
弁当を持ってきていないということは、学食か、購買に何かしら買いに行ったのだろうが、授業が終わってから少し経っている今から行ったのでは少し遅い気もする。
まぁいずれにしても國乃がどこで何を食べていようが文句を言う筋合いなんてないのでどうでもいいことだ。
そう思っていざ弁当を食べようとして、ペットボトルのお茶がほとんどなくなっているのに気が付いた。
別になくても構わないのだが、どうせ後で買いに行くんだし、早めに買ってきてしまっても損はないだろう。
そう思った俺は、弁当を鞄にしまいなおして購買へ向かうことにした。
――――
購買で飲み物を買って帰る途中、目立つ金髪が視界に入った。
この学校で金髪と言えば一人しかいない。國乃だ。
手には購買で買ったであろう総菜パンと飲み物が握られている。
どうやら國乃は学食じゃなく購買で済ませることにしたらしい。
購買の隣にある学食の様子を見てみると、ほとんどの席が埋まっていたので仕方ないかもしれない。
今日は天気もいいし外にでも行くんだろう――そう思っていたのだが、國乃の足は人気のない旧校舎のある方向へと進んでいった。
特に施錠されていないので入れないわけではないが、昼を食べる場所に選ぶ生徒はまずいない。
暗いし、埃っぽいし、掃除も行き届いていないしで、まず昼飯を食べようと思うようなところではないからだ。
まさか國乃はそんなところで昼飯を食べようとしているのだろうか。
いくらボッチ飯が周りから寂しく見えるとはいえ、さすがに自分を追い込みすぎじゃなかろうか。
そんなことを考えていると、後ろから声をかけられる。
立っていたのは担任だった。
「おぉ織羽志、丁度いい所に。悪いんだが國乃を呼んできてくれないか?」
「國乃ですか?國乃だったら……」
「じゃあ頼んだぞ。俺は職員室にいるから」
そう言って、担任は返事もろくに聞かずにさっさと行ってしまう。
正直あまり気乗りはしないが仕方ない。
内申点を握られている以上、担任の信頼を得ておいて損はないのだから。
俺も國乃の後を追って旧校舎へと向かった。
それが、この先に待つ地獄への道行きであるとも知らずに……。